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不倫されたので異世界でリスタートします  作者: 小春日和
歓迎はされないらしい
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4


 凛は、それからしばらく考え込んだ。

 メイドの二人も特に何か言ってくるわけでもなく、部屋はシンと静まり返っている。

 

 

 (黒い瞳が異質だってことでしょ?でもそれはどうしようもないことだし…)

 

 ふう、と小さく吐き出した。息は静まり返った部屋にことさら響いた。

 

 (困ったな…私自身、魔力?があろうが無かろうが…まあ確かに、魔法が使えないのはすこーし残念だけど、でもそれだけであんなに怖がられたりするものなの?)

 

 凛は眉間にシワがよっているのがわかり、そこを右手で揉みほぐす。

 

 明らかに怯えられたり距離をとられるのは精神的に苦痛を感じてしまうし、生活しづらい。

 ましてやこの城では右も左もわからないのだ。

 誰かの助けがなければ、ここでの生活は儘ならない。

 

 (というかセシル君!そういう国なら早めに教えてくれても良かったのに~!!)

 

 今度は腕組をして更にしかめっ面になる。

 その変化にメイド二人が慌てたのか、リン様、と声をかけた。

 

 

 「あ、あの、ご気分が優れないようでしたらお休みになられますか?」

 「あっ、いえ、メアリさん。大丈夫ですよ」

 「では、ハーブティーをお入れしますね。」

 

 そういうとルナが手際よく紅茶の準備をし、目の前にコトリと湯気が立ち上る可愛らしいカップがおかれる。

 この間一分ほど。早業だ。

 

 「すごい…!準備していてくださったんですか?」

 「はい。思い詰めたご様子でしたので、少しでも気分がよくなればと」

 「ありがとうございます。とても…嬉しいです」

 

 凛は微笑むとカップのハーブティーを飲んだ。

 

 (…おいしい)

 

 ほおっと息を吐く。

 カモミールだろうか。鼻から抜ける爽やかな香りが気分を落ち着かせる。

 

 凛のその表情にメイドの二人も安堵したのだろう。薄く微笑んでいる。

 

 (そうよね。この二人は私の専属だって言ってたし…いつまでお世話になるかわからないけど、まずは私を知ってもらって…害はないって。無力なアラサーですって伝えたいなぁ)

 

 凛は静かにカップを置いた。

 

 

 「とてもおいしいです。ありがとうございます」

 「とんでもございません。喜んでいただけて光栄でございます。…ところでリン様、一つお願いがあるのですが」

 

 ルナはじっと凛の瞳を見つめた。その様子に思わず背筋が延びる。

 

 「な、なんでしょう」

 「どうか、私たちに畏まらないで下さいませ。普段通りのリン様で宜しいのです。私たちのことも敬称などつけていただく必要はありません」

 

 

 きっぱりと凛の目を真っ直ぐ見て言い切ったルナは、強ばった様子もなく先程より自信を取り戻しているというか、ルナの本来の姿なのか、強気な姿勢だった。

 

 その事に凛は少なからず感動を覚える。

 

 

 (す、すごい…!さっきとは違って堂々としてる!怖がられてない?!これって進歩?!)

 

 やったー!と心のなかで万歳三唱していた凛は素直にコクコクと頷いた。

 

 「わかった…ルナと、メアリ、ね。この呼び方で大丈夫?」

 「はい。何か申し付けがありましたら何なりと仰ってください。」

 「ええと…それじゃあ」

 

 凛はこの勢いに乗ることにした。

 信頼を得るのであれば、まずはこちらを知ってもらうの。

 

 凛は一緒に座って?と二人に着席を促した。が、メイド二人は勿論立場上出来ませんと拒否したのだが、そこはお客様パワーを駆使し、どうかお願いしますと頼み込むと二人は渋々といった風に向かいのソファに座った。

 

 「それでね、ちょっと、私のことを知ってもらいたいなと思って…少し長くなるけど、いいかな?」

 

 (ちょっと自虐ネタになっちゃうけど)

 

 

 凛は苦笑しながらこれまでのことを話した。

 

 日本と言う世界でごく平凡に暮らしていたこと。

 大学も出て就職先も無事に決まって淡々と生活をしていたこと。

 婚約者がいたこと。

 順調に進んで無事に結婚できたのだが妹と不倫していたことを知ってしまったこと。

 そしてその仕返しを、セシルとしたこと。

 

 

 

 ********

 

 

 「あ、ありえません~~!!!!」

 

 ダンッと、勢いよく拳がテーブルに叩きつけられる。

 ミシッとテーブルの悲鳴が聞こえ、凛は思わずビクッと肩を揺らした。

 幸いにも凛とルナの紅茶はソーサーごと手に持っていたので溢れることはなかったが、テーブルに置いたままだったメアリのカップからは見事に紅茶が溢れた。カップごと倒れなかっただけマシだろう。

 

 失礼いたしました、と言葉では謝りながらも拳を振り下ろした張本人、メアリは怒りに震えながらテーブルの後処理をした。

 

