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96話 憑き子とともに

その日も、俺とサーシャは狩りに出ていた。

無事に獲物を仕留め、帰る途中に俺は、ふと思った。


狩りの際に使用する剣術や投槍の技術、今までは狩りや魔物の討伐にしか使用してこなかったが、実際に対人戦になったらどうなるのだろうかと。


「なあ、サーシャ。俺と一度、手合わせをしてみないか?」


「なぜ?」


彼女はいぶかしげに首をかしげた。


「いや、きみの剣さばきや槍の扱い方を見ていて、少し気になることがあってな。

ケガをしないよう、真剣ではなく木剣を使って、相手の力を見るんだ。

どうだ、面白そうだろ?」


彼女は少し考え、何かを思いついたようにニコニコしながらうなずいた。


「いいわ、ただし私が勝ったら私の言うことを何でも聞いてもらうわ!」


「いいだろう。では、俺が勝ったらどうする?」


「う……」


彼女は苦い顔をしながら考える。

ゲームに負けた後の罰ゲームを考える、ただそれだけのことでここまで悩むとは……憑き子と恐れられていても、やはり普通の女の子というわけか。


「あんたが勝ったら……な、なんでも、言うこと聞くわよ……」


よし、だがまあ、さすがに本気でやるわけにはいかないな。

彼女の力を引き出して、最期は負けてやるとするか。

俺としては彼女の力が見たいだけだし、彼女が俺に何を要求するのか気になるしな。


「よし、それじゃあ、始めるぞ」


俺は、落ちていた木の枝に魔法をかけて形を整え、木剣と木槍を作り、彼女に投げ渡す。

彼女は、担いでいた獲物を放り投げ、それらを受け取ると、およそ隙だらけにしか見えない構えを取った。


しかし、俺は知っている。

隙だらけに見えるあの構えに、見た目通りの隙がないことを。

幾度となく見てきた。

型にはまらない、独特な攻撃が可能だからこその彼女なりの構えなのだ。


互いに構えたまま向き合い、そのままの時間が経過する。

二人の間を風が吹き抜け、木の葉が天に舞い上げられる。

合図はなかったが、互いに同時に動いた。


同時に動いたが、先に木剣が届いたのは彼女のほうだった。


俺は、真上から振り下ろされる木剣を受け止めようと剣を上段に構えた。


次の瞬間、彼女は木剣から片手を放し、腰に下げている木槍に手をかけた。


俺は構えを解き、後ろに飛ぶ。


目の前を木剣がかすめ、間髪入れずに木槍が眼前に迫る。


なんとか上半身だけでそれを回避。


しかし、目の前にいたはずの彼女がいない。


どこだ?前、右、左、上……後ろか!


瞬間的にそう判断し、前方に転がるようにして回避行動を取る。


ブォンという音を立て、俺の身体があった場所を何かが高速で通り過ぎた。


俺はすぐさま体勢を立て直し、彼女に向かって構え直した。


かなりのスピードだ、想像していたよりもはるかに速い。

手を抜いていたら、彼女の力を見るどころか、何もさせてもらえない。

大人げないかもしれないが、少し本気を出させてもらおう。


「サーシャ、きみの力は想像以上だった。

大人げないが、少し本気を出させてもらうぞ」


正直、俺の想定以上の強さだった。

このままやれば、俺は何もできずに負けるかもしれない。

だが、逆に見てみたい。彼女が魔法を交えた対人戦で、いかにして相手を倒すのかを。


「いいわ、その代わり勝った時は、しっかりあたしの言うことを聞いてもらうから!」


俺は木剣から片手を放し、彼女に手のひらを向ける。


同時に彼女が走り込んでくる。


「ロックブラスト!」


俺の手から放たれる無数の石弾を彼女は意に介さずに突っ込んでくる。


全速力で接近し、最小限の動きで石弾を躱して、もうすぐそこまで来ている。


彼女が剣を振り上げたと同時に、俺は片手に持った剣を彼女に向けて突き出した。


彼女は目を見開き、体勢を崩しながらも横に転がるようにして、木剣を回避。


「フローズンエラ!」


間髪入れずに、大地を凍らせる。


しかし、彼女は崩れた体勢のまま大きく跳躍し、これも回避した。


まるで野生の獣だな、身体のバネが常人とは桁違いだ。

だが、その避け方は読んでいる。


「アイシクルゲイザー!」


空中では身動きが取れないだろう、もらった!

