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グラッドお父様とお話をするのは楽しいけど折角のお休みの日に私に付き合わせてダラダラと話している訳にもいかないので、そろそろ今日ここに来た目的を果たしましょう。
何が出るかな?何が出るかな?何が出るかな?
テラスから大きい部屋に移動してグラッドお父様の言う使用方法が分からない物をテーブルの上に乗せてもらう。
召使い達が持って来たのは一つ目は白い粉。二つ目は小さな取っ手とハンドルの付いた木製のもの。三つ目は緑色の豆。
「触ってもいいですか?」
「あぁ、もちろんだ。一応、鑑定書もあってな。白い粉はふくらし粉。」
その言葉でさっきまでのワクワクは跡形もなく消し飛んだ。
グラッドお父様から見ても私があからさまにガックリしたのが分かったのか訝しげにに聞かれた。
「なんだ?」
「鑑定書って何か分かっているじゃないですか。」
「名前はな。...鑑定魔法は名前とある程度の事しか分からないんだ。」
...あれかな。裏ラベルみたいなものかな?
「この粉の名前がふくらし粉ならこれはパンとかお菓子を作る材料ですよ。膨張剤です。」
一般的にはベーキングパウダーと言う物だ。
「膨張剤?」
「はい。これがあればいろいろなお菓子が作れたり、パンの製作が早くなります。
...少しもらってもいいですか?」
「あぁ。いいぞ。後宮の厨房に運ばせよう。
次はミルと言う物らしい。」
取っ手を引っ張り箱の底を見ると底にわずかに茶色の粉が残っていた。
「...これ誰かが使ったやつだ。箱の中に少し粉が残ってる。...それにコーヒーっぽい匂いがするような?コーヒーミルかな?」
「どう使うのだ?」
「コーヒー豆を粉砕?粉ひき?に使う道具です。」
「コーヒー豆。...初めて聞いた名前だな。食料品か?」
「飲み物ですね。豆を煎って砕いた煮汁です。」
単純に説明したけど...この言い方だと物凄くまずそう。
「美味しいのか?」
「...人によります。味としては苦み・酸味・コクがある大人向けの味です。好みで砂糖やミルクを入れて飲む人もいます。濃く煮だしてミルクと割って飲むと子供でも好きな味になります。
...んー?と、いう事はこの緑な豆はコーヒーの生豆?形はコーヒー豆っぽいけど。生豆の見分けなんてできないよ。」
「苦み・酸味・コク。...味が想像が出来んな。作ることは可能か?」
「...コーヒーを?」
「あぁ。作り方は知っているのだろう?」
知ってはいるけどやった事ないよ。だって買った方が早...この世界じゃ買えないか。
...あのグラッドお父様。お願いですから期待した目で私を見つめないでください。
「...味の保証は出来ませんよ。」
「分かった。では簡易厨房に行くか。」
えっ!?今から!?
召使いに生豆を軽く水洗いしてからフライパンで煎ってもらったコーヒー豆は初めてにしては上手く中煎りに出来たと思う。...思いたい。
そして今更の驚愕の新事実が発覚!!うちわがない!
一人で焦っていたらアピスが魔法で軽く風を送ってくれて冷ましてくれたからどうにかなったけど...やる前に確認すればよかった。...反省します。
「よい香りだな。これで飲めるのか?」
「えーっと。確か数日置いた方が美味しかったハズ...です。飲めなくはないとは思いますがきっと美味しくないですよ。」
「ふむ。時間がかかるのだな。分かった。
先程の作業で使わなかったコーヒーミルだったか?それはどうするんだ?」
「コーヒーを飲む前にこの豆を砕いて...あっ!!」
「どうした?何か問題があったのか?」
「グラッドお父様。持って来た荷物の中にフィルターとかはありませんでしたか?」
...うーん。
茶こしでドリップできるって聞いた事あるけど...やった事がないからそれは最後の強行手段にしよう。
「今ここにはないな。実家に問い合わせてみるから少し時間をおくれ。」
「分かりました。
先ほども言いましたが何日か置いた方が美味しくなるので急がないでください。」
「あぁ。分かった。リリアナ。助かったよありがとう。」
「お役に立てたようで良かったです。」
グラッドお父様に頭、撫でられた―。
「そろそろ昼食の時間だからな後宮に行こうか。」
「はーい!また遊びに来てもいいですか?」
「それは構わないが。無理しなくていいぞ。小さくて面白みのない屋敷だろう?」
「そんなことないですよ。大きいし色んなお土産があって面白いです。」
「...あぁ。そうかそういう事か。」
何かを納得したらしいグラッドお父様は一人で頷いてからしゃがんで私と向き合った。
「リリアナ。対外的には私の屋敷は大きくないと言わないといけないんだ。」
「へっ?対外的?...どういうことですか?」
「理由は私達の実家の身分だ。
ダリオは侯爵家。アザリーは辺境伯家。ユーノは伯爵家の出身なんだ。そして私は子爵家。私が後宮内で侯爵家や伯爵家より大きな家を建てては口喧しい者達がいるという事だ。」
「...後宮の外に?」
私の言葉にグラッドお父様はただ頷いた。
「夕食会の席順もそうだ。首相であるツヴァイのすぐ側にレオナルドとお前を置くのもな。」
「レオナルドお兄様は分かりますけど...私?」
「この先どうなるかはまだ誰にも分からないが今この国で王位継承権を持つのはリリアナ。お前だけなのは知っているだろう。」
「...でもそうしたらお兄様は?私の隣に席替えをしましたよね?」
「あの時はまだお前が私達に慣れていなかったからだ。恐らくはそう遠くないうちに席順は戻されるだろう。
...後宮内とはいえ気は抜きすぎるな。特に一階は人の出入りが激しい何かあればすぐに噂話は広まる。あと側仕え達のいう事はよく聞きなさい。何も意地悪で言っている訳ではないんだ。」
...庭師の件とかかなーり思い当たるんだけど。まさか...。
「もしかして...聞きました?」
「何をだ?と、言いたいところだが...いたずらも程々にな。
今日は注意だが警告されても直さなければ...まぁ。リリアナなら分かるよな?」
これが脅しと言うのは分かります。
「脅しじゃない教育だ。」
「分かりました。アピスのお説教で終わる様に気を付けてやります。」
「...それならまぁ。...いいか。」
私の宣言にグラッドお父様は納得をしてくれたが納得できなかった者が声を上げた。
「グラッド様!?良くありません!納得しないでください!!」
「子供には遊びも大切だろう。」
あっさりそう笑いながら返したグラッドお父様は素敵な父親だと本気で思った。
「くそっ。なんで俺が...」
「アピス。いいか?」
「グラッド様!?はっ。なんでしょうか?」
「...リリアナの我儘は少し多めに見てくれ。
あの子は今までワガママを、自分の気持ちを言える相手はいなかったんだ。それがようやく俺達にも自分の気持ちを話せるようになってきたんだ。ここでキツく叱ればまた黙ってしまうかもしれない。
...もちろんワガママ放題はダメだがな。」
「...叱るなという事でしょうか?」
「そういう事ではない。
何でそうしたいのか、どう思ったのかを聞いてやってくれという事だ。
これはグレイシアが幼い頃の話だが。あまりにもいたずらが酷かったので理由を問い詰めた事があるんだ。理由は『寂しかった。』だそうだ。
子供はいたずらをして気を引こうとする時がある。リリアナはお前達に構われたいのだろう。」
「...」
「それにしても随分リリアナはお前達に懐いているな。
父親としては少し妬けてしまうぞ。」




