86-アピス視点―
「ぐっ!きぼじわるっ...あだまいだい。」
「二日酔いです。大人しく寝てください。」
「リリアナが苦しんでいるのですよ。どうにか出来ないのですか?」
「...海の妖精様申し訳ございませんが。
殿下は寝室を抜け出されたのです。自業自得です。
それに二日酔いは水分をとって休むのが一番です。」
「アビズ。」
「殿下、聞いてらっしゃいましたか?ベッドから這い出さないでください。」
「...すっきりするドリンク作って。うぇ。」
「はぁ。分かりました。作り方をお伺いしても?」
昨夜、アポロ殿下が意識のないリリアナ殿下を抱えていらした時は何事かと思った。
水の妖精様にも困ったものだ。殿下に頼まれたからと言って簡単に殿下の姿を消すなんて。
おかげで俺達も飲んでいたのがバレただろう。まさかこの年になってダリオ様やアザリー様に禁酒を言いつけられるとはな。一応、職務時間外なので注意という形だが...ツヴァイ様は殿下の手が届くところに白ワインを置いておいたので御二方にだいぶ責められた上に禁酒を言い渡されていたがそれよりはマシだろう。
殿下に言われたすっきりするドリンクとやらを作るべく厨房に向かおうとしたら廊下で海の妖精様に声を掛けられた。ついてきたのか...
「貴方、アピスと言いましたか?
リリアナがこうなった原因はワタクシにもあります。リリアナを怒らないでください。」
「...分かりました。昨夜の件はこれ以上言う事をやめましょう。
ですが、殿下の御姿を消すのは今後やめて頂けますか?
私達も近衛騎士達も殿下の御姿を見失う事は警護としても問題になります。」
「分かりました。貴方方もリリアナが大切なのですね。」
海の妖精様のお言葉に何も返さず笑ってかわしたが...
大切ねぇ?俺が?...いや。ない。
俺から言わせれば最初の人形の様でピクリともしない方がはっきり言って世話しやすかった。今みたいにいろいろ動き回らないから警護も楽だし、いちいち報告書を書く必要もないし、突拍子もない事をしないし、ワガママも...今もあまり言わないか。とにかくその方が楽だった。
...それにその方があんな大怪我もしなかっただろうしな。
「デューク。いるか?」
「はっ?少々お待ちください。おいデューク!!」
「申し訳ございません。お待たせいたしました。」
「殿下がすっきりするジュースとやらが飲みたいそうだ。作れるか?」
そういって殿下の御言葉を書いた羊皮紙を見せると視線を落としながら首を振った。
「なぜ作れない?」
「材料にあるスペアミントなるものが私には分かりません。」
「確か。草の一種だと仰っていたハズだが?」
「草でございますか?...もしや殿下の御庭にあるハーブというモノでしょうか?」
「ふむ。...それ以外は問題はないか?」
「ございます。私には氷が出せませんのでこのレシピのままの物は御作り出来ません。」
「氷か...分かった。
では、レモンと蜂蜜をよこせ。」
「すぐにご用意いたします。」
手に入れたものを持って急ぎ殿下の御庭に向かったが、この空中庭園は広い。それに草など俺には分からないしな。どうするべきか周りを見渡していると森の妖精様がお戻りになられた。
「あれ?アピス?珍しいっすね。一人でこんなところにいるなんて。」
「おかえりなさいませ。」
居合わせてしまったのなら出迎えるしかないだろう。
「...ただいまっす。」
何の間だ。
「リリアナはどうしたっすか?苦しんでるみたいっすけど?」
「二日酔いです。
...森の妖精様。スペアミントなるものを御存じでしょうか?」
「スペアミント?知っているっすよ。それがどうしたっすか?」
「殿下のご所望の品を作る為に必要でして、もしよろしければお教えいただけますか?」
「いいっすよ。その代わり俺の分も欲しいっす。」
「かしこまりました。ご一緒にご用意いたします。」
「...それから俺を森の妖精って呼ぶのはやめるっす。俺にはうっきー君っていう名前があるっすからね。」
「...これはありがたいお言葉をありがとうございます。」
「リリアナはアピス達を信用してるみたいだから特別っすよ。
スペアミントはこっちっす。」
さらっと森の妖精様の名を呼ぶ許可を頂いてしまった。
また報告書を書くのか。やはり今の殿下では俺が書類に埋もれそうだな。
...特別。...信用ねぇ。
...そういえばここを森の妖精王様が御造りになられた時。
『人は不思議だな。リリアナの様に素直な者もいれば、お前の様にひねくれた者もいる。在り方も実に多様だ。だが、それが人の良い所かもしれんな。
アピス。リリアナは素直で単純で優しすぎる。お前が付いている位が丁度いい。』
そう言われたが...なんで俺が森の妖精王様の命を聞かねばならないんだ?
「アピス。これっす。
スペアミントは気持ちを落ち着けたり、殺菌効果に胃腸の調子を整える効果があるっす。リリアナが気持ち悪いなら効くと思うっすよ。」
「この草にそのような効能があるのですか?」
「あるっす。でも薬じゃないっす。本当に具合が悪いなら森の妖精王様を呼ぶっすけど?」
「いえ。それには及びません。ただの二日酔いですから。
うっきー君様。ありがとうございます。お手数をおかけしました。」
「様もとるっす。うっきー君でいいっすよ。
それでリリアナに美味しい飲み物を作るっすよ。肩、借りるっすよ。」
付いてくるのか。...動物は好きじゃないのだが...
「かしこまりました。」
とは言ってもあとは氷だ。
空中庭園から廊下に戻ればいい所をフォルカーが通りかかった。
「フォルカー。少し手伝え。」
「アピス様と森の妖精様?いきなりどうされたのですか?」
「殿下がご所望のすっきりするドリンクとやらを作っているんだ。それには氷が必要だ。」
「かしこまりました。」
「あっ!フォルカーも俺の事うっきー君って呼んでいいっすよ。」
それを今、言うのか?
ドリンクを作り殿下が休まれている寝室に足を運べばベットはもぬけの殻だった。
「あれ?リリアナいないっすね。」
...リカ。ベッドから出ないように見張っていろと言っただろう。
リカもいないという事は一緒か?どこに...
室内を見渡すと化粧部屋への扉が少し開いてた。こっちか?
ドリンクを棚に置き化粧部屋への扉に向かえばリカが殿下を抱えて出てきた。
「どうした?」
「殿下があまりにも気分が悪いというので口を濯がれただけだ。」
...またどこかに消えたかと思ったぞ。
深いため息を吐きたい気持ちを抑えながら殿下に作ってきたドリンクを渡せば少しはマシになったみたいで目尻を下げて表情を緩めた。
...手のかかる。
何を言い出すか分からないし、伝説だの伝承だのがお友達な手のかかる殿下の世話役なんてきっと俺達以外やろうともしないな。だが、まぁ。
...もうしばらくこんな賑やかな生活でもいいかもしれないな。




