番外 秋の食欲③
お菓子の用意が出来たので私は着替える為に一度、私室に戻った。
外行きの恰好って要は普段の快適さだけを追求したゆるゆるのワンピースからドレスに着替えるって事なんだけどね。汚しそうだから普段からドレスが着れない臆病者ですが何か?
というわけでデザイナーのノアが作ったドレスを久々に引っ張り出してみるとうっとりするほど美しい。上はシンプルに濃紺のVネックの五分袖。ドレスのスカートはフワフワの生地をたっぷり何重にも使って、下に行くほど色は薄くなり紺から青へ。青から白へスカート全体に施された銀糸の星と月の刺繍が明かりを反射して本物の夜空の様に煌めく一品。うーん。綺麗。
ノアのデザイン画を見て一目ぼれで購入したんだけどやっぱり綺麗だね。こう落ち着いた雰囲気の中に子供っぽい遊び心があるのがいいよね。
...着ないうちに成長したら勿体ないよね。いつも動くのは後宮の近くだけだから気軽な服で過ごしているけど。もうちょっとお外に出よう。
アピスに抱き上げられて王宮内の廊下を進めば、まぁー突き刺さる好奇心という名の視線が。仕方ないんだろうけどね。お仕事場に知らない子供がいたら気になるよね。
その視線を振り払うように私を抱き上げるアピスにどこに行くかを問いかけた。
「アピス。まずは誰の所に行くの?」
執務室の場所なんてわかんないからすべてアピス達にお任せだ。
「最初はツヴァイ様です。すでにフォルカーが先触れとして向いましたのでそう時間はかからずにお会いできるかと思います。」
執務室の前の廊下で待つのイヤだなぁ。
「...最悪、誰かに渡してもらえればいいよ。」
私の言葉にアピスは私を見下ろして意地の悪そうに笑った。
「では、殿下は誰かが叱責されてもよろしいという事ですね?」
...
......
「なんでそーなるの!?」
「殿下がお作りになったものを殿下自ら執務室にお持ちしたのにお会いできなければツヴァイ様達はそれはもう、うざったい位に落ち込むと思いますが?」
「今、うざったいって言った!?うざったいって言ったよね!?」
今日のアピスは一味違うね。いつもなら意地悪なんて言わないのに...
「殿下。アピス様。」
廊下の向かい側からフォルカーが少し焦った様子で足早にやって来たのでアピスは足を止め、フォルカーに真面目な態度で向き合った。
「どうした?」
「執務室にリドラス大公様とイジワール宰相様がいらっしゃっております。」
へぇ。そうなんだ。...何が問題なの?
「殿下。確か多めにお作りになられたので予備がございましたね?
それをリドラス大公様にお渡しされるのはいかがですか?」
あー。そうね。確かに曾お爺様の前でお父様だけに渡すことは出来ないよね。
「大丈夫だよ。お菓子は多めに持って来ているからね。」
「それはようございました。」
「ねぇ。曾お爺様がいらっしゃるなら早く行かない?私、曾お爺様に久しぶりにお会いしたいな。」
「「かしこまりました。」」
アピスとフォルカーが返事をして、止まっていたアピスの足が動き出した。
「失礼いたします。」
執務室の扉の前で降ろしてもらい、扉をアピス達が開ければ扉に一番近い場所で曾お爺様が野球の守備の様な構えで私を待っていた。
...待ち構え過ぎでは?これ行かないといけないやつじゃん。
曾お爺様の腕の中に飛び込むように短い距離を走り出すと挨拶と共に持ち上げられそのまま抱きしめられた。
「おぉ。来たか。リリアナ!久しいな。」
「曾お爺様!!ご無沙汰しております。ふっ。ぐっ。」
少しずつ締め付ける力が強くなり苦しくなり始めると、曾お爺様の後ろから呆れた声が聞こえてきた。
「おじい様。リリアナが潰れてしまいますからその辺でお願いします。」
「ツヴァイ。お前は毎日会っているかもしれんが私は久しぶりの対面なのだぞ。もう少し位いいではないか。」
曾お爺様が少し拗ねた様にお父様に言い返したけど私としてはそろそろ開放してほしいな。
地味に息が詰まって苦しい。
「王女殿下が苦しがってますよ。」
曾お爺様の後ろにいた...誰だっけ?の一言で曾お爺様は私を降ろしてくれたけど。
...誰だっけこの人?
