99話 剣王ギルトール
「ここが、剣客島なのね」
剣客島の入り口で、サーシャはきょろきょろと視線を泳がせた。
入り口の大きな門をくぐると、そこには商店が立ち並ぶ通りがあり、その最奥には立派な道場のような作りの建物が見える。
あそこが大練武場か、あそこに七大強王の1人、剣王がいる。
剣王、この剣客島を仕切り、剣士たちの頂点に君臨する者。
はたしてそんな人物が、俺に剣術を教えてくれるだろうか。
今になって、アルセイフに紹介状をもらえなかったことが悔やまれる。
しかし、通りを歩いていると、どうにも違和感を感じる。
そうか、この商店には宿屋がないんだ。
食品を扱う店、食事を提供する店、装飾品を扱う店、武器や防具を扱う店、それら一般的な店は多く立ち並んでいるのに、一軒として宿屋が見当たらない。
それに町を歩いている人々も一様に同じような格好をしており、どこか慌ただしくしているようにも見える。
なんだ、なにかあったのか?
サーシャも違和感を覚えたのか、俺の服の裾を小さくつまんでいる。
通りを歩いていると、突然目の前に屈強な男が立ちふさがった。
「おい、お前、見かけないやつだな。どこから来た?」
着ているものは周囲の人々と同じだが、腰に指してある剣を見るに、こいつはここで修業をしている剣士といったところか。
到着早々、問題を起こすわけにもいかないな。
「俺は中央大陸、シャリール大国より来た、リアム・ロックハートという。
剣王様に用があるのだが、ここを通してはくれないか?」
俺の言葉に周囲がざわめき、目の前の男もいぶかしげに眉をひそめた。
「中央大陸から来ただと?
剣士でもないきさまらが、剣錬街道を踏破してきたというのか?」
剣士でもないか……。たしかに俺は剣士というよりは魔導士側だろう。
しかし、こいつ、俺たちを一目見て剣士ではないと見抜いたというのか。
だとすると、油断すべきではないかもしれない。
「入島証、もしくは紹介状を出せ。お前たちのようなものが過酷な剣錬街道を通ってこれるはずがない。
誰からの紹介でここに来た?」
「紹介されたのは、アルセイフという人物だ。紹介状は訳あって貰うことができなかった。
だが、本当に俺たちは剣錬街道を通って……」
「紹介状も入島証も持ってないのか?きさまら、怪しいな。
さては、お前らが例の盗人たちか?」
盗人!?おいおい勘弁してくれ、俺たちは今、到着したばかりだ。
こんなところで問題を起こしたくはない。
「いや、待ってくれ。俺たちは本当に今、到着したばかりで……」
男は俺の陰に隠れるように立つサーシャを見て、俺の言葉を遮った。
「お前、呪い子だな?なぜ、そんなやつがここにいる?
呪い子は厄災にも等しい、すぐにこの島から出ていけ!」
俺の服を掴むサーシャの手に力が入っているのが入っているのが分かる。
この子は憑き子、それは間違いない。
しかし、彼女だって好きで憑き子になったわけではない。
たしかに感情をコントロールできずに暴走することはある。
だが、暴走する原因は、いつだって第三者によるものではないのか。
仮に、憑き子のせいで町に損害が出たのであれば、責められるのは仕方がないことだ。
でも、彼女はまだ何もしていない。
憑き子というだけで、初対面のお前にそこまで言われる筋合いはないはずだ。
「ちょっと待て!この子がいったい何を……」
俺の言葉は、顔の横すれすれを通過する何かによってさえぎられた。
同時にバキッという鈍い音が俺の耳に届く。
次の瞬間、目の前の男が顔を押さえてうずくまった。
やってしまった、それが一部始終を目撃していた俺の最初に思ったこと。
そして次に考えたことは、この男の自業自得だということだった。
しかし、どうしたものか。
この状況、これではこの男の言う通り、憑き子が善良な者に手を出したように見えてしまう。
それはマズイ、この男の自業自得だったとしても、それを理解してくれる者は少ないだろう。
ふと、サーシャを見ると、彼女もやってしまったとばかりに己の拳を見つめ、呆然としていた。
そしてそのまま、俺に不安そうな目を向けてくる。
しかし、俺と目が合うと、控えめに胸を張った。
「な、なによ、あいつが悪いのよ!」
強がってはいるが、彼女の目は泳いでいる。
彼女もやり過ぎたと感じているのだろう。
俺は苦笑交じりに彼女の頭を撫でた。
「て、てめえ、もう許さん!」
顔面を押さえ、鼻から血をダラダラと垂らしながら男は立ち上がった。
騒ぎを聞きつけ、俺たちの周囲に人だかりができる。
俺たちは周囲を囲まれ、正面の男の仲間であろう者らによって、稽古場のようなところに連行された。
ここは、大練武場か。だとしたら、好都合。
だが、この雰囲気、すんなりと剣王に会うことはできなそうだ。
次第に周囲を取り囲む者から殺気が伝わってくる。
おそらく、ここで俺たちに仕返しをするつもりなのだろう。
大の男が寄ってたかってか……。
「俺は剣王に用があってきただけなんだがな……」
小さくつぶやき、剣を手にかけた、次の瞬間、唐突に奥から声がした。
「おい、お前ら、何してる!」
その声の主に連れてこられた場所は、一段と広い稽古場。
そこには門下生とみられる者たちが集まり、最奥にいる男と向き合っている。
最奥には姿勢よく座る者たちとは違い、偉そうに横たわっている男が1人。
両脇には5本の剣が無造作に置かれ、あからさまに貫禄のある男、一目でわかる、この男こそが剣王なのだろう。
その男は気怠そうに口を開いた。
「お前たちが通りで騒ぎを起こしたやつらだな?なんの用だ?
まさか、お前らが、魔道具を集めているっていう元勇者様か?」
「俺は、リアム・ロックハート。冒険者たちの間では魔王殺しの大賢者と呼ばれることも多い。
俺は、剣王に剣を教わりたくてここに来た」
剣王は眉をひそめ、ゆっくりと身体を起こした。
「大賢者様が俺に剣術をねえ……。まあいい、俺が剣王、ギルトールだ。
そういや、お前、剣錬街道を通って来たらしいじゃねえか。
剣術を教えるにしても、俺が剣を教えるに足る実力がお前にあるかどうか試してやる。
相手は、ドグル!お前がやれ、俺に恥をかかせるんじゃねえぞ!」
剣王の言葉に、歩み出た男は、先ほどサーシャによって殴られた男だった。




