2
無音だった部屋に、カタンと小さな音が響いた。
「今日も帰ってこれない、か」
ぼそりと呟くと、彼女はスマホを置いてテーブルに座り、一人食事を始めた。
目の前には同じように用意された夕食がラップに包まれた状態で置かれている。
夕食を作り終えてかなりたったが、自分の分を温め直してから食べようとも思ったが
いまの自分にはこの冷めた食事がお似合いだと自嘲し、そのまま食べ進める。
彼女、和泉 凛改め、関野 凛は半年ほど前に姓が変わり、和泉から関野になった。
理由は至ってシンプルで、結婚したからである。
凛の夫は関野 弘人。凛の三個上で凛とは会社の先輩が主催した合コンで知り合った。
二年の交際期間を経てめでたく半年前に結婚し新婚ホヤホヤ、のハズであった。
だがここ数ヵ月、いやもっと遡ると結婚式の準備辺りから弘人の様子が変わってきたように思えた。
凛は記憶を遡り、何か気に障るようなことをしただろうかと考える。
付き合って一年半で、弘人からプロポーズをされた。とても驚いた。
でも、とても幸せだった。そう。確かにあのとき二人は本当に幸せを感じていたしとっても仲がよかった。
休みの日にはデートをしたし、連絡もおはようからお休みまで、毎日取り合った。
両親にご挨拶にいくときは本当に緊張した。
安心してもらえるように。信頼してもらえるように。でも作り物のような接し方は嫌だった。本当の家族になるのだから、少しでも凛を知って、出来たら仲良くなりたい。
そのための努力を凛は惜しまなかった。
弘人は一人息子だったので、凛が挨拶に行くと義理の母はとても喜んで歓迎してくれた。
「かわいい女の子ね!弘人から話を聞いて、ずっと会ってみたかったの!仲良くしましょうね!」
そういって義理の両親は手を握って優しく微笑んでくれた。
あまりの緊張のせいか義理の母が発した言葉を理解するのに一拍空き、その後涙を押さえて返事をするのに数秒かかった。
その日から弘人の両親は本当の娘のように凛を可愛がってくれている。
(ああ、本当に素敵な両親だよね…ウチの騒がしい家族とは大違い)
凛は軽くため息をはくと、自分の家の時はどうだったっけと思い出す。
(たしか、挨拶の時はさすがの弘人さんも緊張してたんだけど、うちのお母さんとお父さんのキャラに押されて…グイグイいってたからなぁ)
凛の両親は質問攻めだった。
なれ初めやら弘人の幼少期の事やら、大学のサークルやいまの仕事のことやいままでの交際経験のことなどなど。
遠慮の無い両親の質問にもしっかり答えていて、同席していた二歳下の妹にも弘人を誉められた。
「あんっな素敵な人どこで見つけてきたの?!姉さんには勿体ない!ずるい!」
そういって妹の美花は凛の背中をバシバシ叩きながら弘人を誉めちぎっていた
(ええっと、それからはたしか何もなくて平和だったはずなんだけど…)
両親同士の顔合わせも問題なく終わり、結婚式の準備も弘人が多忙なため凛がほぼやりきったが、弘人から文句が出ることもなく。
素敵な結婚式だったと参列者からも喜ばれた。
凛は寿退社はしなかった。
というのも弘人の意向もあり、このご時世共働きでないといろいろキツいのもあるが、いまの仕事を凛が好きなため、仕事を続けて良いと言われたのは嬉しかった。
だからといって家事を疎かにしているわけではなく、早起きして朝食もお弁当も用意して、夕飯だってしっかり用意している。
それでも、弘人は帰って来ない日が徐々に増えていった。
最初は週に一日、それが三日に増えて
今では帰ってくるのは平日の一日~二日だ。
今日は日曜日だが、休みの日に家に帰ってくることはもう無くなっていた。