第6話 スキル〈隠密〉を使ってみる
一度にどれだけレベルアップしたのだろう。
ワイバーンは俺のレベルに対してそれだけ格上だったということか。
何と無謀なことをしたのだろう。
俺はすでにマリーが運んできたのであろう朝食をとりながら、スキルについて思い出す。
スキル〈音消去〉
スキル〈視覚消去〉
スキル〈魔力消去〉
前に持っていた二つのスキルは
スキル〈匂い消去〉
スキル〈味消去〉
狩りの時に匂いを消せたから、多分、音消去は自分の音を消せるのだろう。
指定したものを消せる。
視覚消去なら、指定したものが見えなくなるのだろうか。
パンをもぐもぐと噛みながら、俺は左手をじっと見つめる。
〈隠密〉
予想通り、左手が消えた。
左手を開いたり閉じたりしてみるが、全く見えない。
俺はその消えた手で、カップをつかむ。
しっかりと、取っ手の感触がある。
俺はカップを持ち上げた。
「おお」
カップが浮かんでいるように見える。
揺らしたりして、その魔法じみた光景を堪能する。
俺はカップにも〈隠密〉スキルを発動した。
カップも消える。
感触だけは未だにあり、重さもそのままだ。
口につけて飲んでみる。
水が口の中に流れ込んでくる感触。
面白い。
ちょっといたずらがしたくなった。
イヴリン人間化計画第二弾といってもいい。
俺は姿を消した。
音も匂いも消して、完全に隠れた。
よし。
扉を開けると廊下に出た。
イヴリンは休憩時間だったのか、屋敷にある書斎で本を読んでいた。
声をかけられたときにすぐ対応できるようにするためか、書斎の扉は開いていた。
俺はするりと書斎に入る。
俺はイヴリンの前に立った。
彼女は本を読んでいる、と言っていいのだろうか。
ページを見て、瞬きをして、すぐにめくっていく。
アンドロイド時代と同じ本の読み方だ。
多分一度に暗記して、後で脳内で読むのだろう。
記憶力は相変わらず、すさまじいようだ。
音を消去しているから気にしなくていいのに、俺は恐る恐る彼女に近づく。
ページがめくられる。
「わっ!」
俺は姿を現して、大声を上げた。
イヴリンはいきおい、顔を上げて、目をかっと開く。
体が跳ねる。
「きゃっ!」
と、いかにも女の子らしい声を上げて、彼女は椅子ごと後ろに倒れた。
俺はびっくりしていた。
もっと反応が薄いと思っていたのに、ずいぶん驚かれた。
俺はイヴリンのそばによると、彼女が起きるのを手伝った。
「ごめん。こんなに驚くとは思わなかった」
「まだ胸がドキドキ言ってます。驚きました。昨日ワイバーンが襲ってきた時と似ています」
ああ、そうだった。昨日も驚く瞬間はあったんだ。
わざわざこんなことしなくても、驚きは知ってたのね。
「部屋にいたんですね。全く気づきませんでした」
「ああ、それはこれ」
俺は姿を消した。
「スキルで体を消せるようになったんだ。体だけじゃないけどね」
イヴリンはきょろきょろとあたりを見回している。
俺は彼女の手に触れた。
「ひっ」
イヴリンは手をひっこめた。
俺は笑いながら姿を現す。
「昨日、ワイバーンを倒したら、かなりレベルが上がったんだよ。それでスキルを手に入れたんだ」
「そうでしたか。さすがです。マスター」
イヴリンは胸に手を当てて、動機を抑えようとしているようだった。
「何を読んでたんだ?」
イヴリンが落ち着いたところで俺は尋ねた。
「恋愛物語です。昔庶民の間で流行った本のようですね。マリーさんに聞きました」
「調べものかと思ってたよ」
「調べものですよ」
俺は首をかしげたが、そういうならそうなのだろう。
「俺はギルドに向かうけど、イヴリンはどうする?」
「私は……」
イヴリンは珍しくためらうそぶりを見せて、それから、
「マスターおひとりでも大丈夫でしょう。私はここで仕事をしています」
「そうか、わかった」
◇
ギルドにつくとリズはまだ来ていなかった。
「ほら、あの人。一日でEランクからAランクになったっていう」
「まだ若いじゃないか」
「すごいよね」
建物に入った瞬間、俺に視線が集まって、ざわざわと声が聞こえてきた。
「さあ! 今日からパーティ組んでクエストばんばんこなすわよ!」
リズはギルドにやってくると異常なほど張り切ってそう言った。
クエストの張り出された掲示板の前である。
彼女はAランク以上のクエストを受けようと、受付に向かおうとした。
Aランク以上のクエストは受付で聞くと前に説明された。
俺はリズを引きとめた。
「CとかBとか、もっとランクの低いクエストにしないか?」
「なんで」
「俺は昨日までEランクだったし、そもそも冒険者になって一か月も経ってないんだぞ」
「だからなによ! もうAランクでしょ! 私たち二人なら、そこら辺の木っ端冒険者より稼げるのよ!」
なんでここでそういう攻撃的発言をするんだ!
