12ーウェルガー視点1ー
長い一日だった。
首相執務室で昨日の離宮破壊事件の報告をしているとき、尊き方の行方知れずを聞かされた。
消えたお方はリリアナ殿下、前日にあった離宮破壊事件の当事者だ。
離宮に限らず王宮内の施設の壁は特殊な魔法で防御されているが、それをあろうことか吹き飛ばすなど。...どんな魔法を使用したのか全くの不明だ。
念のため、騎士団の魔法を主体とする第七部隊に確認したが、騎士団上位の魔法使いでも穴をあけることが難しいとの答えが返ってきた。
重傷者が何かを知ってはいそうだが証言がいつになれば出来るのかは不明だ。
ただ唯一の手掛かりは、その付近で海の妖精が観測されたことだ。
海の妖精...人には見えないという大いなる力の流れの存在。
それを悪用されたらひとたまりもないが、契約しなければ使えずしかも気まぐれらしいので、ほとんどの人が関わることもなく一生を終える御伽話の様な存在。
魔導団には妖精や精霊を使う者たちを集めた部隊があるとは聞くが本当かどうか...
リリアナ殿下は昨夜の面会時、寝入ってしまわれたので王宮内二階の一室で夜を過ごされていた。
見張っていた騎士たちに過失はない。だが、一体どうやって消えたのか。
残された手がかりは水音といくつか紛失した備品と壊された像だが、紛失した備品のうち燭台は第三区画西側にある商店に持ち込まれた。そこで子連れの男は金貨3枚を手に入れ市場の方へ歩いて行ったとの証言があった。
あの商店は叩けばほこりが出そうだが、今は王宮内で騎士の見張りがついている部屋から連れ去られたリリアナ殿下のほうが大切だ。それに、騎士団を甘く見た罪も償ってもらわねば。
しかし、すべての城門で事細かくすべての荷物を検査するのは時間も人もかかるな。
いや。王都を連れ出されたら追えなくなるかもしれんのだ、泣き言は言えんな。
っと騎士団長室に着いたか。
コンコン
「副騎士団長ウェルガー・ロペス入室致します。」
「ん?おお!入れ。ウェル!」
中に入ると執務机に座っていたのは、体格がよく金髪で茶色の瞳をした強面な我らが団長ギルバート・アビゲイルだ。
「お疲れさん。ギル。」
着崩したシャツから書類仕事に悪戦苦闘していたことがうかがえるな。
「ああ、お疲れ。」
長年、親友をやっているせいで顔色一つで何が言いたいかわかるようになってしまったな。
俺もギルも机に向かって書類相手に格闘しているより現場に出て動いている方が好きだからな。
だが、今日は手伝わんぞ。
「すまんな、俺が現場に出て万が一にでもリリアナ殿下にお会いする訳にいかないからな。」
デカい図体したクマみたいなやつが落ち込んだ様子で詫びてきた。
「...くっ。あははは。
お前、まだ子供に大泣きされたこと気にしているのか?」
どうやら昔、自分の息子を抱き上げたとき顔が怖いと泣かれたことをまだ気にしているらしい
「笑うな。ったく、あの時は本当に困ったんだぞ。」
呆れたように呟いた後、声を落として内緒話をするように話し出した。
「...首相がな。ずいぶん心配していらしてな。」
「意外だな。たしか昨日、初めて会ったのだろう?」
「ああ。あの方、子供好きで子煩悩だからな。」
「そんなもんか?俺には子供がいないから分からんが、3年も放置しておいた子をそんなに心配するものなのか?」
「おい!ウェルガー!!」
俺の言葉にギルは焦ったように周りを見渡すが、ここは騎士団長室だぞ。
もし聞いていた奴がいてもこの発言をなかったことにくらいは出来るぞ。
まぁ我が騎士団なら何も言わずとも、みな口を閉じると思うがな。それを言う必要はないか。
「事実だ。
大丈夫だ。ここで話していても首相の耳に入ることはない。」
「ったく。そういうのは爵位の高いお前の家の方が厳しいと思っていたんだが...」
脱力したように椅子にだらしなく座る姿は誰にも見せれんな。
「耳に入ることがなければ言うさ。貴族は噂と流行が大好きだからな。
何か変わったことはあったか?」
城門にいた俺より首相執務室にいたギルのほうが情報は手に入るからな。
「ない。
確かに市場に子連れの男はいたらしいが、特徴を伝えてもこれと言って特徴がない男だからフィリップかは不明だ。」
はっきりと断言された。
紫の瞳が王族であることの証だとは子供でも知っていることだからすぐに見つかると高を括っていたが丸一日なんの情報もないか。
・・・まさか、もうすでに王都にいないのか?
「密偵には最適な男だな。
これといった特徴がなく、特出した能力があるわけでもなく、いつのまにかそこにいる。」
焦りを誤魔化すように軽口をたたいたが焦りが増しただけだった。
「馬鹿野郎。んなこと言ってる場合か。
連れて行かれたのは王子だぞ。これが他国にまで広がってみろ。」
「我が国は王子一人守れない国だと揶揄されるな。」
「...そういうことだ。」
とても苦いものを飲まされた様にギルはうなづいた。
ギルは騎士団を誇りに思っている。もちろん俺も。
王宮は騎士団の管轄で、騎士の見張っていた部屋から殿下が誘拐されたのだ、早く見つけて騎士団の汚名を雪がねばな。
気持ちを引き締めなおして、私の方の報告をする。
「こちらは何事もなかった。昼前からだが出門した者すべての瞳と荷物を確認したが、殿下につながるものはなかった。」
「そうか。...共犯はいると思うか?」
ギルが声を落とし慎重に尋ねてきた。
「フィリップが俺たちの思うように特出した能力がなければ必ずいるはずだ。それに、あいつはいつの間にか王宮に勤めていたんだろう?どこぞの密偵。という可能性もある。」
「なっ!!それは飛躍しすぎじゃないか?」
「可能性の話だ。なにしろ離宮破壊も今回の件も方法が一切不明なんだからな。
...茶でも飲むか?入れるぞ。」
「すまんな。頂こう。」
その言葉を合図に備え付けの茶器に足を向けた
ドン!ドン!!
「団長!!いらっしゃいますか!?」
「何事だ入れ!!」
茶器を温め始めたというのに...
慌てた様子で入ってきたのは確か今夜は夜番の騎士だ。
「はっ。失礼いたします。
警邏隊に王家の方と見受けられる人物の通報がありました。場所は第3区画、北側宿屋です。」
その報告を聞いてギルが矢のように指示を出した。
「副騎士団長!すぐに出ろ!!」
「はっ。すぐに出れる者は捕り物の準備をして付いてこい。宿屋に向かうぞ!!」
「はっ。皆に伝えます。」
報告に来た騎士は伝令の為、走って戻っていった。
俺も出る準備をしなくてはな。
「ギル、お茶はお預けだな。首相への報告は任せたぞ。」
「ああ。気をつけろよ。何があるかわからんぞ。」
「分かってる。」
長い一日はまだ終わらないか...




