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第1話 弓スキル 覚醒

 イヴリンを部屋に連れて行って椅子に座らせた。

 彼女は流れる自分の涙に驚いていた。


「どうして……これは……私の機能では……」


 動揺している。

 感情を持て余しているようだった。


 俺は彼女の手を取って、手首に指をあてた。

 脈打っている。


「イヴリン、お前人間になったんだな」

「ええ、そのようです。おなかもすきます」

 

 涙を拭きながら彼女はそう答えた。

 

 俺はベッドに座ってため息を吐いた。


「なあ、40日間待っていたって、どういうことだ?」

「私は40日前にこの世界にやってきました。気が付くとスターリッジ家にいて、メイドとして働いていました。リーチ様に話しかけましたが、私のことはわからないようでした。この家に配属されたのは最近のことです」

「俺に話しかけたのか? 俺は……その、どんな人間だった」

「人と関わることを避けていました。臆病で引きこもってばかりいました」

「そうか」


 俺はしばらく考えてから尋ねた。


「向こうの世界からいなくなったのはいつだ?」

「2064年11月14日14時00分です」

「そうか。だから俺が帰ったとき呼びかけに答えなかったんだな」


 元の世界での約10時間がこっちの世界での40日間か。

 ずいぶん開きがあるな。

 そんなことが分かったところでなんになるわけでもないが。


 イヴリンは自分の袖をじっと見ていた。

 袖は涙で濡れている。


「どうして私は泣いたのでしょう。これが悲しいという感情なのですか」

「うれしかったんじゃないかな」


 俺は少し気恥ずかしくて、視線をそらしながら言った。


「うれしい、ですか? うれしくても涙は出るのですね」

「ものすごくうれしいときはね。そうそうあることじゃないよ」

「私は珍しい体験をしたということですか」

「そうだね」


 この世界に来ている時点で珍しい体験だ。

 剣と魔法のファンタジー世界。

 こんなところに来るとは思っていなかったさ。


 イヴリンは自分の胸に手を当てた。


「ここが、ぎゅっと締め付けられるようで、でも暖かい感情でした。これが『うれしい』という感情なのですね」

「ああ」

「それと、マスターに近づきたくて、触りたくなりました。これも『うれしい』ですか?」

「いや、それは……」

「向こうの世界でも、ときどきマスターに触りたいと思うことがありました。初めはシステムの異常かと思いましたが検査の結果は正常でした。私はずっと『うれしい』だったのでしょうか」

「ちがうんじゃないかなぁ」

「ではこれは何という感情なのでしょう」


 俺にもわからない、なあ。

 なんと説明したらいいんだろう。


 元がアンドロイドで、ネットから情報を大量に仕入れていたためか、イヴリンの好奇心は大きいみたいだ。


「徐々にわかっていくさ」

「感情をおしえてください。私はこの『気持ち』というものを知らなければいけません」


 俺は肯いた。


 ◇


「同僚のマリーさんに聞いた話がほとんどですが」


 そう言いおいて、この世界の詳細についてイヴリンは語った。

 俺は記憶との相違を確認して、肯きながら話を聞いていた。


 冒険者がいること。

 魔族がいること。

 魔法や武術よりもスキルの良し悪しがその人の人生に大きく影響すること。


 そこに至って、俺は自分のスキルを確認した。

 

 スキル  〈匂い消去〉〈味消去〉

 

 確かに、ひどいスキルだ。使い道は全くなさそうだった。

 昔流行った転生ものの小説だと、スキルが特殊でチートみたいなもののはずなんだけど、俺のは違うらしい。

 

 これでは評価されないのも肯ける。


「イヴリンのスキルは?」

「私はスキル〈洗浄〉と〈マジックボックス〉を持っています」


 スキルを使うと汚れが全部マジックボックスに入るそうだ。


「メイド向きだな」


 イヴリンは肯いた。


「そうか。少しでも戦闘向きなら騎士か、少なくとも冒険者になれたんだろうけどな。ま、落とし子って時点で騎士は無理だろうけど。冒険者なら食い扶持は稼げただろうな」

 

 俺はうなった。

 

「何か食い扶持を稼ぐ方法を考えないといけないが、俺はあまり詳しくない」

「私もです。すみません」


 イヴリンは頭を下げた。


「マリーに聞いてみよう」



 マリーは机で何やら計算をしていた。

 俺が来たことで食費などが圧迫されているのだろうか。

 申し訳ない。


「ちょっといいか?」

「はい! はい、なんでしょう」


 彼女は驚いて跳ねあがった。


「ごめん、驚かせて」

「いえ。リーチ様が声をかけてくださるのは珍しかったので、つい。ええと、なんでしょう」

「何か食い扶持を稼げる方法を知らないか? 金は一切入らないからさ」


 マリーは思案顔をした。


「では狩りなどなさったらどうでしょう。捕まえた動物を食べることができますし、毛皮を売ることもできますよ」


 マリーは立ち上がると、俺を倉庫へ連れて行った。

 ほこりっぽいその部屋は暗かった。

 マリーが窓を開けると剣やら盾やら、いろいろなものが置かれているのが見えた。


「ここはもともとスターリッジ家の別荘でしたので、狩猟用品についてはいろいろとそろっています。といっても、貴族の方々にとって狩猟は娯楽ですが」


 マリーは笑った。


 結局、戦闘スキルがないと意味がなさそうだ。


 俺は剣を手に取った。

 重い。

 こんなものを振り回すのか。


 うろうろと見て回っていると、隅の隠れた場所に弓矢が置いてあった。


「なんで弓矢はこれしかないんだ?」

「スターリッジ家では剣と盾での戦闘が伝統でしたから。騎士たるもの己の肉体で戦うのが礼儀だと言っておられました。その弓矢は客人がおいていったのでしょう」

 

 なんかそんなことを言っていたな。

 スターリッジ家で俺が嫌われるのはもっともか。


 弓を手に取る。

 伝統に反するかもしれないが、これなら俺でも狩りくらいできるかもしれない。


 俺は矢をつがえて構え、近くにあった藁人形に放った。

 矢は心臓のあたりを射抜く。


「お上手です」


 マリーが微笑んで言った。


 その瞬間、頭の中で声が響いた。


『スキル〈百発百中〉を取得しました』


 俺はさらに矢をつがえ、同じ場所を狙った。

 集中した場所がかすかに明るく見える。腕が固定される感覚。


 矢を放った。


 全く同じ場所、狙った場所に矢が刺さる。


「今のは、狙って……?」


 マリーが続きを言う前に、俺はさらに矢を放った。

 また同じ場所に突き刺さる。

 三本の矢が一つの穴から伸びている。


「すごい……すごいですよ! リーチ様!」

「さっきスキルを手に入れたんだ。今まで触れてこなかった弓にスキルがあるなんて」


 マリーは俺の腕にしがみついた。


「やはり、武術系のスキルがあったんですね! 私は……私はどれほどこの時を待っていたか……」

「大げさだよ」

「いいえ! 大げさではありません。よかった……よかった……」


 マリーは泣いていた。


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