21―フィリップ視点ー
俺は辺境の村で生まれた農家の五男だ。
小さい頃は王都に出て大きくなる夢を見ていたこともあったけど、現実は毎日畑を耕している。
そんな代わり映えのない生活を変えたのは13歳の頃、お貴族様の一行が何を思ったのかあんな辺鄙な所を通った時だ。
前日の雨で馬車の車輪がぬかるみにハマったらしく村人総出で助けに行ったんだ。
あの村に限らず農夫は俺が助けなけりゃ俺が困ったとき誰も助けてくれねぇ。そういう考えを受け継いで生きてきた。ただ、今回はお貴族様だった。
おキレイな服を着た偉そうな連中は俺達が泥だらけになりながらも馬車を動かそうと四苦八苦してた時、遠くで早くしろって言いながらのんびりとしていた。
そんなんだから助けたくはなかったけど、平民が一言でも文句を言ったら後は破滅しかないからな。皆で我慢して早く馬車を動かそうって決めたんだ。
どうにか馬車が動いてお貴族様もすぐにいなくなると思っていたら、いきなり偉そうな奴になぜか俺一人だけデイジー様の前に連れて行かれた。
デイジー様は俺を見て気に入ったと言ったら馬車に行っちまった。偉そうな奴は俺に喜べとか訳分らんことを言って、騎士様に俺を荷馬車に乗せろと命じていた。嫌だと言ったら騎士様に気絶させられて、次に気が付いた時は縄で縛られていて猿轡まで噛まされていた。
離宮に連れてこられてデイジー様の側に置かれたけど、学がないからデイジー様が求めているものが分らなくてすぐに外された。正直、このまま帰れたらって思ってたけど帰れなかった。
しばらくしてデイジー様が子供を産んだ。その日は大変な騒ぎになった。
生まれた子を物置に放置したと聞いて何人かが説得に行って帰ってこなかった。
残った使用人や下働きで話し合って、隠れてその子の世話をすることになったけど子供の世話なんてしたことがなかったから周りに随分と助けられた。
デイジー様の機嫌を損ねたり、殴られたりして一緒に世話をしていた人がどんどんいなくなっていって一年経たずに俺しかいなくなっていた。
故郷から無理矢理、連れてこられて毎日毎日罵倒されて時には殴られて、苦しかったし辛かった。
でもあの日、嬉しそうに初めて俺の名前を呼んだリリアナ様がいたんだ。
何があったわけじゃなくて舌足らずなしゃべり方で名前を呼ばれただけだ。
ただ、嬉しかった。その信頼が。笑顔が眩しかった。
それからも毎日罵倒されて時には殴られて。でも、これだけは確かなんだ。
リリアナ様がいたから俺は生きていられた。
ここ最近の出来事は理解できないことばかりたけど、それでもリリアナ様が俺を必死に助けようとしていたのは分かったし、王宮の外に出られるならと思い、大事になるなんて思いもせずにリリアナ様に任せてしまった。
頭の悪い俺がリリアナ様に出来ることは少なくて”首相様のお子様なら何一つ不自由なく暮らせる”なんて簡単に考えて、あの時初めてリリアナ様のお心を聞いた。
今までそんな素振りも涙も見たことがなかった。ずっと我慢されていたのか...
俺はただ、あの方には市場で見せたように年相応に笑っていて欲しいだけなんだ。
それだけなんだ。
騎士様に連れられて王宮内を歩く。先程、リリアナ様と首相様達にお会いした帰りだ。
今朝までの不安などもうない。大丈夫。リリアナ様は家族の元に帰れたんだ。
しかも首相様達は俺に礼がしたいと言い馬車で村まで送ってくれるそうだ。
ありがたい。一人でどうやって戻ろうかと考えてたところだからな。
リリアナ様は腫れた目をしてたけど、いつものように俺の事ばかり心配をしていた。心優しいお方だ。
出来ることならもう少しお傍にいたかったが元々、住む世界が違う方だ。
帰ろう。
辺鄙なところで何もない村だけど今はひどく懐かしいところへ。
前を向いて歩いていた視界が少し滲んだ。




