102話 剣術三大流派
剣王の所持していた魔道具が、何者かに盗まれた。
そう言い残して、剣王は大練武場を出ていった。
おそらく犯人は、ジルガかその手下の者……きっとダスティンあたりだろう。
だが、もし本当にジルガたちが犯人だとしたら、やつらが所持している魔道具は全部で4つになり、残りの魔道具は2つ。
1つはアステラにあり、後日、七大強王に預けるという話だったはずだ。
もう1つは、たしか狼王が所持していると言っていた。
心配はないだろうが、蛇王から魔道具を奪取するほどの実力だ、七大強王といえど、油断すれば後れを取るかもしれない。
もし、このまま魔道具をすべて揃えたとしたら、魔王復活の儀式を行ったとしたら……また人間と魔物の戦争が始まる。
いや、もしかしたら他の種族を交えた大戦争に発展するかもしれない。
それだけは避けなければ。
そのためにも早く強くなる必要がある。
「フィアーネ、早く稽古をつけてくれ。俺はこんなところでモタつくわけにはいかないんだ」
「いいでしょう、ついてきなさい」
彼女に連れられて行った場所は、大練武場よりも一回り小さい広間。
その中央で、彼女は木剣を手に構えた。
「まず、三大流派について話す必要があるわね」
彼女は演舞として、それぞれの流派の型や彼女が習得している奥義を披露してくれた。
「まず、基本となるのは鋭刃流。あなたも瞬息の太刀を習得しているようだから分かると思うけど、鋭刃流は一撃で相手を仕留めることを主として考え編み出された流派。
剣聖以上の者が放つ瞬息の太刀は、一般剣士では反応すらできない一撃必殺。
ゆえに攻撃型の流派とされているわ」
瞬息の太刀や天脚に代表される鋭刃流は、初撃を躱されると隙が生まれやすい。
そのことを考えると、たしかに一撃必殺の意味合いが強いかもしれない。
だが一撃必殺だからこそ、その一撃をいかに相手に入れるかを追及している。
それはつまり、基本動作が洗練されているということ。
なるほど、基本の流派というのもうなずけるな。
「次に舞刃流。これは鋭刃流とは逆に守りを主体として考えられた流派よ。
相手の攻撃を受け流し、カウンターで相手を仕留める。
鋭刃流剣士にとっては天敵といってもいい流派ね。
奥義はいくつかあるけど、私が習得している奥義は2つね」
舞刃流の構えを取る彼女は、自然体でどことなく余裕も感じられるが、全く隙が無かった。
今の彼女に切りかかれば、確実に対処され、自分が不利な状況になるのが容易に想像できる。
もしかしたら、剣術で最強は舞刃流かもしれない。
「最期に乱刃流だけど……」
彼女は表情を曇らせ、言葉を濁した。
しかし、首をかしげる俺とサーシャに気づき、ため息交じりに言った。
「私は乱刃流には適正がない。だから、教えられることはないわ。
しいて言うなら、乱刃流は鋭刃流よりも、もっと攻撃型の流派。
特に奥義は存在しないけど、同時に何本の剣を使用することができるかで実力を測ることができる。
今は剣王様の5本が最高ね」
5本……戦闘で5本の剣を同時に使うというのか?
