94話 変わり者の鍛冶師と呪いの子
ライラック王国。中央大陸の東側に位置し、王都のあるシャリール大国からは深い森を抜けなければたどり着くことができない場所。
海を挟んでいるが、航海によりルイバリンガ大陸に渡ることができ、医術大国カルテリオとの交易も盛んな国である。
その国に1人の青年が今、足を踏み入れた。
彼の名はリアム・ロックハート、シャリール大国の王国指名冒険者であり、大賢者の称号を与えられし者。
彼の功績から、冒険者の間では別名『魔王殺し』と呼ばれている。
「ふう、意外と時間がかかってしまったな。
まさか、森の中に小さな魔巣が形成されているとは思わなかった」
俺は周囲を見渡した。
ここはライラック王国の首都ラナール、そこは綺麗に整備された町で、通りは行商人たちで賑わっていた。
「人探しは、やはりギルドに行った方がいいか」
俺はそんなことをつぶやきながらギルドを目指す。
通りを歩いて、しばらくすると少し大きめの建物が見えてきた、どうやらあれがギルドのようだ。
ギルドの中は冒険者でにぎわいを見せていた。
俺は念のため、クエストボードを確認する。
今のところ、中央大陸に関する緊急の依頼はなさそうだ。
アステラにはルーナとソフィリアがいる、ハティとリリアもいるし、バルスだって俺の留守中は任せろと言っていたから、一応は大丈夫だろう。
俺は受付へと移動し、そこで依頼を出そうとした。
「人探しの依頼を出したいんだが、その人の名はアルセイフという……」
そこまで言うと、受付の女性は俺の言葉を遮るように答える。
「あっ、アルセイフさんでしたら、依頼を出さずとも、どこにいるかは知っていますよ」
受付の女性はにこやかに笑い、アルセイフの居場所を教えてくれた。
どうやら彼は、この町のはずれに2人で住んでいるらしい。
彼の子供には注意するように釘を刺されたが、いったいどういうことなんだ。
俺は町のはずれにある家の前まで来ていた。
外観は特に変わった様子はない。
扉をたたくと、中から男の声がした。
扉を開けた男は、立派なひげを蓄えた中年の男性だった。
「俺に来客とは珍しい、あんたどこかで見たことがあるようなツラだが、俺になんの用だい?
今はギルドからの仕事が立て込んでいるから、個人的な仕事は引き受けられねえんだが」
「いや、仕事の依頼じゃないんです。ここにアルセイフという人がいると聞いて訪ねてきたのですが」
男はいぶかしげに眉を寄せた。
「……俺がアルセイフだが?」
「よかった、俺はリアム、リアム・ロックハートといいます。
リゲル・ロックハートをご存じですか?」
男はあごに手をやり、考え込むような仕草をした。
「リゲル・ロックハートは俺の父です。
父から聞いたんです、剣の修行に行き詰ったらライラックに行き、アルセイフという人を頼れと」
男はそこまで聞いて、何かを思い出したかのように目を見開いた。
「リゲル……まさか、ラズエルの剣聖リゲル・ロックハートか!
お前はやつの子か!そうか、そうか!なるほどな、見覚えがあるわけだ。
俺とあいつはライバル同士でな、喧嘩別れしちまったが、あいつは元気にしているか?」
「父のことですが……」
「まあいい、入れ、立ち話もなんだからな」
彼はそう言うと俺を家の中に招き入れた。
「なるほどな、俺が村を出てからそんなことが……」
俺は村が魔物の襲撃を受け、数名の生き残り以外は全滅したことを説明した。
もちろん父の死についても。
アルセイフはそれを静かに聞いていた。
話し終えたとき、彼の目には光るものが見えた気がした。
父は、自分の名を出せばイヤな顔をするが協力してくれると言っていた。
しかし、案外、父が思っている以上に彼は父のことを友として認めていたのかもしれない。
「はい、俺は魔王を倒し、一応の復讐は遂げることができました。
しかし、まだまだ強大な敵も多く、俺の魔法が通用しない敵も今後出てくるでしょう。
そのときのために、剣術の腕を磨いておきたいのです。
もう、誰も失わないために、俺に協力してもらえませんか?」
彼は少し困ったような表情を浮かべながら、頬をぽりぽりとかいた。
「協力してやりたいのは、やまやまなんだが……」
バタン!
そのとき、大きな音を立てて玄関の扉が開かれた。
「今、戻ったわ!今日は狩りがうまくいったから、ご馳走……」
俺は振り返り、声のするほうを見た。
そして、唖然とした。周りから見ても間抜けに見えるほど口をあんぐりと開け、言葉が出なかった。
声の主も俺のことを見て、その言葉を止めた。
そこにいたのは美少女だった。
深紅の長い髪にキリッとした顔、体型は育ち盛りといったところで、年のころは15歳か16歳くらいか。
間違いなく将来有望の美少女だ、しかし、俺が目を止めたのはそこではない。
普通の美少女にはあるはずのないものがあった。
彼女のひたいには立派な角が1本生えているのだ。
「なによ、あんた。なんの用?
これ以上仕事は受けられないって言ったでしょう!帰りなさいよ!」
彼女はそう言うと俺の服の端を掴んで、外に追い出そうとした。
何か誤解されているのか、ちょっと待ってくれ……それよりもこの子の力、少女の力とは思えないんだが。
「待つんだ、サーシャ!彼は仕事の依頼で来たんじゃない、俺のお客様だよ。
さあ、狩りで疲れただろう?奥で少し休むといい」
アルセイフの言葉に彼女は、ふんと鼻息をひとつ、奥の部屋に入っていった。
彼女はいったい何なんだ?
嵐のように来て嵐のように去っていく彼女を呆然と眺めていると、アルセイフが苦笑しながら話し始めた。
「俺は彼女の面倒も見ていてな、それに仕事も立て込んでいるから協力は難しいというわけだ」
「あの、彼女はいったい…。頭に角のようなものが見えたんですが……」
俺の問いに彼は少しだけ言いにくそうに答えた。
「ああ、彼女は…憑き子なんだ」
憑き子…なんだそれは、聞いたこともない。
「憑き子というのは?」
「ああ、憑き子というのは魔物に襲われたことのある祖先がいる場合、子孫にその魔物の力の残滓が現れることがある。
彼女は祖先のうちの誰かがオーガに襲われたことがあるんだろう。
あの角は、その魔物の力の残滓が表面化したものだ」
「……」
「憑き子は、稀にしか生まれないし、その力が表面化することで周囲とは異形の姿になることもある。
中には、呪い子といって差別する人もいるんだ。
彼女もそうだった、だから俺が保護している」
「治す方法はないんですか?」
「…ない。精神状態が安定していれば力のコントロールも可能だろうが、ひとたび感情が昂れば、力の制御ができなくなることもある。
だから、こんな町はずれで暮らしながら鍛冶師として生活しているというわけさ」
俺とアルセイフは、そのまましばらく互いに言葉を交わすことはなかった。
しかし、彼は何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ、お前は剣の修行をしたいと言ったな。
条件さえ飲んでくれれば、剣王への手紙を書こう。俺とやつは旧知の仲だからな。
どうだ?悪い話ではないだろう?」
「その条件というのは?」
彼は、ふむとうなずきながら嬉しそうな表情で言った。
「彼女を、サーシャと一緒に旅に出てくれないか?」
ドカーン!
その言葉を聞いた瞬間、奥の扉が粉々に砕かれた。
奥から出てきた深紅の髪を持つ少女は、そのまま家の外に飛び出していった。




