11話 町長であり、依頼主であり・・・ルーナの父親
「ルーナ、そろそろ今回のクエストを受けろと言ったわけを教えてくれないか?」
穏やかな朝の街道。
俺とルーナは、本来の目的であるBランククエスト《町長の護衛任務》のため、サンレイクの隣にあるキーウッドという町に向かっていた。
「はい…しかし、まずはリアム様に謝らなければなりません。私の個人的な頼みでふたつもクエストを受けることになってしまいました。それで、あの、今回のクエスト…キーウッドの町長は私の父なんです」
俺は驚きのあまりルーナの顔を見た。
真剣な表情だ、冗談ではないらしい。
そういうことか、どうりで依頼内容を見たときにいつにもなく真剣な顔をしていたわけだ。
「なるほどな、しかし、護衛というのは穏やかではないな。なにか命を狙われる理由でも?」
「いえ、具体的にはわかりません。父はもともと穏やかな性格で人に恨まれるなんてことは…」
ルーナはややうつむき、少し寂しそうな表情を浮かべている。
「そこは直接聞いてみないことにはどうにもわからないか。だが、納得もできた。ルーナは穏やかな町長の娘だったというわけか、どうりで清楚な風貌をしている。しかし、だったらなぜルーナは奴隷として捕まっていたんだ?」
「それは…ささいなことで喧嘩をして家出をしたんです。そのときに捕まってしまって」
なるほどな、たしかにルーナの性格を考えればあり得ないことではない。
そこでいろんな人を見てきたからこその鑑定眼というわけか、納得だ。
「リアム様、ひとつお願いが。今回のクエスト、私の素性は一切隠しておいてください。父にバレでもしたら、リアム様との旅が続けられなくなってしまいますので」
「ルーナがそれでいいと言うなら、そうするが。それにしても、頼みごとの多い奴隷様だな」
「リアム様の意地悪ッ!」
ルーナは顔を赤くし、口をとがらせながらこちらを睨みつけた。
睨みつけたつもりだろうが、やや上目遣いになるせいで、その仕草も可愛いものだった。
そんなことを話していると、数時間後、キーウッドに到着した。
門兵に事情を説明すると町長の家に案内された。
「よく来てくれた、わしはマルーン・アルシノエだ。今回の依頼を受けてくれて感謝している」
なるほど、ぽってりとした見た目に穏やかな口調、たしかに人に恨まれるような人物には見えない。
「こちらこそ、よろしくお願いします。俺はリアム・ロックハート、こっちはルルーシュです」
俺は胸に手を当て頭を下げ挨拶をした。
そして、やや後方にいるフードをかぶったルーナ、いやルルーシュを紹介した。
正体がバレる恐れがあるため、なるべくルーナは声を出さないように打合せ済みだ。
「なんだ、女性連れなのか?護衛任務で危険も多いかもしれんが大丈夫か?」
「問題ありません、先日もふたりでコカトリスを討伐したばかりです。ところで、今回の依頼内容の確認ですが」
マルーン氏は、自分の2個目のぷるぷるしたあごに手をやりながらうなずいた。
「うむ、実は二日後、王都で大議会があるのだ。わしも参加するため王都へ向かうのだが道中の護衛を頼みたい」
「護衛というと、なにか命を狙われるような心当たりでも?」
俺の質問にマルーン氏は、やや眉をひそめた。
「先日、わしの家に何者かが侵入してな。取り逃がしてしまったが、そのときに秘書のザナールが襲われてしまったのだ」
なるほどな、何者かの襲撃により秘書がやられ、護衛役がいなくなったために依頼してきたというわけか。
しかし、やはり襲撃された理由がわからない。
「襲撃されたことに関して、なにか思い当たることはないですか?」
「そう言えば、秘書のザナールと町長を決めるときに争ったのだ。結局、多数決でわしに決まったのだが、ザナールはそのことを快くは思っていなかっただろう。だが、そのザナールが襲われた以上、ほかに心当たりはないのう」
「わかりました、道中の護衛はお任せください」
数時間後、俺たちは王都へ向け出発した。
馬での移動だ、途中の村で宿を借りるとしても、時間にして1日もあれば到着するだろう。
隊列は、先頭に執事と思われる男女2名、マルーン氏の馬車、俺とルーナが後方を務めることになった。
「ルーナ、どう思う?」
俺はマルーン氏に聞かれないようにルーナに耳打ちをした。
「私もはじめはザナールさんかと思ったのですが、その本人が襲撃されたとなると、見当もつきません」
ザナール…まさかな。
それよりもこの地形は危険かもしれない。
左右を深い森に囲まれた道、両側から盗賊に襲われたらひとたまりもない。
早く森を抜けなければ。
しかし、俺の予感は的中してしまった。
「命が惜しかったら、有り金全部置いていけ!」
顔を布で覆った絵にかいたような盗賊、待ち伏せしてからの襲撃、数にして20人はいる。
