第8話 初任務とおまけ
リズに急用が入ったと言い訳をして、俺はシビル・カナレス男爵邸へ向かった。
土地を囲う塀は人を排斥するようにいばらが絡まり、攻撃的だった。
どう登ろうか。
さすがに、門にいばらはない。
俺は姿を消して、音も消すと、門を登って飛び降りた。
塀の裏にもいばらが生い茂っている。
ここの庭師は何をやっているのか。
俺は姿を消したまま屋敷の前までやってきた。
本家なのだろうか、さすがに俺の家よりずっと大きい。
この屋敷のどこにネックレスがあるかというのが問題だな。
俺は堂々と正面玄関の戸を開けて、
警報を鳴らした。
おいマジかよ。
どうやら、この屋敷の住人は相当警戒心が強いらしい。
魔法によってなのか、どういう仕組みなのかは知らないが、玄関扉の上にあるラッパのようなものが鳴り響いている。
どやどやとメイドや執事が走ってくる。
「誰もいませんよ」
「探せ、外に出たのかもしれない!」
「魔力を感知している。魔族や魔物かもしれない」
あ、魔力消すの忘れてた。
俺が魔力を消すと、警報が止まった。
「誰か警報を消したか?」
「いえ、何もしていません」
「遠くに離れたのか、あるいは、屋敷の中に隠れたのかもしれない。とにかく探すんだ!!」
俺は壁際に立って、人数が少なくなるのを待った。
三人ほどが残って、残りは外や屋敷内に散っていった。
行動を開始する。
といっても手当たり次第に探すだけだが。
廊下に執事たちがいないのを見計らって扉を開けていく。
数分後。
全く見当たらない。
屋敷がでかすぎる。
宝物庫とか書いてくれればいいのに。
とか思いながら廊下の角を曲がると、廊下の突き当りにある部屋の前に、銅像みたいに動かない筋骨隆々の男がいた。
俺はびっくりして、スキルが解けそうになった。
この騒ぎの中で一切動かず、手を前で組んでじっとしている。
醜い顔をしていた。オークに近い。
怪しい。
見るからに何かを隠している。
これは本当に宝物庫かもしれない。
問題は奴をどう移動させるか。
それにあの南京錠だ。
巨大な錠が扉の閂につけられている。
俺はしばらく考え、思いついた。
別に開けなくてもいいかもしれない。
中にネックレスがあるか確認できればいい。
俺は警護している男のそばによって、そろそろと扉に触れた。
スキル〈隠密〉
扉が透明になる!
警護の男は扉の変化に気付かない。
俺は部屋の中をのぞき、思わず声を出す。
声はスキルによって消去される。
厳重な扉の中にいたのは、美しく、はかなげな子供だった。
耳がとがっている。エルフだ。
その首にはエメラルドのネックレスがつけられていた。
「え、何? どうなってるの?」
エルフの声に警護の男が振り返った。
「なんだこれは!」
警護の男が一歩前に出る。
当然そこには扉があり、彼は頭をぶつける。
「くっ。エルフめ。逃げようとしているな! こんな結界など破ってやる」
警護の男はエルフに何らかのうらみがあるらしい。
もしかしたら顔のせいかもしれない。
部屋の中のエルフは恐れをなして、部屋の奥へと移動する。
「ぐおおお!」
男が唸り声をあげて、扉に突撃する。
ミシッと木に亀裂が入ったような音がする。
何度も何度も、男は突撃する。
男はまた距離を取り、ふらふらになりながら扉に突撃した。
バキン。
扉が開かれた。
何という怪力。
しかし、そこで力尽きたのか、打ちどころが悪かったのか、警護の男は頭から血を流して部屋の中に倒れこんだ。
エルフは部屋の奥に縮こまって顔を真っ青にして悲鳴を上げる。
俺は姿を現して、人差し指を唇に当て、しっと彼女をなだめた。
エルフはまた叫び声をあげそうになったので、俺は彼女の口をふさいだ。
「静かに。傷つけるつもりはない。叫ばないなら手を外す」
エルフは目を見開いたまま、こくこくと肯いた。
俺は彼女から手を離した。
「閉じ込められているのか?」
「うん。連れ去られてここに。私のこと助けに来たの?」
「いや違う。俺の目的はこれだ」
俺は彼女の首にぶら下がるネックレスを指さした。
エルフは悲しそうな顔をして、俺にすがりついた。
「お願い、ここから出して。家に帰りたい。帰りたいよぉ」
彼女が泣き出してしまった。
どうしたものかな。
と、その時、背後で音がした。
警護の男が目を覚ましている。
「しょうがない。連れてくよ。つかまって」
「待って。これ、外さないと私死んじゃう」
エルフは金属の腕輪を見せた。
「なんだそれ」
「あの人起きちゃうよ。怖い。廊下で話すからつれてって」
俺はエルフを背負うと姿を消した。
警護の男が起き上がる前に、その脇を通って部屋を出る。
廊下を走っているとき、背後で、男の唸り声が響いていた。
「これは私をこの家に縛り付ける腕輪なの。鍵がないと開かない」
「鍵は主人が持ってるんじゃないのか?」
「ううん。鍵もこの屋敷の中にないと効果がないんだって。あの人が言ってた」
「あの人ってのはこの家の主人か?」
「うん。べたべた触られて気持ち悪かった」
エルフはぞっと身を震わせた。
「どこにある」
「いつも、信用してる執事に預けてた」
「どいつかは分かるんだな」
エルフは肯いた。
玄関ホールにそいつはいて、メイド達の報告を聞き指示を出していた。
「あいつ」
階段の陰に隠れて俺たちはその執事を見ている。
白い口髭を生やした、いかにもって感じの執事だ。
「どこに隠している」
「右のポケット」
こいつを背負ったままスリをしろっていうのか。
難儀だな。
俺は口髭の執事に近付く。
当然奴は俺に気づくはずもない。
俺はタイミングを見計らっていた。
耳元でエルフが何かを言っていたが音消去を使っているので聞こえない。
メイドの一人が後ろからかけてきて、報告を始めた。
口髭の執事が振り返る。
俺はポケットに手を突っ込む。
「裏庭にもおりません」
「屋敷内の捜索を再度開始しろ」
「わかりました」
口髭の執事は体を正面に戻した。
俺はその間にポケットから手を抜いた。
手には鍵が握られていた。
『スキル〈ピックポケット〉を取得しました』
頭の中に声が響いた。
前科一犯と言われている気分だ。
エルフの腕輪を外して、鍵とともに彼女に渡す。
彼女を背負って、開いている玄関の扉を抜けた。
◇
メイドや執事たちがまだ侵入者を探していたが、門は開いている。
建物から遠く離れてから、俺はスキルを解いた。
「どうやって姿を消したの?」
「スキルだよ」
俺は答えると、彼女のネックレスに手をかけた。
だが、彼女は俯いている。
「ねえ」
「ん?」
「本当に私のこと助けてくれる? 信用していい?」
「助けるよちゃんと家まで送り届ける」
「そう、よかった」
エルフはその垂れた目でほほ笑むと右手を出した。
「名前言ってなかった。私、シーラ」
「リーチだ」
俺も微笑み返して、握手した。