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不倫されたので異世界でリスタートします  作者: 小春日和
歓迎はされないらしい
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7

 

 「このバカっ!アホっ!!どこが“優しくていい人たちばかり”よ!!殺されかけたわ!みんな冷たいわ!!」

 「うん、ごめんね」

 「なんか怖がられてるし!泣かれたり逃げられたりするし!かと思えば親の敵を見るような目で睨まれるし!!」

 「うんうん」

 「私がいったい何をしましたか?!この国に来てまだ半日ほどなんですけど?!なにもしてないんですけど?!何故この嫌われよう?!」

 「そうだね」

 「黒目で魔力が無いから何?!というか魔力って何?!無きゃそんなにダメなもの?!こちとら純粋な日本人なんだから黒目で当然だし魔力なんて無い世界から来たんだから当然でしょう?!それを知ってるセシル君にも会わせてもらえないしっ!それなのにっ!それなのにっ…!あのサツマイモ野郎めっ!!」

 「うんう…ん?サツマイモ?」 


 凛は突然現れたセシルをサンドバッグにした。

といっても凛のパンチは見事にセシルの手に受け止められ、パシパシと音がする程度の虚しいものだが。


 セシルは部屋に入ってすぐ防音の魔法をかけ、凛に「色々あったと思うから、どうぞ、思い切り発散して?」と提案すると凛はすぐさまそれに乗った。そうして今に至る。


 「あの宰相っていう…サツマイモ色頭の野郎がっ!セシル君に会わせてって頼んでも絶対会わせようとしないの!セシル君が風邪だとか、魔力切れ?だとかで疲れてるから寝たって見え見えな嘘までついて…別れ際のセシル君にそんな様子微塵も感じなかったんだから、私だって嘘だってわかるわっ!」

 「…へぇ。ルークが」

 

 凛の背筋が一瞬冷えた。

いつものセシルらしからぬ冷たい雰囲気に凛はパンチを止めセシルを見上げた。


 「………るーく?」

 「そう。紫紺の…サツマイモ色の髪に水色の瞳、モノクルをつけた男で宰相だと一人しかいないからね。ルーク・ディトリ…というか、彼は名乗らなかったの?」

 「…うん。ノックもなしに部屋に入って来て食事持ってくって言って、後は言いたいことだけいって帰ってった」

 「…そう」


 セシルの纏う雰囲気が一層冷えるのを感じた。

 宰相の…ルークと呼ばれた青年の上司であるセシルへ直々にクレームを言うことに多少の申し訳なさは感じるが、それよりも先程された扱いの方が頭に来ていたので遠慮なく文句を言わせてもらうことにした。


 (それに、嘘偽りも誇張もしてないし)


 凛はセシルにキレられてへこむ先程の青年を思い浮かべてニヤニヤした。


 (差別や先入観、固定観念は良くないものだと知ってもらわなきゃね)


 一人満足げにうんうんと頷く凛を見て、セシルは小さく息を吐いた後、そっと凛の髪に手を伸ばす。


 「…思ってたより、元気そうでよかった」

 「お陰さまでね。ピンピンしてますよ」

 「ふふ。そうみたいだね」


 セシルはさらりと流れる焦げ茶色の髪を指先で撫でる。

 そんなセシルをチラリと見上げたあと、凛は諦めたように小さくため息を吐いた。


(やめろと言ってもやめないしね…)


 日本にいた頃はこんな触れ合いですら凛はその手を叩き落として「スキンシップ禁止!」と叫んでいたのが遠い昔のように感じる。

 

 凛はもう一度ため息を吐いたあとソファを指差した。


 「とりあえず、座る?色々聞きたいことあるんだけど…セシル君は時間大丈夫?」

 「そうだね。ルークには黙って抜け出してきたからあまり長い時間はとれないけれど」

 「わかった。じゃあ手短に済ますわ」


 凛はワゴンに置いてあった茶器で紅茶を淹れようとしたが、用意してあったものが水であったため淹れられない…と軽く絶望していると一瞬水がチカッと光るとそれはみるみる温度が上がりあっという間にお湯になった。

 ちらりとソファに座るセシルを見ると彼は小さく頷いてにこりと微笑んだ。


 (…魔力がないって、確かに不便ね…)


