第10話 リーチ、イヴリンの奇行を調べる
あくる朝、マリーに起こされた。
「昨日はお楽しみでしたか」
俺は寝ぼけていて、少し顔を上げ、
「何が?」
と尋ねた。
「エルフは年齢がわかりませんからね。リーチ様は幼女趣味があったのでしょうか」
幼女?
俺は腕の中をのぞいた。
しまった。
シーラがすやすやと眠っていた。
服が少しはだけているのはサイズがなかったためか。
「いや、違うんだ。何もしてない」
「そうですか。イヴリンには言わないでおきます」
マリーはくすくすと笑っている。
と、彼女は思い出したように表情を変えた。
「あ、イヴリンで思い出しましたが、最近彼女の様子がおかしいです。仕事を終えると一人で街に出かけることが多いのですが、何か心当たりはありますか? 昨日も遅く帰ってきましたし」
「いや、ない」
最近忙しくて、イヴリンのことをよく見ていなかった。
様子がおかしい?
どういう意味だろう。
そのとき、シーラが目を覚ました。
「ふああ。リーチぃ、私のこと離さないでね。昨日はたくさんうれしかった」
マリーはますますくすくす笑って出て行った。
主人としての尊厳が今まさに失われた。
「シーラ。シーラ起きろ」
俺は彼女を揺り動かして起こした。
彼女は目を覚ますと、一瞬ここがどこかわからないようにあたりを見回していた。
目が俺を捉えると、
「おはよう」
そう言ってほほ笑んだ。
◇
イヴリンはいつも通り、廊下にスキル〈洗浄〉を使って、掃除をしていた。
「イヴリン最近調子はどうだ」
「調子ですか。健康です」
「うん……」
ええい。ちゃんと聞け俺。
「最近一人でどこかに出かけているそうじゃないか」
「はい」
「どこに行ってるんだ」
「……言えません」
何と。
質問に拒否することを覚えたか。
イヴリンはそのことに気づいていないようだ。
ただうつむきがちにして、俺と目を合わせようとしない。
「そうか、わかった。変なこと聞いて悪かったな」
人間として扱うと決めたのは俺の方じゃないか。
俺はそう考えて、深く追求するのをやめた。
◇
が、しかし、気になるものは気になる。
何というか、この感情は、娘の行動が気になる父親のそれに似ている。
娘いたことないけど。
「何考えてんの?」
俺がぼーっとしていたからだろう。
冒険者ギルドの中にあるテーブル。
向かいに座るリズが俺にそう尋ねた。
「それは警告?」
「純粋な疑問文、よ」
リズはそう答えて、俺を睨んだ。
「何? やっぱり警告?」
「違うって。昨日何してたの?」
「野暮用だよ」
「野暮用ねぇ」
リズはイスに深く腰掛けて、腕を組んだ。
「何?」
「パーティを組むのは私だけよね?」
「まあ、今のところは」
「私だけにして。ああ、イヴリンはいいけど」
「いいけど、なんでまた」
「昨日、女と一緒にいるのをみたから」
「女の子だよ。迷子の」
「ローブを着て、フードを深くかぶった、迷子の、女の子、ね」
ずいぶん言葉を切って話すね。
おかしいのはわかるよ。
「事情があったんだよ」
「事情ねぇ」
依然、リズは俺を睨んでいる。
「とにかく、冒険者のクエストじゃない。パーティは組んでない」
「そう」
俺は嘘をついていない。
あれは義賊ギルドのクエストだし。
パーティも組んでない。
「とにかく、私以外とパーティ組まないで。イヴリンとしか組めないじゃない」
「イヴリンが来たのか?」
「昨日ね。Aランクのソロクエストが入るのを待ってたら、ギルドに入って来たわ。掲示板の前で、クエスト探してたから声をかけたの」
「それで?」
「クエストを一緒に受けたわ。パーティなら受けられるクエスト増えるからね。でも、まあ、ほとんど私がこなしたんだけどね。申し訳なさそうな顔してて、こっちが申し訳なくなってくるわ。結構無理やりつきあわせちゃったし」
「ああ、すまん」
「ほんとよ! だから! 他の人と組まないで。私にはあなたしかいないのよ!」
リズは大声で言った。
ギルドのどこからか、はやし立てる口笛が聞こえて、彼女は顔を真っ赤にして座った。
「イヴリンには申し訳ないことしたわ。私ばっかり魔物を倒すから、昔を思い出しちゃって、それで、『もっと練習して。闘技場でほかの人の戦い方見てきたら?』って文句みたいなこと言っちゃったから。ごめん。悪かったって伝えておいて」
珍しくしゅんとしたリズ。
イヴリンはクエストを受けに来ていたのか。
なにゆえ?
謎は深まるばかりだ。
「ねえ、今日はクエスト受けようよ。昨日みたいに置いてかないで」
「ああ、今日は大丈夫、だけど」
「だけどなに」
いらだちの声でリズは尋ねる。
俺は恐れ、身を引く。
「いや、イヴリンのことが気になってさ。今日闘技場に行ってるのかなって」
「なんで? 私が言ったから?」
「うん、あいつはそういう助言とか命令みたいなものに忠実だから」
今日の朝はそうでもなかったけど。
リズは思案顔をして、言った。
「それは、私の責任もあるし。そっか。あそこ結構治安悪いから心配ね」
「え、そうなの?」
「うん。……わかった。じゃあ、闘技場が開く時間までクエスト受けるわ。それで、闘技場が開いたらイヴリンを探して、私が謝る。ここに来なくてもいいんだよって」
「クエストは受けるのか?」
疲れるから嫌なんだけど。
「私は、生活が、かかってるの! あなたと違って!」
すんませんでした。
◇
で、クエストが終わって、闘技場が開く時間になった。
教会の鐘が午後を知らせる鐘を鳴らす、それが合図。
俺たちは闘技場に来ていた。
野球のスタジアムのような雰囲気だ。
闘技場の外には露店が出ていて、うまそうな匂いが立ち込めている。
リズはふらふらと甘いものを売る露店へと向かっていく。
俺はついて言って襟首をつかんだ。
「おい」
「いいでしょ食べながら探したって。こんなに広いのよ」
「おまえ金ないだろ」
「う」
しょぼんとするリズ。
仕方がないので、俺はその、棒に刺さったよくわからない甘味を買ってリズに渡した。
んー、甘いな俺。
リズは受け取ると、パッと表情を明るくした。
わかりやすい奴だ。
「ありがとう!」
パリパリと、食べ始め、幸せそうな顔をする。
「棒、気をつけろよ。喉に差すなよ」
「子供だと思ってるでしょ。大丈夫よ」
リズはそう言って、闘技場の中にずんずん進んでいった。
闘技場はいわば、冒険者たちの力試し、自己顕示の場。
今日の題目、という掲示板に貼られたポスターを見ながら廊下を進む。
たいていは戦闘訓練を積んだ奴隷と戦うものだ。
ん?
俺は立ち止まった。
クマと戦うやつがいる。
そのポスターは他のより大きい。
もしかしたら今日のメインなのかもしれない。
ワイルドベアが立ち上がり、威嚇している絵。
それに立ち向かう……メイド。
メイド?
俺はポスターに張り付いた。
名前……名前……。
イヴリン。
名前の欄にはそう書かれていた。
「おい、いたぞ」
「え?」
先に進んでいたリズが振り返って、俺をみた。
俺はポスターを指さした。
リズは顔を真っ青にした。