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95話 サーシャの過去とアルセイフの想い

「やれやれ、勘違いされてしまったかな」


深紅の髪を持つ少女が家を飛び出していくのを見送ってから、アルセイフはため息交じりに言った。


「あの子はな、少し思い込みが激しくてわがままなところがあるんだ。

まあ、俺の育て方が悪かったのかもしれんがな」


たしかに初対面の印象としては、やや乱暴そうな印象だった。

こんな町はずれで2人きりで暮らしているのだから、仕方ないのかもしれないが。


「少し彼女の話をしよう。その話を聞いてから、さっきの条件については考えてくれればいい。

さっき俺が話したことは覚えているか?

憑き子は、呪い子として迫害されることも多いという話だ」


自分とは違う存在を忌み嫌い、遠ざける。人間にはそういう面も多い。

キーウッドのように多種多様な種族が協力し合い、共生していることの方が少ないのも事実だ。


「サーシャもそうだった。

憑き子として生まれた彼女は、両親以外の人間から忌み嫌われ、両親は実家を追い出された。

それでも、彼女は両親の愛情を一身に受けて育っていった。

ここまでは良かったんだ」


ここまでは…か。何か事情があるのは明らかだな。

でなければ、今も両親と暮らしているはずだし。


「彼女が1人で外出できるようになった頃には、家族は町中から忌避され、彼女の両親は徐々に疲弊していった。

そしてある日、両親は彼女の前から姿を消したんだ」


両親に捨てられた、そこを保護したということか。

たしかにそれならば、性格が歪んでしまっても仕方ないところではある。


「数日後、彼女の両親は、川の下流で見つかった……遺体としてな。

町の中では、子育てに疲れての自殺ということになっているが、ある町民の話では、彼女の家族の存在を疎ましく思った者が殺したのではないかということだ」


「……」


「真実は分からん。ただ、そのことで感情のコントロールができなくなった彼女は荒れた。

それこそ、町中の誰もが彼女をかばえなくなるほどの暴れっぷりだった。

その彼女を危険視したギルドが討伐隊を結成したところで、俺が彼女を保護したんだ」


なるほどな、彼が保護していなければ彼女は生きてはいなかったというわけか。

俺やソフィリアとは違うが、それでも家族を失った彼女の気持ちが分からないわけでもない。


「だから俺は、なるべく彼女の自由に生きてもらいたいと思っている。

だが、このままここで暮らしていたら、どうしたって俺が先に死ぬ。

俺が死んだ後、彼女はどうなる?

そう考えると、今のうちに外の世界を見せてやりたい、1人で生きていけるだけの力を身に着けてもらいたい」


俺が、ソフィリアに外の世界を見せてやりたいと思った時の感情と似ているな。

状況は違うが、その気持ちに応えてやりたい気持ちはある。


だが、はたして彼女がそれを受け入れてくれるだろうか。

先ほどの様子から考えるに彼女はアルセイフにしか心を開いていないように感じるが。


「まあ、居場所はだいたい見当がつく。彼女を追いかけてやってくれ。

俺はギルドからの仕事でここを空けることができん。

ゆっくり話すことで、彼女のことを理解できるかもしれんし、任せたぞ」


俺は彼に言われた通り、森の奥にある泉の横の木の上を探した。

正直、こんな森の中で、そう簡単に見つかるはずもないと思っていたが、彼女はあっさり見つかった。

彼女の美しい深紅の髪は、森に身を隠すのには向かないようだ。


「おーい、サーシャ。一緒に帰ろう。アルセイフさんが心配しているぞ!」


俺の呼びかけに彼女は一瞬だけ木の上から俺を見下ろして、プイッとそっぽを向いてしまった。


仕方ない、まだ俺との信頼関係は築けていないからな。


俺は地面に手をつき、魔力を込める。

ゆっくりと地面が隆起していき、俺は彼女のいる木の上まであっさりと到達した。


「さあ、サーシャ、一緒に帰ろう」


いきなり下から現れた俺に驚いて、目を丸くしている彼女に、手を差し伸べる。


「うるさい!あいつは、あたしの心配なんてしていない!

あいつはあたしが邪魔になったから、あんたの旅について行かせようとしてるんだろ!」


やはり、勘違いしているか。アルセイフが言っていたことは当たっていたな。

しかも、どのように勘違いをしているかまで、正確に言い当てたのだから、さすが一緒に暮らしているだけはあるということか。


「それは違うぞ、彼はきみのことを思って、外の世界を見てもらいたいとそう思っている。

俺と旅に出るのもいい経験になるだろうと考えての言葉だ。

全部きみのことを思ってのことなんだぞ?」


「あたしが町に出れば、アルセイフに迷惑がかかる。

あたしと一緒にいるやつが町の人間に目の敵にされるんだ、だからあたしはアルセイフのそばを離れない」


彼女はそう言うと俺の手を払いのけた。

そして、腰かけていた木の枝から立ち上げると、おもむろに枝から飛び降りた。


彼女は民家二階に相当する高さから飛び降りてもケガ1つすることなく着地した。

まるで、野生の獣の身のこなしに近い。

鍛えれば、アイラのような強さを身につけられそうだな。


「どこに行くんだ?」


「帰る!アルセイフが心配しているというなら、あたしはあいつのところに帰るだけ!」


そう言うと彼女は、家のある方へと歩き出した。


やれやれ、彼女が俺に心を開いてくれるようになるのは、いつになることやら。

だがまあ、しばらく、様子を見てみるか。

彼女もどこか憎めないというか、生い立ちが似ているから親近感がわくというか、どこか放ってはおけないからな。


その日から、俺は彼らと生活を共にすることにした。

日中はサーシャとともに狩りに出かけ、狩りの後にはアルセイフを仕事の手伝いをしながら過ごす。


共同生活を始めてから10日が経過しただろうか。

少しずつサーシャも俺に心を開いてくれるようになり、他愛もない会話をするまでの関係性を築いていた。


彼女の狩りは、剣と槍を用いたものだった。

小型から中型の獲物に対しては、短槍を投げて仕留める。

逆に大型の獲物だったり、襲ってくる魔物に対しては剣を使って仕留めるのだ。


さすが、アルセイフが剣術を仕込んだだけのことはある。

瞬息の太刀とまではいかないが、彼女の剣は早く、独特の間合いやリズムから的確に急所を狙ってくる。

これならば、旅に出ても自分の身は守れるだろう。


俺はすでにアルセイフの出した条件を飲む決意をしていた。

彼女の剣術の腕を見れば、アルセイフが協力してくれる利点の大きさは容易に想像がつく。

それに彼女も少しずつだが、俺に心を開いてくれている。

彼女が望みさえすれば、俺は今後の旅を共にすると心に決めていた。


そのことをアルセイフに伝えようとしていた、ある日のこと。

事件は起きてしまう。


その日も俺とサーシャは、いつも通りに狩りに出かけた。

それを見送り、工房へ引きこもるアルセイフもいつも通り。

なんの異常もない、いつも通りの日常のはずだったのに。

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