97話 剣錬街道
医術大国カルテリオより、さらに北東。
山々が連なる豪雪地帯を抜けた先に見える3つの島。
その島々は、ただ1つの道でつながれ、その道の名を剣錬街道、その街道の先に剣王のいる剣客島がある。
俺たちはライラックのギルドでその情報を聞き、剣客島に向けて旅をしている。
現在は、カルテリオへと向かう船の上。
「ねえ、見て、ロックハート!あそこに魚が泳いでるわ、あっ、ほら!ねえ、聞いてるの?」
サーシャは船から見る海に興奮した様子で、先ほどから目をキラキラとさせている。
どうやら彼女は、船に乗ることはおろか、海も見たことがなかったらしい。
彼女のはしゃぐ姿は、年相応の女の子に見えて、とても微笑ましかった。
あの後、アルセイフを埋葬した俺たちはギルドに赴き、今回の首謀者にキツイ罰を与えた。
キツイ罰といっても、死なない程度に好きにしていいとサーシャに指示しただけなので、どのような罰を受けたのかはわからない。
まあ、翌日のサーシャの機嫌を見るに、凄惨な内容だったであろうことは容易に想像ができるのだが。
その際、ギルドに彼女の身柄は俺が預かることを宣言し、この件は一応落ち着いた。
彼女も初めのうちは不安そうにしていたが、ここまでの旅で少しずつ不安も解消されてきているようにも思う。
「俺をロックハートと呼ぶのは、サーシャくらいのものだ」
「そう?リアムより、ロックハートの方がカッコイイじゃない。
私のことは特別にサーシャって呼んでいいわ」
というのは、彼女の言である。
彼女なりの信頼の証なのだろう。
航海を終え、カルテリオに到着したときは、すでに夕暮れ時だった。
その日はカルテリオで宿を取り、翌日には出発した。
俺たちはカルテリオを出発する前にイリーニャの診療所に顔を出した。
そこで、現状の報告と旅の身支度を整えたのだ。
不安そうな顔で、俺に視線を送ってきていたサーシャだったが、俺がイリーニャと会話をし、防寒具などを譲り受けているうちに、徐々にその緊張は解けていった。
緊張が解けてからは、イリーニャと仲良くなるのは早かったように思う。
よく考えればイリーニャは診療所で、何人もの人と接している。
相手の緊張を解く術も心得ているのだろう。
思えば、サーシャがここまでの旅で俺以外に気を許したのはイリーニャだけだ。
ギルドに行った時も、航海中の船の上でも、カルテリオで旅の準備をするときでさえ、彼女は周囲を警戒し、不安そうな表情を浮かべていた。
その様子を見れば、今まで彼女が周囲の人間からどのような扱いを受けていたのかが、容易に想像できた。
だから俺は彼女を安心させるように、あえて周囲の人間に明るく振る舞った。
それにより物事がうまく進むたびに、彼女は俺に羨望のまなざしを向けてきた……気がする。
そこから数日、周りの緑は減り、気温も下がってきた。
もう少しで豪雪地帯ということだろう。
遠くに見えていた山々も、もうすぐそこに見えている。
今日はここで野営をし、明日、準備を整え、剣錬街道へ入るのだ。
翌日、俺たちは山のふもとまで来ていた。ここまで来ると周囲は白銀の世界である。
山のふもとまで来ると剣錬街道の入り口は一目でわかった。
剣錬街道の入り口は、山道ではなく、崖に開いている大きな穴。
それが洞窟となり出口まで続いているのだろう。
この道は、初代剣王が己の剣の腕を磨くために、剣のみで作り上げた道だと言われている。
剣王は、剣のみで山にも風穴を開ける。そこから繰り出される斬撃は、あらゆるものを断ち切るといわれている。
ゆえに七大強王に数えられているのだ。
「覚悟はいいか、サーシャ。いくぞ」
「だ、大丈夫なのよね?」
俺の問いかけに彼女は洞窟の奥をジーッと見つめながら聞き返す。
両肩に力が入り、緊張しているのがよくわかる。
俺は彼女の頭に手を当て、わしゃわしゃと撫でた。
「大丈夫だ、俺がついている。何も心配しなくていい」
俺の言葉に彼女は顔を上げ、笑顔を見せた。
俺たちは洞窟の中に足を踏み入れる。
洞窟の中は薄暗いが、山の切れ目などから差し込む光が洞窟内の壁面に反射しており、特に明かりも必要とはしなさそうだ。
中の温度も低いが、外に比べれば温かい。
それでも、サーシャは自身の両肩を抱き、丸くなりながら身体を震わせていた。
これも外の世界を知らないがゆえの弊害だ。
彼女はあまり気温の変化に強くない、これは今後の旅でも注意してやる必要がある。
俺は、自分の着ていた毛皮のコートを彼女の身体にかけてやった。
「い、いいの?」
不安そうに見上げる彼女の視線。
「ああ、俺なら大丈夫だ。
それでも寒ければ、魔法で周囲の温度を上げてやることもできるぞ?」
「ううん、これだけで大丈夫」
そういうと彼女は、コートを両手で手繰り寄せ、顔をうずめた。
こういう仕草は普通の女の子のそれと変わらない。
憑き子として恐れられ、暴走して力を開放した彼女の姿からは想像もできない姿だろう。
俺とアルセイフだけが知っている姿、どこか優越感を感じてしまう。
洞窟内は奥に進むにつれ、どんどんと気温が下がっていった。
吐息は白く、息を吐いたそばから呼気に含まれる二酸化炭素が凍りつき、キラキラと輝いていた。
初めのうちはキラキラした目でそれを眺めていたサーシャも、あまりの寒さに身体を震わせ、それどころではなくなってしまった。
この寒さは体力を奪われる。このままでは彼女の体力が尽きてしまうかもしれない。
俺は洞窟の隅に土魔法で仕切りを作り、さらにその中を火魔法で暖める。
次第に彼女の白い肌に血色が戻り、身体の震えも落ち着いてきた。
この洞窟は、奥に進めば進むほど気温が下がり、持ってきた水分や食べ物を凍りつき、食べれたものではない。
入り口付近には、アイスベアーやホワイトウルフを見かけたが、奥に進むにつれ、魔物の姿も見なくなった。
これでは食料調達もままならない。
飢えと、寒さによる体力の消耗との戦い。
旅に慣れていない彼女にはツラいものがあるだろう、それでも弱音を吐かないとは大したものだ。
その後も俺たちは、所々で同様の休憩を取りつつ、出口へと歩を進めた。
そして、洞窟に入ってから数時間。
俺たちはとうとう出口にたどり着いた。
彼女の唇は紫色に変色し、身体は氷のように冷たい、明らかな低体温症。
食事もろくに取れていないため、体力も限界だろう。
しかし、そんな状態にもかかわらず、彼女は弱音を吐くことなく、出口まで自分の足でたどり着いたのだ。
早く洞窟を出て、彼女を休ませなくては。
まずは休息、旅の再開はそれからだ。
しかし、洞窟を抜けた先にあったのは思いもよらぬ光景だった。




