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そうして、セシルに会えないまま時間が過ぎ…どうしても納得できない凛は扉の外で警備している騎士にセシルに会えないか頼み込むことにしたのだ。
だが、騎士は凛に話しかけられるだけで倒れたり、逃げたり、そもそも凛の部屋を警備している時間すら辛いらしく一時間ごとに交換しては、次の交換の時間を今か今かと待っている
そして交換の都度掛け合ってみたのだが、断られたのが先程ので三回目で。
騎士は二言目には必ず「宰相様が…」と言ってくる。
(アイツが会わせないように指示してるに違いない…あのサツマイモ頭!)
凛はさらにクッションにパンチを打ち込む。
宰相の青年に凛が触れたときの、彼の冷たい目…まるでゴミでも見るような目を思い出す。
彼は本当に最初は凛に恐怖している様子はなかった。水色の瞳は揺れもなく落ち着いていて、怒りも憎しみも感じず、ただ凛を観察しているような、そう感じていたのに。
垣間見えた表情がすべてを物語っていた。
詰めが甘かったとしか言いようがない。本心を隠すなら完璧に隠さなければいけないところだった。
黒目で魔力なしでも気にせずに話しかけてくれる人がいるのではないか。凛は淡い期待も抱いていた。
でもそれが見事に打ち砕かれた瞬間でもある。
メアリとルナだって、最初はびくびくしていて目も合わせられなかったり、基本無表情で厳しい視線を送ってこられりしたけれど、凛が毒殺されそうになるといち早く動いて対処してくれて。
そして何度も何度も謝って、もう二度とこんなことは起こさせませんと凛の目を見て言ってくれたりもしたのだ。
それがどれだけ心強く、有り難かったか。
(なのに!あのサツマイモ頭は~!!)
サンドバッグにしていたクッションを掴むと窓に投げ…ボスッと、クッションの山に埋もれた。
事件の事を調べる、とは言ってはいたが現段階で犯人は捕獲してあるのだし凛に何らかの情報は与えられてもいいはずだった。
それなのに、何の報告もなければ謝罪もないし、一方的に証拠品である食事も持っていってしまった。
証拠を隠滅させられる可能性があるのでは、と凛は思った。
そしてセシルと凛を頑なに会わせようとしない。
王であるセシルには今回の一件は絶対に報告がいくはず。
客人として迎えられている凛に城のメイドが毒を盛るなんて、あちらからしたら大変な汚点だ。だから宰相自ら凛のもとへ来るのも理解できる。
ただ、宰相の立場は王に近い。だとすると今回の件も彼の口から報告がなされるのだろう。
恐らく事実とは違った形で…例えば
(私が一人で騒いでメイドに危害を加えて困らせただけ…なんてふざけんなぁぁあ!!!)
凛は勢いよく立ち上がるとクッションが山積みになった窓に歩みより、開けた。
さらりと心地いい夜風が凛の肌を撫でるが、怒りは収まらない。
窓の向こうには広いテラスがあり、そこでお茶も出来るようソファやテーブルが置かれている。
凛は裸足のままドスドスと音がしそうな程大股で歩くとテラスの縁からチラリと下を覗き込む。
月明かりしか光源がないせいであまりよく見えないが地上は遠く相当な高さがあるように感じた。
(ここから降りていく事は無理そう…)
凛は辺りを見回す。凛の部屋は角部屋らしく、隣の部屋はテラスもなければ窓がポツポツと並んでいるだけだった。
窓と窓の間は数メートルほど開いており窓枠を伝っていくのも難しいと思えた。
「やっぱり、正面突破しか…」
凛は覚悟を決めた。
テラスに置いてあった椅子を一脚持ち上げると、騎士がいるであろう扉を睨み付ける。
「ぜったいに、セシル君に会ってやるんだからっ…!!」
椅子を大きく振りかぶり扉に向かって勢いよく走り出す。
と。
力強い何が腹部から抱きすくめるように覆われ、持ち上げた椅子は奪われる。
「なっ…」
振り向くより先に凛の視界にさらりと金の糸が入り込む。
「こら。危ないことはダメだよ。凛」
久しぶりだと感じたその声に、凛は物凄く泣きそうになった。