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「セシルったら、本っ当に女の趣味が悪いわ!!!」
「ずっと一途に探し続けていたんだね。あの子は凄いよ」
「あたりまえでしょう?!私たちの血から生まれた子ですのよ?!凄いに決まっているでしょう!でも、あの女はダメ!我が子が拒否しているもの」
「まあ、半分は僕たちのせいでもあるけれどね。彼女に対して固定観念を与えてしまったから」
「違います!あの女、最初からセシルの優しさに漬け込んで利用しようとしていたじゃないですか!ちょーっと美人だからって!ちょーっとスタイルいいからって!セシルはまだ幼かったから騙されて放って置けなくなったんですもの!」
「うーん。そんな感じの人には見えなかったけど」
「貴方まで、まだ騙されてますの?!」
「ははは。騙されてないよ。ただ、彼女の犠牲のお陰で我が子は在るわけで、そして我が子の危機にセシルは彼女を取り戻すことにしたんだ。すべては、我が子のためだよ」
心地よい春の日差しと、優しく頬を撫でる風。
どこまでも続く草原には小さくてカラフルな花が所々に咲いており、風にあわせてゆらゆらと揺れる。
(気持ちいい~眠くなる~)
凛はごろりと草原に寝転がったまま、青い空と流れる雲をぼーっと見つめた。
頭上の方からは男女の会話…にしては一方が怒り口調だが、いつものことなのかもう一方、男性の方は落ち着いて対応していた。
少し騒がしいが、こんなに気持ちよく落ち着けるのは久しぶりだと感じた凛は、よく分からない会話をし続ける二人を無視し、一人微睡んでいた。
(ホントに居心地が良い…体がポカポカして…寝て良いかな…)
目も半分以上閉じ、うつらうつらしていた凛は横向きにコロンと寝返りをうち、くあっと大きな欠伸をしさあ寝よう、と目をつむった。
「ちょっと!!!」
「…はい?」
ふと目を開けると真っ赤なエナメル靴が見え。のろのろと視線をあげるとこれまた真っ赤なドレスを着た金髪の美少女が物凄い形相でこちらを見下ろしていた。
「…なんですか?」
「なんですか、じゃないわよっ!せっかく私がこちら側に招待したというのに!!なんで無視するの?!なんで寝ようとするの?!?!」
「…えぇ…」
怒りのあまりか、バタバタと地団駄を踏み出した少女に、「いい加減起きなさい!!」と怒鳴られ、凛は渋々体を起こした。
(…あれ?)
ふと視界に入ったのが黒くて長い髪。黒い艶々としたスリットの入ったロングドレス。
こんな服で寝転がってたなんてと驚いた凛は急いで立ち上がり、ドレスについた土を払い落とす。
そしてまたもサラサラと視界に入るのが黒い髪で。
(こんな長かったっけ?)
髪は凛の膝下より長く、もう少しで地面につくかつかないかのギリギリで凛の動きにあわせてさらりと揺れる。
(こんなに長くなかった、はず…あと、私の髪、たしか茶色くて…黒髪に憧れがあって…あれ?)
凛は混乱した。混乱しているはずなのに頭はスッキリせず、半分眠っているような…とにかくぼーっとしてしまう。
「ああ、その姿で来たんだね」
声のした方に振り向くと艶々とした黒髪に深い蒼の瞳の美青年がニコニコと微笑みながらこちらに歩み寄ってくる。
(青いのは同じなのに黒髪…って、あれ?)
誰だかに似ている。見慣れた色。見慣れない色。
けれど、それが誰だか凛は思い出せない。
首をかしげたところで、その青年の腰ほどの背丈の少女が目にはいる。
その少女は輝くような金髪で、瞳の色は燃えるような赤。
これまた真っ赤なフリフリドレスを着た少女は相変わらずぶすっとした表情で凛を睨み付けている。
「本当に忌々しい…その姿で現れるってことは、私たちになにか言いたいことでもあったのかしら?!言っておきますけど、私は謝りませんから!貴女の事、嫌いですの!」
腕組みしながらフンッとそっぽを向いた少女に、傍らの青年は「そんなこと言わずに」と困ったように頭を撫でる。
「いまの姿だと精神が保てないんだね。それでこの姿になったみたいだ。ふふ。懐かしいね」
「…あの、何なんですか?あなた達は一体…」
「それは、これから知っていくと思うよ。君は、知るためにこちらに来たんだから」
「レイデルっ!!」
少女は、青年の背中をバシバシと叩きながら抗議の声を上げたが、青年は少女の方に微笑むと小さく首を振った。
「ユノ。素直にならないと。君はずっと気にしていたじゃないか」
「…っそうですが…目の前にするとやっぱり、ムカつくんですのぉ!!」
顔を両手で覆い、地べたに座り込みわっと泣き出した少女に、凛は慌てた。なんだかよくわかっていないが、どうやら自分が理由で二人は喧嘩した…のか、少女は泣き出した。
相変わらず頭は冴えずぼーっとしてしまうのを必死に覚醒させようと頭をブンブンと振り、凛もしゃがみこんだ。
「ええと、なんか、ごめんなさい?私が原因ならすぐに帰りますよ?」
「それじゃ意味ないでしょう?!?!」
バッと顔をあげた少女は、涙で顔はグシャグシャだが、やはり元がいいのだろう。可憐に見えた。
そして凛はその色彩にハッとした。
(金髪、碧眼…赤い目じゃなくて、綺麗な青色で…男の子で、年下で…)
もう少し、というところでバチンっという音と頬に衝撃と痛みを感じた。
「いっ」
「あなたが帰ってどうするんです!何のためにセシルが命を賭けてつれてきたと思っているんですかっ!それに、我が子を救うという大きな使命があるでしょう?!」
少女が両手で思い切り凛の頬を挟んだ…と言うより叩いたらしく、凛は痛む頬を押さえた。それでも頭は冴えず、むしろ先程よりまぶたが重く感じられる。
少女は、なんといっていたか。
(せ…しる…セシル…くん)
金髪の少女は凛の肩を掴むとグラグラと強く揺すった。
「ああ、もう時間がない!!いいですか、貴女は我が子を治すのです。拒絶反応も耐えなさい!我が子が正常に戻った暁には、あなたの望みを私達が叶えましょう。これ以上セシルに負担はかけさせられません…わかりましたか?!我が子を救うのですよ?!」
揺すられながらも凛はとうとう目を閉じた。
薄れゆく意識のなか、少女の何かを叫ぶ声と…
「君は知って良いんだよ」
もう一人の青年の声が最後に聞こえ、凛は深い深い闇へと意識を手放した。