「むっ?すまんな。大丈夫か?」
「大丈夫です。」
曾お爺様に返しながらも顔を上げれば豪華な内装の執務室が見えた。
さっすが、一国の首相の執務室なだけあるわ。
金糸で刺繍された落ち着いた赤い色の絨毯。ダークブラウンの磨き上げられた大きい執務机。来客用の広々とした白い革のソファ。棚に置かれた調度品は割ったらきっと高い!
...この部屋では絶対に大人しくしていよう。
「リリアナ。今日はどうした?お前が後宮から出てくるのは珍しいな。」
物珍し気に室内を見回しているとお父様に手招きをされ近付くと椅子に座っているお父様の膝の上に乗せられた。
「お仕事中にすみません。先程お菓子を作ったので本日はお届けに参りました。
アピス。」
「はい。こちらでございます。」
アピスがお父様達に順に差し出した小さい箱の中には先程の一口スイートポテトが4つほど入っている仕様だ。
「お父様。ダリオお父様はこちらにいらっしゃらないのですか?お父様の補佐官と聞いたのでこちらにおられると思ったのですが...」
「ん?ダリオか?ダリオはー。」
「ダリオはいつも居らんぞ。」
お父様が言い淀んでいると横から曾お爺様が教えてくれた。
「そうなのですか。...では、ダリオお父様の分を預けてもよろしいですか?」
「分かった。預かろう。」
お父様も預かってくれたし、首相補佐官なら直ぐに執務室に戻ってくるよね?
「リリアナ。儂にもありがとう。」
「私にまでお心遣いをありがとうございます。王女殿下。」
「お口に合うか分かりませんがどうぞお持ちください。」
曾お爺様と誰だかさんにお礼を言われたが...やっぱりこの人どこかで知っているよね?
思い出そうとしているとお父様が思い出したように声を上げた。
「そういえば、リリアナはイジワールに会うのは初めてか。」
イジワール?どこかで聞いたような?
「えっ?いえ。一度だけ。
初めてツヴァイ様と王女殿下が対面したときに同席させて頂きました。」
初めて?...あぁ!!あの時の仕事の出来るヨレヨレ宰相さん!
「だが、あの時のリリアナはリリアナではなかったのだろう?」
「あっ。いえ。記憶はありますから分かります。」
「ん?そうなのか?ならばいいが。もう一度紹介が必要か?」
それ、お願いします。って言ったら忘れた事を認めると同じ意味では?
大丈夫。冴えない見た目のイジワール宰相!!よし、もう覚えた。
「いいえ。覚えましたから。
長居をするとご迷惑でしょうからもう行きますね。
お父様。ダリオお父様にお渡しよろしくお願いします。」
「あぁ。分かった。」
「今度、儂の屋敷にでも遊びにおいでゆっくりお話でもしよう。」
「はい。寒くなってきましたから曾お爺様もお体に気を付けてください。」
お父様に膝から降ろしてもらい、曾お爺様にお別れの挨拶をしたらイジワールさんは一礼をして見送ってくれたのでそのまま歩いて部屋を出て初めての首相執務室訪問は終わった。
「ツヴァイ!!リリアナが来たなら呼び戻してくれればいいではないですか!!」
「お爺様がいらっしゃると聞いて逃げたのはお前だろう。
それにリリアナからの菓子は預かっていたのだからいいだろう。」
「よくありません!イジワールあなたもです!!なぜ連絡をくれなかったのですか!」
「この菓子は王女殿下が本当にお作りになられたのか?
素朴な味わいで美味いな。
なぁ、ツヴァイ。うちの料理人に作り方を教えてもらえるか聞いてくれないか?」
「ちょっと!菓子を味わってないで!!私の話を聞いてますか?」
「ん?聞いているぞ。 答えは連絡する訳ないだろうだな。
リドラス様が来る時ばかり逃げ出すからそういう事になるんだ。そんなに怒るな。」
「グッ!!!」
「ダリオ。もうあきらめろ。
作り方はリリアナに聞いてみる。が、グラッドがリリアナの名で売り出す気でいるみたいだからな。教えられるかは分からんぞ。」
「王宮ブランドか?それならもっと手の込んだ贅沢な物がいいんじゃないか?」
「もうすでに候補がいくつもあるからな。どうなるかは分からん。」
「ふむ。殿下は料理上手だと言う噂は本当だという事か。
ツヴァイ。殿下のブランドにはワジール家も噛ませろ。」
「だからどうなるかまだ分からんと...」