 見慣れた光景なのか、ルナは特に驚いた様子もなく優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 

 (び、びっくりした……)

 

 凛は唖然としながら溢れた紅茶を片付けるメアリを見つめた。

 

 落ち着いた深緑色の髪を緩く三つ編みにして片方の肩にかけ、これまた落ち着いた紺色の瞳のメイドは、出会ったときからオドオドしていたし、凛と目が合えば怯えていたのに。

 凛の過去の話…特に弘人との不倫の話になるとものすごい。

 

 「なんなのですか?!その、ヒロト?様…人としてありえません!!リン様の優しさに漬け込んで失礼すぎます!それに、妹の方も!!ありえません!悪女です!!もうっ…もう!!!」

 

 

 メアリはテーブルをゴシゴシと拭き続ける。それも高速で。

 あまりの早さに拭いているタオルと木のテーブルの間で摩擦が発生し若干煙が見えたような気がした。

 

 

 「メ、メメアリ、あの、もう私は全然気にしてないから!大丈夫だから!」

 

 凛の言葉でメアリはパッと顔をあげると凛の目をじっと見つめた。

 その紺の瞳に先程までの怯えや恐怖の色がないことに凛は安堵した。

 

 が、つかの間で。

 

 

 「……っつ、ふえぇ~…」

 「うえぇえ?!?!!」

 

 泣き出した。

 顔を両手で覆いしくしくと。

 

 凛は慌ててソファから立ち上がるとメアリのそばに駆け寄りその背中を撫でた。

 

 「ああぁメアリ、泣かないで~!怖かった?!私のことが怖かった?!?!それとも、弘人さんのこと?!ほんとに全然なーんにも気にしてないし傷ついてないから!ねっ?!ねっ?!」

 「ひくっ…ちがっ…怖いとか、じゃぁなくっ…グズっ…リン様…可哀想でぇっ、もぉっ!っぐずっ…ひっく…」

 「リン様」

 

 くるりと振り向くとルナが身を少し屈めてソファの方へと手を広げた。

 

 「メアリは少々…いえ、かなり感受性が豊かでして。リン様のお話に心打たれるものがあったのでしょう。一度こうなりますと暫くはこのままなので、リン様もお気になさらずに、おくつろぎください。」

 「は、はあ…」

 


 そう言われると従わないわけにはいかず。

 凛は促されるまま自分のソファに戻った。

 メアリは「申し訳ありません~!」とハンカチで涙を拭いながらペコペコと頭を下げるものだから、何故か罪悪感が物凄い。

 

 それで、と同じくソファに戻ったルナが切り出した。


 

 「リン様は、そのヒロト様とミカ様に裏切られてしまわれたと言うことでしたね。そして我等が主と共謀し仕返しをしてからこちらの世界にお越しになられた、ということですか」

 「うん。そうね」

 「さぞお辛いことでしょう」

 「それがね、ホントにそんなことないの」

 

 凛は紅茶を飲みながら柔らかく微笑んだ。

 思い返すと、事実を知ったときから今に至るまであっという間だった。悲観したりする暇もないくらいに。

 だがそれ以前に、凛は気付いた。不思議と悲しみはないということに。

 

 「私ね…昔からなんだけど、あんまり物事に執着する方じゃなくてね。何にしてもどこか他人事のように感じるというか…美花が欲しいといったらなんでもあげちゃってたし。…弘人さんの事も、好きになったと思ってたけど…実際は違ってたのかなあって」

 

 

 凛はカップをテーブルに起き、深くソファに沈みこんだ。

 天井を見上げると大きすぎず、でもとても上品なシャンデリアがキラキラと優しい光を灯していた。

 ほうっと息を吐く。

 

 「生まれて初めて告白されたのが弘人さんでね。確かに仲も良くて二人で何回かご飯に行ったりしたし楽しかったから…告白されたとき、私もこの人が好きなんだって思ってたけど、それはちょっと、違ったのかな。本気にはなれてなかったんだなーって。そのせいで怒りも悲しみも沸かないのかも」

 

 

 ルナをちらりと見ると相変わらず無表情でこちらをずっと見つめている。だけどその視線は先を促すものだ。

 メアリにも視線をやるが相変わらずえぐえぐと泣き続けていた。

 

 「だから、弘人さんにちゃんと愛情を注げなかった私も悪い。だから彼は私から離れたんだって思うんだ」

 

 腕組をしながらうんうんと納得したように一人頷く。

 

 メイド二人に話ながらも凛は落ち着いていた。話すことで心の整理ができたように感じる。

 

 (ま、いつまでぐずぐず悩んでてもしょうがないしね)

 

 もう日本ではなくどこか違う世界へと来てしまっている。ここまできたらいろいろ開き直るしかないと凛は前向きに考えた。

 

 ルナは「リン様が納得しているのであれば」と特に意見は言ってこないが、表情はどこか納得のいっていないような、釈然としない。

 メアリは少し落ち着いたのかスンスンと鼻をならしながら涙をぬぐっていた。

 

 

 コンコンと扉がなる。

 突然の来訪者にメイド二人はパッと立ち上がるとルナは扉のそばへ、先程まで泣きじゃくっていたのが嘘のようにいつも通りになったメアリは凛のそばへと寄った。

 

 (え?誰?なにごと?)