 少し落ち込みながらも凛は紅茶を淹れセシルへと差し出した。


 「どうぞ…あんまり上手じゃないけど」

 「ありがとう。…うん、凛が淹れてくれる紅茶は特別に美味しいよ。凛の甘い香りがする」

 「はいはい。美味しかったならなによりです~」


 セシルの口説き文句をさらりと流して凛もソファに座った。

勿論、隣ではなく対面の席である。


 「…で、一体どういうことなの?この世界は、黒目で魔力なしは存在しないって言われたけど。もしそうなら、何で早めに教えてくれなかったの?」

 「そうだと知っていたなら、勿論凛に伝えていたよ。…僕も驚いたんだけど、どうやらその“設定”は突然できたみたいなんだよ」

 「…“設定”?」


 セシルは困ったように微笑むと持っていた紅茶をテーブルへ置いた。


 「確かに、この世界は地球と違って魔法ありきな世界だから、皆差はあれど魔力をもって生まれてくる…だからこそ、突然現れた凛という他の世界から来た、この世界には無い“黒い瞳“と“魔力の無い者”にこの世界は過剰反応をした」


 セシルは立ち上がるとソファに座る凛の前に膝をつき、そっと頬を撫でた。


 「凛はこの世界に“毒”だと認識されたんだ。黒い瞳で魔力がない者は拒絶し、徹底的に排除しようとする」

 「そんな…」


 思い出したのは、毒を盛ったメイドの憎悪の瞳。

無表情だった宰相が見せた一瞬の侮蔑、凛の部屋の前で警備していた騎士の怒りや恐れ、殺意。

 良くしてくれているメアリとルナもどう思っているか…


 「凛」

 「…っ!」


 知らずのうちに握り混んでいた手は白く、僅かに震えていて。

セシルは励ますように頬を撫でながらもう一方の手で凛の冷たく震える手を握った。


 「…この世界が、私を“毒”だとしているから…この世界の人たち皆が、私にあんな態度なの?」

 「そう。ここで生きるものは等しくこの世界の一部だからね。凛の排除を無意識のうちに刷り込まれているんだよ」

 「……セシル君、も?」


 凛は強く目を瞑り俯くと、ギュッと寝間着の裾を握った。

セシルの顔を見られなかった。

見たくなかった。


 こんな知らない世界で、すべての人に嫌われ、否定されるなんて耐えられない。


 セシルもまた、他の人のように凛を見下すような、冷たい目をしているのかもしれない。

 そう思うと怖くて怖くて、凛はセシルの目を見ることができなかった。


 「凛…」


 思わずビクッと体が跳ねて、恐る恐る目を開けようとしたとき、ダンダン!!とけたたましく扉が叩かれた。


 「え?!なに!?!?」

 「…ハァ…本当に空気の読めない…」


 突然のことにあたふたとする凛とは変わりセシルは頭痛を堪えるように額を押さえた。


 「陛下!セシル陛下!!いらっしゃるのでしょう?!?!」

 

 ダンダン!ゴンゴン!と扉が壊れるのではないかと思われるほど激しい音がするのだが、扉は壊れる様子は全くなく、何の衝撃も感じていないのか軋みもしない。


 「この扉、石かなんかで出来てるの…?」


 思わず立ち上がり扉に触れようとしたところをセシルに止められる。


 「危ないよ。離れて」


 そっと手をとられるとテラスの方へと連れていかれ凛は混乱した。相変わらず扉は叩かれまくっている。


 「ちょ、セシル君。ドア開けなくていいの?」

 「とてつもなく面倒くさくてうざったい…迎えが来たみたいなんだ」

 「迎えって…」

 

 セシルは、チラリと扉を見たあと、凛の手をそっと握ってにこりと微笑んだ。


 「もう少し一緒にいたいんだけど、いい?」

 「へっ、う…うん」

 「よかった。見せたいものがあるんだ。…でもその前に…こちらへ。凛。防御魔法を解除するよ」

 「は、はい…」


 言われるがままセシルにぴったりと体をくっつけると、腰に手を回され片方の手は握られたまま。


 視線が合うとセシルが優しい笑顔を見せ、凛は何故か安心してしまった。


 「じゃあ、解くよ。三、二、一」


 バァンッ!!と一際大きな音と同時に何十という重装備な騎士や魔術師が雪崩れ込んできた。

勢いのあまりテーブルやイスは薙ぎ倒され、数人の騎士がコケ、そしてそれに躓きバタバタと人が山になっているところもあり、部屋は一瞬のうちにカオスとなった。

 

 「あっ!サツマイモ!!」

 「…誰がサツマイモですか。私の名前はルーク・ディトリですよ。…イズミ様」


 人混みのなかでも目立つその紫紺の髪の青年は、ゆっくりと歩き凛の前に立つと、忌々しそうに凛を見下ろした。



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