「悪いが、金も命もくれてやるわけにはいかない。お前たちのほうこそ、とっとと失せろ!」
俺の威嚇は逆効果だったようだ、盗賊たちは剣を抜き、殺気のこもった鋭い眼光をこちらに向けてくる。
仕方ない、人間相手では気が引けるが。
「空間魔法展開、ウィンドインパクト!」
突風が吹き荒れ、盗賊たちを空気の衝撃波が襲う。
「う、ぐうう」
多くの盗賊が意識を失う中、ひとりだけ意識のある者がいる。
俺はそいつに問いかけた。
「誰からの指示だ?」
待ち伏せからの襲撃となると、少なからず計画性がなければ不可能。
ということは、おそらくは何者かから依頼され、襲撃の算段を立てていたはずだ。
「知らねえ、俺はお頭の指示通りに」
「お頭というのは、あそこで気絶しているあいつか?お前もああなりたくなければ、正直に答えるんだな」
俺は盗賊の胸ぐらをつかみ、殺気をこめた視線を送りながら尋問した。
男の顔が怯えたような表情に変わる。
「わかった、わかったから許してくれ。誰かは知らねえが、貴族みてえな格好の男がお頭と話していたのを見た、間違いねえ」
貴族風の男…ザナール……いや、まさかな。
「お、おい、リアム君…」
考え事をしているとマルーン氏が馬車から不安そうな顔でこちらを見た。
まるで怯えた、子犬のような顔で。
「そうか、わかった。…空間魔法展開、エアーウェイブ!」
空気の波が盗賊たちを、森の奥地まで吹き飛ばす。
あたり一帯は何事もなかったかのような静寂が訪れる。
マルーン氏の表情も明るくなり、まるで尻尾を振って近寄ってくる子犬のようだ。
「ありがとう、リアム君!強いんだな、これなら王都までは安心だ」
「ええ、先を急ぎましょう」
盗賊を撃退してから、俺たちは王都とキーウッドの中間の小さな村にたどり着いた。
そこで宿を借り、翌朝王都へ向かうこととなっている。
俺とルーナはマルーン氏とは別室を借りることにした。
マルーン氏が襲撃されるとしたら、今夜中だ。
それとマルーン氏の腕輪から感じた魔力、あれはおそらく町長の行動を監視するためのものだろう。
俺はベッドで横になりながら、今までの情報から首謀者が誰なのか考えを巡らせていた。
すると、外の様子を見に行っていたルーナが戻ってくる。
心なしか、顔が赤いように思う。
「リアム様…あの、父に私のことがバレる前に既成事実を作ってしまえば、父も私を連れ戻しはしないと思うのです」
ルーナはベッドで横たわる俺に覆いかぶさるようにベッドに倒れ込む。
ん?既成事実!?ルーナは何を言っている?
というか、隣に町長であり依頼人でもある父親がいるのに、この状況はマズくないか!?
今扉を開けられたら、申し開きもできない。
「ルーナ、なにしてる?いつ賊が襲ってくるかもわからないんだぞ!?」
「リアム様が悪いんです。前回のクエストの後、婚約指輪までくれたというのに、その後は進展なし。もう、我慢できません」
「ん?封魔の指輪のことか?あれは婚約指輪などでは……!?」
俺の話をさえぎるように、ルーナの唇が俺の口をふさぐ。
そのまま、俺の口の中にルーナの舌が滑り込んでくる。
ルーナの舌が情熱的に俺の舌に絡みつく、ソフィリアのときとは違う、強く激しく求められているような感覚。
またあのときのふわふわとした感覚に襲われる。
「ちょっと待ってくれ、ルーナ、どうしたというんだ!?」
俺は何とかルーナを引きはがすが、ルーナは引き下がろうとしない。
「どうしたもなにも、もう我慢できないんです。リアム様が…ほしい。…いただきます」
ルーナは自ら服を脱ぎすて、俺に覆いかぶさる。抵抗できないほどの力だ。
ルーナにこれほどの力があったか?…まさか。
「ルーナ、すまん」
俺は右手に魔力を集中させ、小さな水弾を作った。
対象の設定が苦手な俺は、この水弾を放つことはできない。
できないから、そのままルーナの顔に叩きつけた。
バシャッという音を立て、ルーナの顔に水をかかり、水弾は消滅した。
「はっ、私はなにを?…リ、リアム様!?なぜこんなことに!?」
やはり、相手を操る系の魔法にかけられていたか。
ルーナの行動からすると魅惑の魔法といったところか。
しかし、これでルーナは正気に戻った。
ルーナは俺と自分のおかれている状況に驚きを隠せないようだが、少しすると状況がのみこめた様子、これでひと安心。
ルーナは慌てて、ベッドのシーツを手繰り寄せ、自分の体に巻き付ける。
顔は赤く、目に涙を浮かべている。
不謹慎かもしれないが、可愛いと思ってしまった。
「私は何者かに操られていたようですね。しかし、リアム様が望むのであれば…その…あの、私は…」
俺のアイアンソードが存在を主張する寸前で、事件は起こってしまった。
バリーン!
「賊だー!!!」
窓の割れる音とともに、敵襲を知らせる叫び声が響き渡った。




