第2話 ワイルドボアをしとめて冒険者ギルドに持っていく
「スターリッジ家に言わないと」
と意気込むマリーをなだめ、絶対にダメだと釘をさした。
認められるわけがない。
狩りにはイヴリンがついてきた。一人で行くといったのに、二人ともだめだと言って聞かなかった。
それから、毎日、俺は弓の練習をした。
スキルがあると言っても力はない。
遠くに届かない。
届かなければ意味がない。
威力が弱く、魔物に命中しても心臓まで届かないこともある。
初めのうちはイノシシみたいな魔物を狩ることにした。
名前はワイルドボアというらしい。
命中はするから、とにかく、力が弱くても狩れる魔物を狙おう。
しかし……、
「逃げちゃうね」
「そうですねぇ」
見つけることはできるのだが、射程距離に入る前に逃げてしまう。
ブヒブヒ言ってるくせに、警戒がすごい。
その日も狩ることができず、俺たちは収穫なく家に戻った。
◇
「ワイルドボアはにおいに敏感なんですよ」
今日の狩りについて話すと、マリーはそう言った。
「狩るには体に糞のにおいがするものをつけて、気づかれないように近づく必要があると聞きました。なので、貴族はあまり狙いませんね」
匂い、匂いね。
俺はイヴリンと目を合わせた。
翌日。
俺たちはまたワイルドボアを探していた。
体に糞をつけたわけではない。
スキルがあるではないか。
俺は自分の体とイヴリンにスキル〈匂い消去〉を使って、匂いを消していた。
「消えてる?」
イヴリンは俺の首元に鼻を近づけて息をした。
そこじゃなくてもいいだろと思ったが、俺は黙って待っていた。
彼女は肯いた。
よしよし。
ワイルドボアは泥遊びが大好きでたいてい同じ場所にいる。
昨日見つけた場所に行くと、やはり、泥にまみれて嬉しそうに鳴いていた。
あほだ、あいつは。
俺は矢をつがえて、身をかがめたまま徐々に近づく。
昨日気づかれたラインを超えても、ワイルドボアはのたくりまわっている。
射程距離に入った。
ぎりり、と矢をひく。
ワイルドボアは疲れたのか、身体を伏せて休んでいる。
チャンス。
スキル〈百発百中〉が発動する。
矢が飛ぶ、目を貫いた。
プギャ!
ワイルドボアが叫ぶ。
一瞬起き上がって逃げるそぶりを見せたが、そのまま倒れて痙攣し、動かなくなった。
俺たちは狩ったワイルドボアに近づく。
「やったぞ!」
「さすがです、マスター」
イヴリンは無表情でそういう。
俺は気にせず、年甲斐もなくはしゃいでしまう。
いいんだ。俺はこの世界じゃ16だ。
「こんなにでかいのを一発だ。すごくない?」
「さすがです。マスター」
俺はワイルドボアを持ち上げようとしたが持ち上がらない。
重い。
イヴリンに頼んでマジックボックスに入れてもらった。
◇
家についてワイルドボアを出すと、マリーが目を見開いた。
「おめでとうございます!」
イヴリンと違ってマリーは拍手喝采。
「ワイルドボアをしとめるなんて! すごいです! それも一矢じゃないですか! 毛皮に傷がないのでいい商品になりますよ!」
「マリー、毛皮剥ぐことできるのか?」
「ええ。数年ぶりですが、できると思います。お肉もおいしいですよ。ステーキにしましょう」
「毛皮は適当に売ってほしい。どのくらいになる?」
「そうですねぇ。……ちょっと待ってください」
マリーは一度毛皮に触れ、何かに気づいたようにあわてて井戸から水を汲んできて、ワイルドボアにかけた。
水を浴びた毛皮から泥が取れて、金に近い色の毛皮があらわになる。
「こんなきれいな色の毛皮見たことがありません。珍しい種類なのかもしれませんね」
その言葉通り、毛皮は20000ルーで売れた。
イヴリン曰く、1ルー=1円らしい。
普通の傷のない毛皮が2000ルー程度だというから相当高い。
そのあとも、毎日のようにワイルドボアをしとめていった。
が、そのすべてが珍しい毛皮をしていた。
中には緑色の毛皮を持つものもいて、それは50000ルーで売れた。
「私の月の給料を超えてますね」
マリーは苦笑いをして言う。
貯金は300000ルーを超えていた。
これで当分は食いつなげそうだ。
「ああ、そうだ。そろそろ矢が尽きそうなんだけど」
「では街に行って買ってきましょう」
「あのさ、俺が行ってもいいかな。これからは自分でワイルドボアを売りに行くよ。店を教えてほしい」
「そうですか。売るには冒険者登録が必要なのですが、いい機会です。この際、イヴリンも登録させましょう。お二人で行ってきてください。イヴリンに場所を伝えておきます」
◇
俺たちは冒険者ギルドの前に来ていた。
こんな形で冒険者になってしまうとは。
中に入り、受付へ向かった。
「冒険者登録をしたいのですが」
と言ったが聞こえなかったようだ。
隣で騒いでいる女がうるさい。
見ると小学生くらいの、ローブを着た少女が受付に噛みついていた。
身長が低く、受付台の上にひょっこりと頭が出るくらい。
首元で切りそろえられた真っ青な髪が、叫ぶたびに揺れている。
「だから私ならソロでできるっていってるの!」
「しかし、このクエストはパーティでなければ……」
「私はSランクなのよ!」
「ですが……」
とかなんとか。
俺は彼女を横目で見つつ、少し声を出して受付に同じ内容を伝えた。
「はい、ではこちらのボードに針で指をさして血を垂らしてください。」
石でできたA4サイズの板が出てきた。
下の方に丸いくぼみがあって、そこに血を垂らせばいいらしい。
俺は渡された針を……イヴリンに渡した。
イヴリンは躊躇なく親指に針を刺した。
5ミリくらいぐっさりと。
「ちょっと!!!!」
俺と受付嬢が同時に叫んだ。
「なんでしょう?」
イヴリンは首をかしげた。
指からはぽたぽたと必要以上に血が垂れている。
俺は自分の服を破って、彼女の指にきつく巻いてやった。
「針を刺せ、という命令だったので」
「そんなに深く刺さなくてもいいんだよ! 血が出ればいいんだ、血が」
「痛いです」
「そりゃそうだ」
そんな会話をしているうちに、ボードにはイヴリンのステータスが浮かび上がっていた。
――――――――――――
『イヴリン』
レベル:8
HP B
MP B
力 D
知性 C
器用 D
運 S
スキル 〈洗浄〉〈マジックボックス〉
――――――――――――
「運がS! 初めて見ました!」
受付の女が驚いている。
……どうやら、珍しいワイルドボアばかり見つかったのはこの子のせいらしい。
運Sって。
元の世界で宝くじ引かせればよかった。
俺はびくびくしながら針を指にさして、にじみ出た血をボードに押し付けた。
――――――――――――
『リーチ・スターリッジ』
レベル:1
HP E
MP S
力 D
知性 B
器用 B
運 E
スキル 〈匂い消去〉〈味消去〉〈百発百中〉
――――――――――――
「なっ!!」
受付の女性が絶句している。
MPが尋常じゃないな。けど魔法は使えないからなぁ。
そして運よ。
これだからブラック企業につかまるんだ。
受付嬢はせき込んで平静を取り戻すと言った。
「はい結構です。これがギルド証になります。紛失しないよう気を付けてください。素材販売の際も必要になりますので携帯をよろしくお願いします」
俺たちはさっそく昨日仕留めたワイルドボアを売って、ギルドを出た。