夏初めに酔う
街角を流れる風には、焦げた小麦の匂いがこびり付く。煌々と照りつける日は夏の兆しを見せ、薄く汗で滲んだ白い制服が、僅かに肌を透過させる。終業のベルとともに、人々は波が引くように素早く、目一杯の騒々しさで教室を飛び出した。
僅かばかり残った学生達は夏の予定などを話しつつ、いつも掃除道具入れに放り込まれる学生は陰気なりの晴れやかな表情でゆっくりと身支度をする。
薄手のカッターと、セーラー服の、やや肌色がかった白色と共に、彼らの波もまた引き、そして学校に再び、下校のベルが鳴り響いた。
学生達の波が一通り引いた後を辿ると、飲料のゴミや、中庭にそびえる大樹の下の裸出した土や、風に靡く雑草の群れが再びその音を奏で始める。学生用玄関の真向かいにある職員室を覗き込めば、薄着の教師各員がバインダーを手に談笑をしていた。
その一方でデスクに向かう職員は皆汗をかきながら口を結び、黙々と事務作業に打ち込む。その目には青い明かりが輝いており、代わりに生気でも吸い取られたように深く淀んで見えた。
中庭を大回りで職員玄関側へと向かう。職員玄関の横にはテニスコートがあり、学生の声の代わりに生ゴミを引き摺る掃除夫の、鉄扉を開ける際の鈍い力み声だけが異様にくっきりと響いた。
職員玄関の扉が開く。長話を終えたばかりの校長と、教頭が飽きもせずに仕事の話をしながら現れた。のっそりとした動きで禿頭をかき、職員用の駐車場の最も玄関に近い車両のロックを解除する。二人は挨拶もそこそこに各々の車両に乗り込むと、校長は西回りの下校路を、教頭は東回りの下校路を巡回し始めた。
校門の向こうにある運動公園の高い階段の上で学生達がたむろする、まさにその目の前を二人の車両は通り過ぎていく。
「さっさと帰れよー!」
教頭の掛け声に、から返事を返す学生一同。白いシャツの脇には汗染みがあるが、それさえも気に止める様子がない。浮かれきった彼らに溜息と別れの挨拶をして、教頭の車両は実に滑らかに学校を出て行った。
一方で、学校西のコンビニの前を丁度通るところの校長は、この世の終わりのような形相をして、片っ端から制服の男性に声を掛ける自校の女学生の姿を認めた。
「初めまして!私と恋しましょう!」
「好きです!付き合って下さい!」
「夏祭り一人は嫌なの!!せめて1日だけでもいいから!」
あれよあれよと声を掛ける生徒は全て断られてへたり込み、喫煙スペースの脇で縮こまった。
夏の始まりとは何故、彼らの心を躍らせ、また、焦らせるのであろうか。
聳える入道雲がひだを積み重ねるその下で、一年で最も「短い休み」が始まりを告げたのであった。