104話 誰を斬りたい?
数日前、トレット海峡ににある結界に守られた場所、忘れられた地。
そこには、5人の強者が中央の机を囲んでいた。
「まずは、こちらで発生した問題について報告する」
5人の中で、ひと際、威圧感を放つ黒髪の男が口を開いた。
「魔大陸より魔道具を持ち帰ってくる途中に狼王ガルファリールが襲撃された。
それによりガルファリールは死亡、魔道具は襲撃者の手に渡った」
瞬時にその場の空気が張り詰める。
この地に集う者は、いずれも世界の頂点に立つことのできる力を持った強者である。
そのうちの一角、七大強王のなかでも屈指の実力を持つ狼王が殺された。
それはつまり、襲撃者の力が、七大強王と同等かそれ以上であることを示している。
通常であれば、そんなことはあり得ないはずなのだ。
「襲撃者は、例の元勇者達である可能性が高い。
やつらは魔道具を集め、その力を使い、我ら七大強王と同等かそれ以上の力を手にしているようだ」
「……」
「ナーガラス、きさまも元勇者と対峙し、魔道具を奪われていたな。
それほどまでにやつらの力は強大なのか?」
「いんや、俺がやったときは、俺らのうちの誰かを殺せるほどの力は持ってなかったはずだぜ。
全力を出していない俺と同様、あるいはそれ以下ってな印象だったなぁ」
深緑色の髪をした蛇眼の持ち主、蛇王ナーガラスは両の手のひらを天に向け、あざ笑うように言った。
それに食って掛かる者がいた。
多くの切り傷をその顔に刻まれた剣士、剣王ギルトールである。
「本気を出してない自分と同じかそれ以下ってよぉ、魔道具を奪われてるやつが言っても負け惜しみにしか聞こえねえぜぇ。
よぉ、蛇王様よ」
「ああ、やんのか、てめえ!
てめえんとこも、保管してあった魔道具を取られたんだろうが!
偉そうな口きいてんじゃねえよ!」
にらみ合う蛇王と剣王、両者が勢いよく立ち上がったところで、1人の男が間に入った。
「まあ、落ち着け。魔道具を奪われた、それは互いに事実だろう。
今は、その対策を話し合う場ではないのか?」
拳王ウーズは腕組みをしながら、静かにそう言った。
「ああ、この変態ハゲ野郎が!たまに面見せたと思ったら、てめえも俺様に喧嘩売ってんだな?」
「ナーガラス、少し落ち着け」
「ああん!う……」
声の方へ視線を移した蛇王は、鋭い眼光に射貫かれ、沈黙せざるを得なかった。
竜王は視線のみで蛇王を制止すると、周囲を睥睨してから言った。
「今、こちらに残された魔道具は、1つのみ。それは人王より俺が預かった。
もう1つの魔道具の行方は、いまだに分からんままだ。
各自、警戒を怠ることなく捜索を続けろ。
魔神復活の儀、なんとしても阻止せねばならん」
竜王のこの発言に挙手をする者がいた、剣王ギルトールである。
「そのことだけどよ、アレウス。
どうもうちの魔道具を盗んでいったやつは紫色の髪をした魔族の男で、手に槍のような武器を持っていたらしい。
今までの元勇者たちに関する報告と一致していない人物だ。
そいつが単独で行動したか、元勇者たちの新しい仲間かはわからねえが、一応報告しとくぜ」
すかさず、拳王ウーズも言葉を続けた。
「狼王ガルファリールが抜けた穴、俺の方で1人推薦したい者がいる。
俺の自慢の嫁だが、魔獣族で餓狼種。
今は俺のもとで修業をしているが、実力はすでに全ての拳聖たちを越えた。
今後の戦力として、十分期待できると思うが、いかがか?」
「なるほど、拳王直々の推薦というならば問題ないだろう。あとは本人次第だな。
人王よ、例の大賢者についてはどうだ?」
「彼については私より、ギルトールの方がご存じなのでは?」
竜王の問いに人王は横目で剣王を見た。
「ああ、大賢者リアム・ロックハートは俺が預かっている。
なんでも剣術の修行をすると言ってたな。
今は俺んとこのやつらが相手してるはずだ」
「よし、やつの監視も続けろ。
不審な動きを見せるようなら、殺せ」
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《リアムside》
「違う、そうじゃない!相手に先に行動させるの!先手を取りにいけば、自分がやられるわよ」
俺の木剣は空を切り、同時にフィアーネの木剣の剣先が俺の首筋に添えられた。