しかし、勝ちを確信した俺の顔は一瞬にして凍りついた。


空中の彼女を狙い撃ちにするように地面から伸びる氷の柱を、彼女は木剣で叩き割ったのだ。


彼女の全力の一撃を受け、俺の氷魔法は砕かれた。


しかし、彼女の木剣も無事では済まなかった。


彼女は着地すると、根元からボッキリと折れた木剣を投げ捨てると同時に、俺に一直線に踏みこんでくる。


ドカァン!

俺も剣を構え、迎撃態勢を取った瞬間、背後で大きな爆発音がした。

振り返ると、アルセイフの家がある方向の空が赤く染まり、黒煙を上げている。


アルセイフに何かあったのか。

そう思った時には、サーシャは走り出していた。

俺を置いていくように、ものすごい速度で彼女は森の中に消えていった。


ゴォォォォ!

森を抜けた先は、まさに火の海だった。

アルセイフの家を包み込む大きな炎。


しかし、その場に彼女の姿はない。

あるのは、地面に横たわる魔導士風の男が数名…全員意識を失っているようだった。


そんなことはどうでもいい、彼女は?サーシャはどこだ?アルセイフは?

辺りを見回すが、彼女はいない。

だが、耳を澄ますと燃え盛る炎の音にかき消されそうなほど小さい声でアルセイフを呼ぶ彼女の声が聞こえる。


まさか…。

俺はすぐに水魔法で家を包み込む炎を消し、そのままがれきと化した家の中を捜索した。


いた、工房であったと思われる場所に彼女は倒れていた。

ススだらけで真っ黒ではあるが、呼吸はしている。

俺はすぐさま彼女に回復魔法を唱えた。


「う…ガハッ、ゲホッゲホッ」


彼女は目を開けると、すぐにハッとした様子で、足元のがれきを取り除いていく。

取り除かれたがれきの下、そこには黒く焼け焦げた人間の死体があった。

……きっと、アルセイフだろう。


「う、うう……うわぁぁぁぁ」


それを抱きかかえるようにして、彼女は大声で泣いた。

大粒の涙を流し、大きな声を上げ、ただただ泣いていた。

俺は、それを見ているだけしかできなかった。


両親を失い、町中の人間に忌避され、それでも一緒に暮らしてきた、たった1人の家族ともいえる人間を彼女は今この瞬間に失ってしまった。

俺にはかけてやる言葉が見当たらない。

そんな彼女を、ただ見守ってやることしかできなかった。


まさか、こんなことが……。

だが、なぜだ。何があったんだ。

作業中のミス?いや、熟練の彼にそんなミスは考えられないが……。


「おやおや、大きな爆発音がして慌ててきてみたら、これは呪い子の暴走ですかな?」


背後の声に俺は振り返る、そこには武装した冒険者や傭兵が集まっていた。


「なんだ、お前たち。今は取り込み中だ、後にしてくれ」


「いえいえ、それはできませんよ。

呪い子が暴走して、善良な市民を家ごと亡き者にした。

町民にも危険が迫るかもしれない。だから、今ここで呪い子を討て。

それが町民全員の願いです」


「まさか…これはお前たちが?」


先頭の男は薄汚い笑みを浮かべた。


「なんのことです?

