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107話 決闘

「ここならいいかな……さて、確認だけど、僕が勝ったら、きみは僕の奴隷になる。

それで間違いないね?」


道場を出た山の中、開けた場所でエイルは俺に向き直った。


「ああ、それで間違いない。

ただし、俺が勝ったら稽古をつけてほしい。それとひとつ条件を追加したい」


「なんだい?」


「俺が勝ったら、フィアーネとリゼに謝罪をしてほしい」


一瞬にしてエイルの表情が険しくなる。

いきなり謝れと言われて、はいそうですかと言う人間は少ない。

まあ、当然の反応だろうな。


「僕が2人に謝罪?いったい何を謝れと言うんだい?」


「2人に対する態度そのものだ。納得できなければ、それで構わない。

ただ、謝ってくれればいい」


エイルは、そのまましばらく、いぶかしげな視線を向けていたが、何かを思いついたようにニタッと笑うと天を仰いだ。


「まあいいよ、どうせ僕が負けることはないんだし。

きみに勝てば、きみを使って、フィアーネも他の女も俺のものにしてやればいいんだし、こんなおいしいことはない」


どこまでも性根の歪んだやつだ。


「ルールはどうするんだ?」


「一応決闘とはいえ、殺し合う気はないから、使うのは木剣。

相手を気絶させるか、降参させた方が勝ち。

きみは魔法も使っていいよ、全力を出して僕に勝てるように努力しなよ。

立ち合い人はフィアーネだ、僕はいつでもいいよ」


「俺もいつでも構わない」


緊張感で場が静まり返る。

唾液を飲みこむ音、呼吸音、心臓の音、全てがいつもより大きく聞こえる。


集中するんだ、負ければすべてを失うぞ、集中だ……。


「はじめ!」


両者同時に動いた。


全力・全神経を集中させた瞬息の太刀。


鋭く踏みこみ木剣に手をかけた俺の目に映ったのは、静かに構えるエイルの姿。


瞬間、もうひとつ踏み込みを加え、瞬息の太刀をキャンセル、天脚へシフトしエイルの背後へ回る。


そこからさらに踏み込み瞬息の太刀を放つ。


しかし、振り向いたエイルも態勢を整えていた。


ぶつかり合う木剣、ミシミシという音が聞こえてきそうな鍔迫り合いが続く。


「へえ、意外と冷静じゃないか。本当なら、初撃の瞬息の太刀を切り返して終わってたはずなんだけど」


「ああ、そうだな。だが、お前の構え、舞刃流奥義、舞踏剣界のものだった。

残念だが、その技はフィアーネとの稽古で何回も見て知っている」


「あっそう。じゃあ、これはどうかな!」


エイルが片手を腰に下げている木剣へと伸ばす。


瞬時に俺は後方に飛ぶように下がり、その木剣の一撃を躱す。


同時に魔法で地面から氷塊を出現させ、飛んでくる木剣を防いだ。


刹那、氷塊は真っ二つにされ、目の前にエイルが迫る。


再び、鍔迫り合いの形になった。


「あれ、これも見たことあるんだ?」


鍔迫り合いの最中、驚きの声をあげるエイル。

自分の攻め手をすべて封じられたというのに、案外余裕があるんだな。

まだまだ、奥の手があるということか。


「2本目の剣で攻撃し、そのままの反動を利用し反対の手で持っている剣を投擲する。

さらにそれを拾い直しながらの瞬息の太刀。

それもリゼや剣王の戦闘で見た」


そう言うと、エイルはやや不満そうな表情をこちらに向けてきた。

やはり、攻撃を防がれたことが不満なのだろう。


「さっきの舞踏剣界にしても、今の乱刃流から瞬息の太刀への連携にしても、剣王はおろか、フィアーネやリゼには、遠く及ばないな。

見ただけで自分のものにできてしまうから、その後の鍛錬を怠っていたか。

キレや威力は、彼女たちの方がはるかに上だな」


ギリギリと歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきそうな、エイルの怒りの表情。

そうか、技を防がれたことが不満なのではなく、彼女らと比較されていることが不満なのだ。

自分よりも実力的に劣っていると思っている相手と比較されることが、こいつには耐えられないようだな。


「もういい……」


エイルは小さくつぶやいた。


「あまり本気を出してお前を壊したら、奴隷にしても役に立たないと思っていたけど、もういい。

お前なんていらない、二度と生意気な口がきけないようにしてやる」


鍔迫り合いの状態から、強引に木剣を振り抜き、後方にはじかれる。

どうやら、ここからが本番のようだ。


しかし、意外にも勝負は膠着状態となった。


エイルの技は、今までの摸擬戦や見取り稽古で見たものばかりだ。

特に応用がされていることわけでもなく、ただ状況に応じて使い分けているだけ。

それならば、俺だって対応できる。

だが、対応できるだけだ。守るのに手いっぱいで攻めに転じられない。


剣撃は防がれ、魔法も舞刃流奥義・鏡面剣界で無効化あるいは跳ね返される。

距離を取れば鋭刃流、距離を詰めれば乱刃流、戦術の組み合わせとしては完璧に近い。

剣術と魔法の融合……やってみるか。


「空間魔法展開、アイスニードル・ショット!」


周囲に無差別に降り注ぐ氷の槍。


エイルが氷の槍に手間取っている間に天脚にて背後を取る。


「ロックブラスト!」


さらに背後から石弾を放ち、振り向いたエイルの視界を塞いだ。


そのまま天脚にて死角から放つ瞬息の太刀。


もらった!


しかし、すんでのところでエイルの木剣が俺の瞬息の太刀を防いだ。


だが、俺の目にはエイルの変化が捉えられていた。

今、やつは俺の瞬息の太刀を受ける際に半歩後退したのだ。

あと、一歩でも深く踏み込んでいれば……まあいい、もう一度だ。


しかし、その後も同様に優勢に勝負を運ぶことはできても、最後の一撃が決まらない。

決定打が足りない、俺にも乱刃流のように何本もの剣を使うことができれば……。

いや、威力を上げるだけなら、木剣に魔法を流し込めばいいのか。

炎をまとう木剣を作れば、エイルの防御の上から一撃を入れることができるかもしれない。


そこで俺は1つの可能性に気づいた。


俺は以前とは違う、魔法を自在に扱うことができるし、魔法の範囲も調整できるようになった。

それなら、魔力を手に集中し、魔法で剣を生成することができるのではないか。

魔法で作った剣であれば、直接攻撃もできるし、投げつけることで魔法攻撃としても使うことができる。


剣を魔法で生成し、剣としても魔法としても状況に応じて使い分ける。

それこそが、剣術と魔法の融合といえるのではないだろうか。

魔法で剣を生成するなら、俺はどれだけの本数の剣でも使いこなすことができる。


俺はエイルから距離を取り、手に持っていた木剣を腰にさげた。

いぶかしげな視線を向けてくるエイルを無視し、俺は両手に魔力を集中する。

魔法を手の中に押しとどめ、形状をイメージ、さらに魔力を流し込み押し固める。

そうして、俺の手には炎の剣と雷の剣が握られていた。


これならいける。

視線の先には驚きの表情を浮かべながら、身構えているエイル。


「エイル、これで最後だ……いくぞ!」

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