剣を5本同時に使う戦闘方法、俺には想像もできない。
想像できないということは、きっと俺には乱刃流の適正はないんだろう。
その後、俺とサーシャは剣術の基本の型を教わると同時に、三大流派の適正を調べた。
俺は、もともと瞬息の太刀や天脚という鋭刃流の奥義を習得しているため、鋭刃流の適正はあるようだ。
また、舞刃流については今後の鍛錬次第で奥義習得までいけるかもしれないとのこと。
乱刃流の適正については後日ということになった。
サーシャについては、鋭刃流・舞刃流ともに適正は低く、鍛錬を続けても奥義の習得は難しいらしい。
もともと彼女の剣術はアルセイフが教えたものを彼女なりにアレンジしたものだ。
俺や一般剣士が使うような剣術の基本動作については未熟というほかなかった。
こればかりは仕方がないことだろう。俺はアルクに基本を教え込まれたからな。
彼女については、憑き子としての潜在能力の高さと、乱刃流の適性の有無に賭けることとなった。
その後しばらくは、基本の型と対人戦を想定した摸擬戦を主に行っていく。
正直、自分の剣の腕が上達しているかは分からない。
ここに来た時に一度だけフィアーネに勝っているが、稽古を始めてからは一度も勝てていないからだ。
彼女は、鋭刃流よりもむしろ舞刃流の適正の方が高いらしく、舞刃流の技を使われると俺には太刀打ちできなくなる。
奥義は簡単に言えば、相手の攻撃を受け流し切り返すといった単純なもの。
しかし、どんな攻撃でも対応され、一撃必殺の鋭刃流では、やはり分が悪かったのだ。
それでも毎日稽古に励み、なんとかフィアーネに一撃を入れられるように特訓をしていた。
そんなある日のこと。
その日も俺とサーシャ、フィアーネは基本の型を繰り返していた。
そこにその女性は姿を現した。
清楚でお堅い印象を受けるフィアーネとは対照的に、華美な衣服を身にまとい、長い髪をなびかせた軟派な雰囲気の女性。
彼女は広間に姿を見せるなり、俺たちのもとにつかつかと歩いてきた。
「あら、フィアーネ、久しぶりね。相変わらず、古臭い稽古をしていますのね。
私、剣王様に頼まれて、憑き子の稽古に付き合うことになりましたの」
「久しぶりね、リゼ。あなたも相変わらずで何よりだわ」
明るく社交的に接している彼女に対し、フィアーネはあからさまにイヤそうな顔で対応している。
はた目には対照的に見える2人だが、この2人、あまり相性が良くないのだろうか。
ふと、リゼと呼ばれた女性と目が合う。
「あら、この坊やが憑き子なのかしら?
だったら早いとこ力の制御方法を教えてあげますから、こちらにいらっしゃい。
訓練の後は、そうね、2人っきりで楽しいことをいたしましょう」
彼女は俺を見るなり、急に艶やかな声でそう言った。
指先を舌でペロッと舐めつつ、流し目を送ってくる。
その仕草、表情は見た目の年齢からは考えられないほどの色気を醸し出していた。
しかし、見た目は俺と同じくらいに見えるが、俺のことを坊やと言ったか。
もしかしたら、彼女は見た目通りの年齢ではないのかもしれない。
しかし、彼女のこの仕草は……。
そんなことを考えながらリゼと呼ばれた女性を眺めていると、後ろからサーシャに木剣で殴られた。
いったい何だというのだ。
「リゼ、そっちの方も相変わらずですね。
ですが、彼は憑き子ではありません。あなたが教えるべきは、その後ろにいる女性の方ですよ」
フィアーネは、そっぽを向いたまま呆れたような顔で言った。
「あら、そうでしたの?それは残念ですね、彼、美味しそうでしたのに……。
もしかして、もうフィアーネに食べられてしまいましたの?
いいえ、フィアーネのことですから、フィアーネを食べてしまいましたの間違いかしら」
「リゼ!あなたいい加減に……」
フィアーネが木剣に手をかけたとき、彼女は手をヒラヒラとさせて、それを制止した。
「冗談ですのよ、フィアーネ。
でも、仮にも死神と呼ばれたあなたがここまで取り乱すなんて……あながち、なくはないことかもしれませんね。
うふふ、それも冗談です」
完全にフィアーネがからかわれている。
初めからイヤそうな態度を見せていたのはこういうことだったか。
きっと、いつも顔を合わせれば、彼女にからかわれているのだろう。
「そういうことですので、行きましょうか。名前は、えっと……」
「サーシャ」
「そう、いい名前ですのね。では行きましょう、サーシャ」
2人は並んで、俺の横を通り広間の出口へと向かって歩き出した。
「もし、我慢できなくなったら、私のところにいらして。フィアーネよりも、ずっと上手にできましてよ」
去り際、彼女は俺の耳元でそうささやき、耳を噛んだ。
彼女の後ろからは、鬼の形相で睨んでくるサーシャの顔が見える。
背後からは、フィアーネの殺気のこもった視線が痛い。
なんなんだ、この女。
そして2人は広間から姿を消した。
そのあとの稽古が、いつも以上に厳しいものだったのは言うまでもない。




