18―リドラス視点1―
レオナルドから受けたあの女の報告は怒りを抱くには十分な物だった。
この世界は女性の出生率が低いため、特に我が国では女性は大切に慈しみ守るものという考え方が主流ではあるが、何をしても良いというわけではない!!
女性達の中で最高位に就こうが犯罪は犯罪だ。
我が国が犯罪行為を許容しないことを国外に示すためにも断固とした...
いかん。熱くなり過ぎだな。落ち着け。
私はとうに引退した身だ。国の事は首相達に任せておけばいい。
しかし生まれた自分の子を物置に放置するとは。いや。これについてはツヴァイも同罪だな。噂を信じて産まれた子に一度も会いに行かんとは。
確かフィリップと言ったかあの者に今までリリアナを守り続けてくれた礼をしなくてはな。
それよりも私が今、考えることはリリアナのことだ。
一昨日は丸一日寝込み、昨日は食事も摂らずに泣き続けている。あれでは倒れてしまう。
ただでさえ小さな体をしているのに医者に痩せすぎとまで言われているからな。早急に食事を取らせなければ。だが、今は何を言ってもすべてを嫌がるからな。
どうするべきか。
リリアナの好物も好みも何も分からないからな。
部屋に花を飾ってみるか。後は女子供は甘いものか。上手くいかずとも用意をしてみるべきか。
あとは、ああ、忘れていた。
部屋に警護の者を入れないようにしなくては室内にいては気も落ち着かんだろう。とは、言っても私が離れている間は今まで通り室内に入れなければ万が一の時に警護ができんな。
他に何か出来ることは...
その夜、どうすればリリアナが食事を摂るかを考え続けて眠れなかった。
翌朝、昨日のように城へと上がりリリアナが休む客室を目指す。
要所を警備する騎士たちの前を通り過ぎて、応接室に入ると数人の騎士、魔導士、医師達が礼を取って迎えいれてくれた。その中でもまとめ役の者たちに声をかける。
「変わったことはなかったか?」
「はっ。なにもございませんでした。」
代表して騎士のまとめ役の者が声を上げた。
「リリアナは食事を摂ったか?」
答えたのは王宮に勤める医師のまとめ役。
「いいえ。何も口にはなさっておりません。
せめて水だけでもと思い何度が水を運ばせたのですが、一度も口になさらず。
このままではリリアナ殿下のお体がもちません。」
「そうか。...フィリップに会わせたら食事を摂ると思うか?」
「リリアナ殿下にとってとても大事な者のご様子。少なくとも、私共が言うより効果はあるかと。」
「分かった。首相達と急ぎ相談しよう。」
私は寝室に向かい足を進めた。
コンコン
「リリアナ殿下。お目覚めですか?失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
...返事はないか。
「失礼いたします。」
そう言い切って寝室の扉を開けた。
ベットの上にいたのはシーツを頭から被り膝を丸めて小さくなって泣いていた子供だ。
少しづつ歩み寄り膝をついて出来るだけ優しく声を掛けた。
「リリアナ殿下お加減はいかがですか?」
「...フィリップにあいたいです。」
涙で濡れた顔を少し上げ枯れた喉でそう告げた。
会いたいか。仕方あるまいこのままではリリアナが倒れてしまうからな。
「...かしこまりました。
今すぐにというわけにはいきませんが、お会いできるよう手配をさせていただきます。」
「???」
私の言葉が理解できなかったようでキョトンとした顔で見つめてきた。
二日かかったがようやく曾孫の顔を正面から見れた。
涙の跡が痛々しいがツヴァイに似た垂れ目をして可愛らしい顔立ちをしているが、髪は男の子のようにずいぶんと短い。曾孫の顔が見れた嬉しさを噛み締めていると。もう一度小さい声が聞こえた。
「あえるのですか?」
信じられないのだろう。恐々していながらどこか期待する様子で問い掛けてきた。
「はい。会わせられるようにいたしましょう。」
その期待に応える気持ちで強く頷くと笑った顔で泣き出してしまった。
...器用な子だな。それだけ会えるのが嬉しいのか。
今なら食事を摂るかもしれんな。すぐにタオルをリリアナに渡して急ぎ軽食を応接室に運ばせよう。
「リリアナ殿下、お食事はいかがですか?喉が渇いたでしょう。」
そういうと少し恥ずかしそうに頷いた。
「では、僭越ながら抱き上げさせていただきます。」
一言断りを入れリリアナを抱き上げると驚くほど軽かった。
医者の言葉が頭をよぎった。”痩せすぎ”
まさか、まともに食事を与えていなかったのか。いや、だがフィリップが世話をしていたと。
色々な考えが頭をよぎるが今はリリアナだ。早く食事をさせなければ。
応接室のテーブルにリリアナを座らせまず水を差し出す。
服もすべて用意しなければならんな。王宮に戻ってから着ているものは子供用の寝間着だからな。
女児の服か...分からんな。
服飾ギルドの者でも呼ぶか。
私が考え事をしている間リリアナは渡された水をただじっと見ていた。
「どうされました。お飲みにならないのですか?」
「...飲んでいいの?」
...なぜ水を渡されて飲んではいけないと思うのか?
私とリリアナはお互いに理解できずにしばし見つめ合ってしまった。そんな私達を壊すように小声で話しかけてきたのは医者のまとめ役の者だ。
「リドラス大公。少々よろしいですか?」
「リリアナ殿下少々お待ちください。」
一言断りを入れて私と医者は廊下へ出た。
「なんだ。」
医者は周りを気にして小声で話し始めた。
「リリアナ殿下は物置に閉じ込められていた、そして下男が世話をしていたと。聞き及んでおりますが間違えはないでしょうか。」
「ない。だからどうした。」
しいて言うなら下男ではなく誘拐されてきた男だがそれを言う必要はないだろう。
「これは、憶測にすぎませんが。
殿下の今までの食事は下男と同等かまたはそれ以下であった可能性がございます。先程、テーブルの上の食事に殿下は反応を示しませんでした。もう二日も何も召し上がっていらっしゃらないのです。お腹は空いているはずです。ならばテーブルの上の食事を食事とみなしていないということも考えられます。」
「まさか...そのようなことが。ありえるのか。」
驚き。
それが本当であればあの子は今までどれほど劣悪な環境にいたというのだ。
「はい。一度もテーブルの上で食事を召し上がったことがなければ。」
「どうすればいいと思う?」
「...試しに黒パン一つを殿下にお渡ししてみれば何か分かるかもしれません。」
かなり言いづらそうにそう私に告げた。
言いづらかったであろうな自分の仕えるべき王族に平民の食べ物を渡せなどと。
「やってみるか。今はリリアナが食事を摂ることが第一だ。
医師よ。助かる。また何か分かれば教えてくれ。」
医師はそれを聞くと恭しく一礼をした。