これでいったい何度目の敗北だ。
鋭刃流だけの縛りであれば、フィアーネに後れを取ることはない。
しかし、舞刃流も含めると途端に勝てなくなる。
流派の特性が真逆すぎるのだ。
先手を取りにいく鋭刃流に対し、後の先を取る舞刃流。
フィアーネは、この両極端の流派を使いこなすことができるからこそ剣聖なのだ。
実際に稽古をしてみて、それが良く分かった気がする。
鋭刃流で攻め、舞刃流で守る。
言うだけならば簡単だが、実際にやるとなるとそう簡単にもいかない。
フィアーネも主軸を舞刃流に置きつつ、相手が仕掛けてこなければ、瞬息の太刀で先手を取ると同時に終わらせる戦法を取っている。
現在、俺が使える奥義は瞬息の太刀と天脚のみ。
どうしても鋭刃流に主軸を置く形になり、フィアーネとの相性が悪い。
そういえば、乱刃流の適正と稽古はいつになったら始まるんだろうか。
「フィアーネ、俺の乱刃流の適正については、いつになったら分かるんだ?」
「う……」
俺の問いに彼女は苦い顔をして、顔をそむけた。
この反応……俺に乱刃流の稽古をつけるのがイヤなのか。
それとも何か別の理由が……。
「よお、大賢者さんよ。なかなか進歩してねえみてえだな。
お前に話がある、ちょっと俺に付き合え!フィアーネ、お前も来い!」
俺とフィアーネは剣王の間に通された。
「今回の招集について簡単に話しておく。
まず、狼王ガルファリールが死んだ。やつの持っていた魔道具も奪われ、残る魔道具は2つだけ。
そのうちの1つは竜王が持っている。もう1つについては、依然として所在不明だ」
狼王が死んだ?狼王といえば七大強王の中でも上位3人に入るほどの実力のはずだ。
そんな人物を殺せるとなると、そう多くないはずだ。
そして魔道具の1つが竜王の手に渡った。
もし彼が裏切っていて、影でジルガを操っていたとしたら、ほぼ全ての魔道具を手中に収めたことになる。となると、もう手遅れか。
「そこでだ、今後起こるかもしれねえ人間と魔物との戦争に備えて、お前を本格的に鍛えようと思う。
だが、その前にひとつ聞きてえ。お前は何のために強くなりたい?」
「俺は、仲間を守るために強くなりたい。もう誰も、俺の目の前で仲間を死なせないために」
俺の答えに剣王はあごに手をやり考え込む仕草をした。
そのまま数秒、彼は俺の目をまっすぐに見て再度問いかけた。
「お前の強さがあれば、たいていの相手には勝てるだろう。それこそ、俺たち……七大強王のうちの誰かにでも挑まねえかぎり、負けることはねえはずだ。
正直に答えろ、お前は誰を斬りてえ?」
この質問の真意はなんだ。
俺が竜王を疑っていることがバレていて、それを疎ましく感じた竜王が剣王に俺を始末するように指示したのか。
いや、もしそうであれば、わざわざこんな問答をする間もなく、俺を斬り捨てればいい。
やつにはそれができるのだから。
そうなると、この問いの意味が分からない。
もしかしたら、本当に興味があるだけかもしれない。
ここは当たり障りなく回答しておくのが無難だろう。
「俺は、俺の仲間を脅かす者……」
瞬間、俺の目の前を真剣が、ものすごい速度で通過した。
前髪が数本、宙を舞う。
俺の視線の先には、おそらく剣を振り終えたばかりであろう剣王ギルトールが、先ほどと変わらぬ姿勢のまま腰かけていた。
剣に手をかけたところから、剣を収めるところまで、一切俺の目には映らなかった。
これが、七大強王の1人、剣王ギルトールの実力か。
彼がその気になれば、俺は斬られたことに気づく間もなく、斬り捨てられているだろう。
「次は首を斬り飛ばすぞ。いいか、もう一度だけ聞く、正直に答えろ。
お前は誰を斬りたい」
正直に答えよう。どうせ、同じ殺されるなら、竜王の裏切りの可能性を伝えておくべきだ。
「まだ確定ではないが、俺は竜王に挑まなければならないかもしれない。
そうなった場合、俺は迷わず竜王を斬るつもりだ」
瞬間、彼の視線に殺気が込められた気がした。
俺も剣に手をかけ身構えると、彼は天を仰ぎ、そのままゆっくりと息を吐いた。
「くっくっくっ、あっはっはっは。そうか、お前、アレウスを斬りてえのか。
おもしれえ、俺の力のすべてをお前に注ぎ込んでやる。
フィアーネ、エイルを呼んで来い!リゼもだ!」