私たちは町民の願いを聞き入れ、結成された討伐隊にすぎない。

さあ、そこをどいてください。

死亡者は2名いれば十分なのですから」


この町のギルドは、ずいぶんと仕事が早いんだな。

爆発が起こってから、まだ数分というところなのに武装した人間をこれほど大勢派遣するとは。

この町のギルドの仕事ぶりを、全ギルドが見習えば、魔王の討伐も簡単だったろうに。


「ふふ、まさかな」


思わず、小さくつぶやいた。


爆発を確認してから、これほどの武装した集団を現地に派遣するのに数分では不可能だ。

きっと、アルセイフとサーシャのことを目の敵にしている者たちによる自作自演といったところか。

ただそれだけのためにアルセイフは……。


「ぐうう…。お前が……。お前たちが、アルセイフを…」


サーシャは小さくつぶやきながら両の肩を震わせていた。

明らかに先ほどよりも強い殺気を放っている。

マズイ!


俺はとっさに武装した集団と彼女の間に割って入る。

その瞬間、右肩に痛みが走り、生温かい感覚が肩から指先に伝わる。

見ると、右肩に彼女の牙が食い込んでいる。


彼女の角は先ほどよりも長く伸びており、牙や爪も鋭さが増している。

これがアルセイフの言っていた、感情をコントロールできないと現れるという、魔物の力というやつか。


「ふうう、ぐうう……」


彼女は理性を失っているのか、そのままの姿勢で鼻息を荒く、相手を睨んでいた。

俺はそのまま、彼女を抱きしめた。

なぜそうしたのかはわからないが、こうすれば彼女も落ち着くのではないかと、そんな気がした。


「ガザレイさん、あいつごとやっちゃいましょうよ!」


「だがしかし、あいつは魔王殺しの大賢者だ。

やつに手を出したとあっては、俺たちが国を追われるぞ」


「1人くらい死体が増えてても、呪い子のせいにすればいいじゃないですか!」


「しかし…」


「この家を燃やした俺の火魔法なら、あんなやつ、死体も残さねえよ!

炎帝よ、我にその力を宿し、罪深き炎で大地を焼き尽くせ。…ヘルフレア!」


迷うリーダー格の男を無視し、1人の男が魔法を詠唱した。

魔術師風の男の手から放たれる火魔法は線状の炎となり、俺とサーシャを焼き尽くさんと一直線にこちらに向かってくる。


彼女はいまだに冷静さを欠いている。

このままでは回避行動も間に合わない。


俺は自分の背中で火魔法を受けた。痛みと熱が襲ってくる。


「え、あんた……なにして……」


炎の熱は彼女にも伝わり、彼女はようやく冷静さを取り戻した。

両目に涙を浮かべながら心配そうに見上げている、その顔は、いつも通りの凛々しくも可愛らしい彼女の顔に戻っていた。


「お、おい!どうなってんだ!死体も残さねえどころか、死んでもいねえじゃねえか!」


慌てふためく集団に向き直り、俺は自分に回復魔法を唱えた。


「いいか、サーシャ。むやみに人を殺してはダメだ。

そこから恨みや憎しみといった感情が生まれ、また今回のようなことを繰り返すことになる」


「でも、こいつらはアルセイフを…」


「ああ、だから、殺さない程度なら問題ない」


その言葉を聞いてからのサーシャは早かった。

数十人はいるであろう武装集団を、次々と倒していき、残りはあと1人、リーダー格の男だけとなった。


「頼む、命だけは助けてくれ…」


男は両手を合わせ懇願した。

次の瞬間、命乞いをする男の顔面にサーシャの拳が深々とめり込んだ。


俺とサーシャは、この地にアルセイフを埋葬し、花を手向けた。


短い時間だったが、アルセイフには世話になった。

剣王への紹介状を書いてもらうことはできなかったが、俺の旅の目的地は決まった。

剣客島……そこに赴き、剣王に剣の修行をつけてもらうのだ。


安らかに眠れ、アルセイフ。

俺があなたに代わり、あなたの望みをかなえる。

だから、安心して彼女のことは任せてほしい。


「なあ、サーシャ。俺と一緒に旅に出ないか?」


彼女は黙ったまま、小さくうなづいた。

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