92話 帰還報告
俺たちはキーウッドをあとにし、王都アステラに戻ってきた。
目的は1つ、今後の行き先や方針についてを決定するためだ。
海底迷宮から帰還した際に立ち寄ったときには、俺の精神状態も不安定だったし、そういったことは一切考えていなかった。
だから、まずは情報収集からだ。
俺たちは国王と謁見した。
国王は言った。
「魔道具の所在は、すべて把握できた。
もう、魔道具を捜索する必要はない」
正直驚いた。
魔道具を探し出せと言われてから、まだそれほど時間は経っていない。
たとえ、複数の魔道具がジルガの手元にあると言っても、世界に散らばる残りの魔道具をこうもあっさり見つけ出すとは。
さすが、世界の最高権力である七大強王というべきか。
「では、もう俺たちに取り急ぎの任務はないということで、よろしいですか?」
国王はあごに手をやり考える。
少しして、苦い顔のまま話し始める。
「いや、どうもこのままこの問題が解決するようにも思えんのだ」
「と、言いますと?」
「うむ、実は七大強王の1人、蛇王が襲撃を受けた。
大事には至っていないが、その際、所持していた魔道具を奪われたらしいのだ」
七大強王は世界最高権力を有する七人、そのうち蛇王は戦力的に上位3位に数えられる者。
その者から魔道具を奪うとなると、相当の実力者ということになる。
いったい誰が…。
「襲撃をかけた者は、元勇者ジルガ・トランジェッタだそうだ」
俺は耳を疑った。
襲撃の犯人がジルガだと…つい先日、刃を交えたときには、まだ俺の方が実力は上のように感じた。
そのジルガが、七大強王の一角、蛇王から魔道具を奪い去るとは。
このたった数か月のうちに、やつはそこまで力をつけていたのか。
いや、あの時…俺と刃を交えたあの時に奪い去った魔道具による力の上昇か。
だとするならば、これ以上やつの手に魔道具が渡るのは危険だ。
あと1つでも、やつが魔道具の力を得れば、俺はおろか七大強王でも不覚を取りかねない。
しかし、竜王ならという思いもある。
七大強王の中でも特に別格の強さを持つ最強の存在。
彼ならあるいはジルガを止めることができるかもしれない。
俺はそこまで考えて、あることを思い返した。
昔、謎の男から渡され、ジルガとの戦闘により無くしてしまった物。
それには、こう記述されていた。
[どうやらジルガは、竜王に操られていたらしい。いつしか、竜王が俺の憎しみの対象になっていた。]
つまり、ジルガの行動は竜王の指示である可能性が高い。
何らかの術を使用し、ジルガに力を与えつつ、魔道具を集めさせ、自分は陰で目的のために動いているということか。
となると、竜王を倒すことで、もしかしたらジルガも元に戻るかもしれない。
しかし、倒せるのか…七大強王の中の最強の男に、今の俺が。
俺が黙り込んでいると国王は重たい口を開いた。
「今のところ、おぬしに急ぎの依頼はない。
しかし、この事態だ。ここもいつ襲撃を受けるかわからん。
おぬしには、いつでも動けるように準備だけはしていてほしい」
「わかりました。私としても思うところがありますので、少し時間をいただきたい。
今後の予定が決まり次第、また報告に来ます」
俺たちは王宮をあとにし、リリアのもとを訪ねた。
そこで、帰還報告を済ませた後、ルーナとソフィリアには待機してもらい、俺は1人町に出た。
王都に来たならば、会わなければならない男がいる。
俺は冒険者ギルドに入り、その男の名を受付の女性に伝えた。
ガンッ
俺と男の座るテーブルに注文した酒が運ばれてくる。
ここは冒険者ギルドから少し離れた商業区にある酒場、俺と男は向かい合うように座っている。
男は、運ばれてきたばかりの酒を一口で半分ほど飲み干して、満足気な表情で豪快に笑った。
「まさか、こうしてお前と酒を酌み交わす日が来るとは思わなかったぜ。
なあ、たいまつ君」
王都アステラに存在するギルドの長、バルス。
こいつは、今でも俺のことをたいまつ君と呼ぶ、数少ない人間。
本来なら不快感を覚えるところだし、ルーナがいれば殺気を放つだろうが、俺はこいつが親しみを込めて、その名を口にしていることを知っている。
だから、そこまでの不快感は感じない、むしろ友人と冗談を言い合っているような感覚だ。
「その名を呼ぶ人間も、もうほとんどいなくなったんだがな」
そう言いながら、杯を傾ける。
「ガハハハッ、冗談だよ、リアム。
それで今日は、どうした?わざわざ酒の席まで用意してくれてよ。
やっと俺の偉大さに気づいたってわけか?」
バルスはいつになく上機嫌だ。
こいつ、まさか酒乱…いや、単に笑い上戸なだけか。
「まあ、そんなところだ。
それと、海底迷宮から帰還した報告と、その礼がまだだったなと思ってな」
「なるほどな、律儀なやつだ。
だが、あのバッカスってやつのことは気にする必要はねえぞ。
あいつら、魔大陸で盗賊まがいな真似をして物資を手に入れてたらしくてな、魔大陸を縄張りとする冒険者たちに狩られちまったよ…こっちにあった拠点ごとな」
つまりは、バッカスに支払う分の報酬は必要なくなったというわけか。
やつには借りがあるが、まあ、仕方がないことだな。
「そうか、それならこれはあんたに渡しておこう」
俺はそう言うと、小さな麻袋をテーブルの上に置いた。
バルスは、その袋の中を見て目を見開いた。
「おいおい、スゲーなこりゃ。こんな質の良い魔石、見たことねえぞ。
これ、俺にくれるのか?売れば、しばらくは遊んで暮らせる分の金にはなりそうだが」
「ああ、バッカスとの渡りをつけたときの礼だ。
海底迷宮は魔力濃度が濃いのに、俺たちの魔力消費量が多かった。
きっと、周囲の魔石が俺たちの魔力を吸収していたんだろう。
おかげで質の良い魔石が多く手に入った。
俺たちの分は、ちゃんとあるから、遠慮しないで受け取ってくれ」
「おおー、お前は何て良いやつなんだ。
ありがとう、たいまつ君、ありがとう、ありがとう」
バルスは俺の手を握り、ブンブンと上下にその手を降りながら涙を流して喜んでいる。
今度は、泣き上戸か。正直、少し面倒くささを感じる
バルスと酒を飲むのは、今後は控えることにしよう。
そんなことを考えていた時、急にバルスが真剣な顔に戻った。
「それで、話はそれだけじゃねえんだろう?」
その切り替えの早さに呆気にとられること数秒。
俺はハッと我に返り、静かに話し始めた。
「バルス、あんたに聞きたいことがある。
七大強王と魔道具についてだ」




