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93.5話 狂犬と狂拳

「だいぶ自然に闘気をまとえるようになったじゃないか。

お前は今までの嫁もとい弟子たちの中で一番才能があったな」


そう言って、いやらしい笑みを浮かべながら尻を撫でまわしているハゲ頭は、拳王ウーズ。


「われの身体に気安く触れるなと、何度言ったらわかる!」


そのハゲ頭に強烈な蹴りを放っているのが、拳聖、狂犬のアイラ。


アイラがここに来てから、3年が経過しようとしている。

思えば、ここまでの道のりは決して楽なものではなかった。


稽古をつけろと頼んでは、抱かせろと身体を求められ。

技を教えろと言えば、妻になれと求婚され。

それらを拒否し自己鍛錬に励めば、勝手に身体を撫でまわされた。


そのたびにアイラは、いつかこの変態を完膚なきまでに叩き潰してやると心に誓った。

しかし、拳王ウーズは強かった。

ここに来てから約3年、今までの拳聖が習得できなかった拳魂心装闘気を習得してもなお、いまだ、彼に勝利するには至っていなかった。


「ふむ、お前の攻撃も今や闘気により十分に威力を高めている。

いくら俺でも、尻を撫でまわしたくらいで、そう易々とお前の攻撃をもらうわけには……グハッ」


蹴りを避けられた反動を利用して放たれたアイラの拳が、ウーズの腹部を捉える。

腹を押さえながら、うずくまるウーズを見下ろしながら、アイラは思う。


今までウーズに攻撃を当てても、さほどダメージを与えることができなかった。

でも今は違う、ハッキリとやつにダメージを与えることができている。

われは強くなった、今なら主さまと並んで戦える。彼を守り、支えることもできる。


アイラはこの地を離れ、リアムのもとに帰ることも視野に入れ始めていた。

そんなある日、ウーズのもとに来客があった。

来客は全部で5人、人間・獣人・魔族と種族は様々だが、いずれも女性だ。

彼女らは真剣な顔で、なにやらウーズと話をしている。


その様子を眺めていたアイラを、客人の1人、褐色の獣人が呼びに来た。

彼女に連れてこられたのは無心の間。

アイラに正対するように、先ほどの5人の女性たちが立っており、その後ろにウーズが鎮座している。


何事かと考え込むアイラにウーズは言った。


「お前は拳魂心装闘気を習得し、自分が強くなったのを自覚し始めている。

そして、力をつけたがゆえに主であるリアムのところへ帰ろうと考えているな?」


アイラは一瞬ドキッとした。

普段、自分をエロい目でしか見てこなかった変態に自分の考えが見透かされていることに驚きを隠せなかった。


「だったら、どうじゃというのだ?」


「たしかにお前の力は、今までの弟子の中では1番だ。

だが、お前にはまだまだ足りないものがある。

もし、リアムのもとへ帰るというなら、今、このときより最終鍛錬に入る」


アイラは鼻を鳴らしながら、胸を張った。


「その鍛錬を終えれば、主さまのもとに帰ってもいいというわけじゃな?」


「もちろん、鍛錬を無事に終えることができればな」


そう言うと、ウーズはニヤリと笑った。

まるで、お前には無理だと言わんばかりのニタリ顔にアイラの闘争本能は刺激された。


「して、その最終鍛錬とは?」


アイラの問いにウーズは大音声で言い放った。


「ここにいる拳聖達との連続戦闘、そして最終ボスのこの俺さまを倒すことだ。

ガッハッハッハッハ」


ウーズの言う最終鍛錬とは拳聖5名を1人ずつ倒していき、最終的にウーズに勝利するというものだった。


普通に考えれば、まず不可能な内容だ。

この世に5名しかいないとされる拳聖を全員相手にし、その後に七大強王に名を連ねる拳王を倒すなど、それこそ七大強王に名を連ねる者以外では不可能である。


しかし、アイラの考えていることは違っていた。

これでやっと、あの変態ハゲ頭をぶっ飛ばすことができる。

アイラの頭にはそのことだけだった。


しかし、現実はそこまで甘くはなかった。

5人の連闘の1人目、やや小柄な人間の拳聖、暴拳のシュリア、彼女はそう名乗った。

アイラとシュリアは無心の間の中央にて向かい合う。


「それでは1人目、始め!」


アイラは、身構え、呼吸を整える。

拳魂心装闘気を身にまといさえすれば、いくら相手が拳聖と言えど後れを取るはずがない。


呼吸を整え、いざシュリアに向き合ったところで、彼女の拳が眼前に迫っていた。

瞬間、アイラの目の前は真っ暗になった。


気が付くと、アイラは天井を見上げていた。

一瞬、アイラは現状を理解できずに、大の字になったまま首をめぐらす。


場所は…無心の間だ。われはなぜ、こんなところで寝ていたのだ…。

そこまで考え、記憶が呼び起こされる。

アイラが呼吸を整え、闘気を身にまとったところで、シュリアの拳がアイラを捉えた。


闘気さえまとえれば、通常の攻撃など通用しないと、たかをくくっていた。

しかし、シュリアの放った拳は、闘気をまとったアイラの防御を容易に突破したのだ。


なぜだ、われの闘気は拳王の攻撃のダメージも軽減できるし、拳王に深手を負わせることもできるというのに。

ただの拳聖に突破されるなど、あり得るのか。


アイラが考えていると、ウーズが歩み寄ってきた。


彼はアイラの前で膝をついた。

アイラもゆっくりと上半身を起こした。


「わかったか?お前は拳魂心装闘気を全身にまとうことができる。

これは、あそこにいる5名の拳聖達にはできなかったことだ。

はっきり言おう、お前はあそこにいる、どの拳聖よりも才能がある」


「……」


それなら、なぜ負けたのだ。

われの力が足りないというのか、それともほかに何か足りないものがあるのか。


「お前には才能がある。だが、それだけだ。お前には、まだまだ足りないものがある。

彼女たちとの戦闘でそれを見つけ出さねば、俺を倒すことなど1000年かかっても無理だろうな」


ウーズはそう言うと、アイラの頭をわしゃわしゃと撫でてから、立ち上がる。


「われに足りないものとはなんだ?どうすれば今より強くなれる?」


彼はアイラを見下ろしながら、うっすらといやらしい笑みを浮かべて言った。


「それは、彼女たちとの戦闘の中で、自分で見つけ出すんだな。

それとも、俺の寝室で、直接身体に教えてやろうか?」


いつもの冗談じみた変態発言にアイラは無性に腹が立った。


「もういい!われは行く!」


アイラは勢いよく立ち上がり、ウーズを突き飛ばして無心の間を出ていった。

唇を嚙みしめ、両の肩を振るわせながら、それでもなお闘志だけは萎えることはなかった。


彼女が5人の拳聖たちを倒し、名実ともに拳聖として認められるのは、もう少し先の話である。

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