 

 ビクビクと扉を凝視していたが、ルナがこちらを見つめていることに気づいた。

 どうするかと視線で訴えられる。

 凛がコクリと小さく頷くとルナが「はい」と声をかける。

 

 「イズミ様へ御夕食をお持ちいたしました」

 

 (夕食?)

 

 凛はチラリと腕時計を確認する。針は18時を指していた。

 

 (軽食を食べたのが14時くらいで、そっからずっと話してたから大分たってる…でも…)


 

 残念ながらお腹は減っていない。

 先程まで話ながら紅茶とお菓子をパクパクと食べていたのだ。ちょっと食べ過ぎたかな?と後悔するくらいには。だからといって折角作って持ってきてもらったものを突き返すわけにもいかず、凛はルナにまたコクリと頷いた。

 

 

 「失礼します」

 

 入ってきたメイドは明らかに肩に力が入っていた。

 カートを押しながらも力が入りすぎて必要以上にガチャガチャと食器が音を立てる。

 凛に対して怯えていることは分かるがそれにしても、とメアリとルナは思った。

 このメイドも二人の同期で仕事ぶりはいつも完璧だった。にもかかわらずメイドにあるまじき行為と様子のおかしさから眉を寄せそのメイドの一挙手一投足をじっと監視していた。

 

 だがそんなことは全く気にならない凛は、やっぱり怖がられちゃったかーと困ったように笑うしかなかった。

 

 「お、お待たせいたしました」

 「ありがとうございます」

 

 震える手でなんとか配膳を終えたメイドは物凄い勢いで頭を下げると早足で扉へと向かう。

 

 

 いただきまーすと呟いた凛がスープを口に運ぶのと、メアリとルナが「ちょっと」と出ていこうとするメイドを止めるのは同時だった。 

 

 

 突然凛の手元が閃光のごとく光り、カップを持っていた手に痛みが走った。

 

 「いだっ?!?!」

 「「「?!?!」」」

 

 

 強めの静電気のような、誰かに叩かれたような痛みに驚き凛はカップを床に落とした。

 分厚いカーペットのお陰でカップは割れなかったが中身は見事にぶちまけられ、深紅色だったカーペットは濡れた部分だけ白くなった。

 

 驚いて目をパチパチとさせると、「リン様っ!!!」とメアリが飛び掛からん勢いで目の前に立ち、一瞬で先程の食事類と落としたカップが消えていた。

 

 「おおっ」と感心したのもつかの間、グルンッと物凄い勢いで振り向いたメアリは凛の頬や肩をペタペタと触り始めた。

 

 

 「ど、どどどどこかお怪我は?!?!痛みは?!?!お痒いところは?!?!」

 「お、落ち着いてメアリ?痛いところも痒いところもないよ?」

 

 何故かあわてふためくメアリを落ち着かせようとしたときに「ううっ」という呻き声が耳にはいる。

 

 そちらを振り向くと何故かルナに後ろ手に縛られ床に押さえつけられている先程のメイドがいた。

 

 

 「は、え?…なにごと?」

 「り、リン様、ももも申し訳ありません!毒を盛られました!」

 

 ポカンとメアリを凝視する。

 メアリは頭を何度も上げ下げし、止まったはずの涙がまた溢れていた。

 凛は先程の溢れたスープの跡を見る。既に落ちたカップも食器類も、溢れたはずのスープの具材ですら消えているが、スープがかかって変色したカーペットはそのまま残されていた。

 

 

 毒が、深紅色のカーペットを濁ったような白に変色させた。

 とたんにゾワリと鳥肌がたち…何て事もなく、凛は呆然とそのシミを見つめていた。

 危うく殺されていたかもしれないのに、凛は不思議と恐怖は感じず、現実感がない。こんなことが本当にあるわけがないと。

 

 

 「消えてよ!!!」

 

 

 突然の叫び声に凛はビクッと肩を揺らした。

 

 

 「消えて!居なくなって!この世界から出ていって!!!」

 

 

 先程食器を運んだメイドが、床に押さえつけられながらも凛に憎悪の瞳を向けていた。

 この部屋に入っていたとき、彼女は明らかに怯えていたのに。

 凛は唖然とそれを見つめる。

 

 ルナは素早くメイドの首に手刀を落とすと意識を奪い担ぎ上げた。

 メアリとルナから何から言われているが、凛の耳には全く入ってこない。

 

 

 ふと、ある言葉が頭をよぎる。

 

 

 “本当にいい国で国民もみんな優しいしとても平和だからセンパイも落ち着いて過ごせるんじゃないかな。きっと、気に入ってくれると思うよ”

 

 

 「だ、騙された~~~!!!!」

 

 

 凛の絶叫が部屋に響き渡った。

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