「やめろ! 木っ端っていうな!」
俺はこれ以上叫ばれても困るので、仕方なくリズについていった。
「ただいまAランク以上のクエストはありません」
受付嬢はそう言った。
「この前あったじゃない!」
「Aランク以上のクエストは緊急性の高いものが多いので、別の方にお願いいたしました。今はございません」
ぐむむ、と唸るリズ。
「わかったわよ!」
リズは掲示板に向かってずんずん歩き出した。
◇
結局その日、リズは怒りに任せてCランクのクエストを3つも消化した。
ついていくだけでへとへとだ。
リズがクエスト達成の報告をし、素材を売り払うあいだ、俺はギルド内にある机に突っ伏していた。
「はい。これあなたの分ね」
リズが戻ってきて、どさりと袋を俺の前に置いた。
「いやあ、稼いだ、稼いだ」
リズはそんなことを言いながら俺の向かいに座る。
袋を開くと80000ルー入っていた。
日給8万円。
確かに稼いだな。
◇
それから、数日の間、俺たちは同じように日にいくつかのクエストをこなしていった。
レベルもあがってるんじゃないだろうか。
ある日のクエスト終わり、リズは言った。
「じゃあ、行きましょうか」
「え、何処に?」
「買い物よ、買い物。荷物持ちが必要でしょ」
「疲れたから帰りたいんだけど」
「そんなに動いてないでしょ。後衛職なんだから」
「関係ない!」
リズは俺の言葉などどうでもいいように、腕をつかんで立たせ、建物から引きずり出した。
買い物というから高いものを買うのかと思っていたらそうではない。
俺たちがやってきたのは、ギルドの近くにある肉屋だった。
いろいろと買い込むと、リズは言った。
「教会に行くわよ」
俺が嫌な顔をするのも気にせず彼女は転移した。
◇
村の中心で焚火をして、そこで棒に突き刺した肉を焼く。
子供たちは自分の番はまだかと焚火を囲んでいた。
俺は焼く担当。
「うわあああああ!」
「おいしい!!」
手渡すと子供たちは焼いた肉にかじりつく。
リズはシスターパメラと談笑している。
パメラは何度も礼を言っているように見えた。
子供たちに肉を配り終えると俺はリズに近付いた。
リズは満足そうに微笑んでいた。
「Sランクなのに金がないのはこのせいか」
「いいでしょべつに」
「ああ。いい奴だなおまえ。尊敬するよ」
俺がそう言うと、リズは顔を赤くして「ばか」と俺を叩いた。
「あんただっていいやつじゃない」
「俺が? どこが?」
俺はへらへらと笑って尋ねた。
「だって、私にケーキおごってくれたし」
「ああ、ケーキね」
「それに……その……」
「ん?」
リズはさらに顔を赤くした。
「私とパーティ組んでくれた。無理やりだったのに。喜ぶ私に……その……あたまポンポンってしてくれた。一緒に喜んでくれた」
リズは、えへへ、と笑った。
「私ね、リーチとパーティ組めてすごく幸せよ。今まで感じたことないくらい、幸せなの」
リズは俺の袖をつかんで、上目遣いで俺を見た。
「私ね……私」
リズは何かを言いよどんで、結局、ふうとため息をついて、
「ありがとね、リーチ」
それだけ言って、子供たちの方へと駆けていった。
本当は何を言いたかったのだろう。