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「あの、なにか?」
「っ!…い、いいえ!」
失礼いましました!と半泣きになりながら物凄い早さで頭を下げるメイド。
一体何度繰り返した光景だろう。
(そんなにジロジロみられると…顔になにかついてるのかな?)
そうだったら恥ずかしいと思い、凛は顔をペタペタ触り、髪も手櫛で整えたが特に異常は感じられなかった。
あれから唖然とする一行を置いてセシルは自らの居城である魔王城とやらに文字通り一瞬で移動した。
エレベーターに乗った時のような極軽い浮遊感のあと、視界が変わり、気付いたときにはとんでもなく広いキラキラとした、まるでお城の中…と思っていたら城だよ。魔王城。とセシルに告げられた。
唖然とする凛の頭をポンポンと軽く叩くと申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。疲れたでしょ?本当は黄泉の森でも転移が出来たら疲れさせないで済んだんだけど…あそこの森は特殊で、転移系の魔法が全く使えないんだ。今日はゆっくり休んで、また明日色々話そうか」
セシルは指をパチンと鳴らすと先ほどの使用人一行が何処からともなく現れ、凛がうんともすんとも言えないうちにメイド4人に連れられ客間へと案内されたのだ。
それから風呂に案内されメイドに体を洗われるのを断固拒否しささっと済ませると綺麗な薄い水色のAラインのワンピースに着替えさせられ、美味しい紅茶とお菓子で一息ついて…いまに至る。
その間何度かチラチラと視線を感じる度に、何か?と問うと失礼いたしました!と物凄く頭を下げられる。
凛は部屋に待機している2人のメイドから探るような視線を受けながら窓の外をチラリと見た。
窓からは差し込むオレンジ色の夕日と、夜空の濃紺とがグラデーションになっていてとても美しい。
それにしてもと、凛は思う。
(時間の流れがおかしすぎない…?森に着いたときは夕方で、そこから歩いている内に夜になって。森を出た瞬間に昼間の明るさになっていて、そこからパッとお城に移動したらもう夕方になるなんて…)
頭を抱えた。
その様子に控えていたメイドたちが身動ぎしたのか、布の刷れる音がしたが、凛は気にしなかった。
ここに到着してから何日たっているのか、何日寝ていないことになっているのか。
体感的には森に着いてから今に至るまで半日ほど経過したように感じていたが、実際はもっとたっていたのか。
「時差ボケ…いや、次元ボケ?」
「あ、あの、リン様?」
「すいません、なんでもないで…」
そこまでいって凛はくるりと、後ろに控えていたメイドを見た。
突然凛が振り向いたことで扉付近に控えていたメイドの一人がヒッと悲鳴をあげた。
だがそんなことは気にもせず、凛は立ち上がるとメイドに近づいた。
「あの、貴女達はさっき森を出たときにも居ましたよね?」
「はい。居りました」
そう答えたのは扉の左側に控えていた、凛より少し背が高い明るい茶髪を後頭部でお団子に纏めた髪型のメイドだった。
二十歳くらいだろうか。二十九歳アラサーの凛よりは明らかに年下であろう彼女は、それを感じさせないほど落ち着いており、背筋を伸ばし凛の目をじっと見つめている。
「さっき、私達が黄泉の森?だったかな?そこから出てきたときは明らかに午前中みたいな明るさだったのに、このお城に移動してから一気に夕方になっちゃってるんですけど、どうしてですか?だいぶ時間が経過しているように感じるんですが」
「…それは、リスティアが夜の都だからです」
「夜の都?」
「黄泉の森付近とここリスティアでは日照時間が違うのです。黄泉の森内部は特殊な場所なので時間経過が違うようですが、私たちの待機していた出入口では日の出から日の入りまでおおよそ十二時間ありますが、リスティアでは約六時間程ですね」
「えええっ!?」
「…ですので、黄泉の森では真昼でも、リスティアではすでにその時間は夕方で、その分夜はとても長い…そのためリスティアは夜の都と呼ばれているのです」
「ちなみに、一日の時間は?」
「一日は二十四時間ですね」
「…そこは一緒なんだ」
ほーっと凛が感心していると、メイドは小さく息を吐いた。
心なしか肩の力が抜けたような、そんな印象を凛は受けた。
「もうひとつ質問してもいいですか?」
「私がお答えできることでしたら」
「森を出てから今の時間まで何時間くらいたってるかわかります?」
「あっ、それでしたら」
もう一人の、扉の右側に控えているメイドが声をあげた。先ほど凛の挙動に悲鳴をあげた方だ。
そのメイドは深緑色の髪をひとつに三つ編みにして片方の肩から流し黒縁の眼鏡をかけている。
お団子のメイドに比べるととても大人しそうな印象を受けた。
そのメイドが右手の人差し指を立てくるっと一回転させると、指先にピンポン玉程の淡く光る球体が現れた。
「な、なにそれっ?!」
「っぴゃあああ?!?!」
思わず飛びかかるように近づいてしまったためにメイドは壁に思い切り背中をぶつけるように後退した。
それと同時に浮かび上がっていた球体も消えた。
「っご、ごめんなさい!気になっちゃって!」
凛は一歩下がると頭を下げた。
その時チラリとメイドを見たが、顔は恐怖にひきつり涙目になっているのが分かった。
一体なぜだか分からないが、凛はここの世界の人達に怯えられているような、恐れられているようなそんな雰囲気を感じ取っていた。
(分かっていたのに…慎重にしてたはずなのに。急に近付いたら誰だって怖がるし当然よね)
凛は自分の思慮の浅さに辟易した。
「…メアリ」
横からはぁっというため息と共にお団子のメイドが声をかけた。
メアリというのは、この三つ編み眼鏡のメイドの名前だろうか。
ピクリと肩を震わせ我に帰ったメイドが深々と頭を下げた。
「もっ、もっ、申し訳ありません!リン様!たたた大変な失礼を…!!ど、どどど、どうか、お許しくださいませ!!」
何度も何度も激しく頭を上下させ、挙げ句の果てには膝を地面につき土下座の姿勢をとり始めた。
「いっ、いいえ!気にしてません!むしろ、私の方こそ突然迫ったりしてごめんなさい!」
尚も頭を激しく上下させていたメイドの肩を掴むとそっと立たせる。
あくまで優しくしたつもりだがメイドはやはり恐怖を感じたのか体が小刻みに震えていたが悲鳴はあげなかった。
「ええと…それで、さっきの丸いのはなんですか?あれで時間がわかるんですか?」
「は、はい。これはですね」
また先ほどと同じように人差し指を立てるとくるりと回し、指先に淡く光る球体を出した。
凛は今度こそ動かず、ただその一連動作を凝視した。
日本では。いや、地球ではあり得ないその現象を、この国の人達は平然と使用している。
「魔法…」
「は、はい。…と言いましてもこれは魔法具です…。わ、私の魔力を少し注いで起動させるとその瞬間から映像を記録するのです。しっ、執事長の命で…今回黄泉の森到着時から起動しておりました…。えっ、えと、森を出てから今まで約二時間ほど経過しております…」
凛はチラリと自分の腕時計を確認した。
時計は現在十二時になろうというところだった。
(日本時間計算になっちゃうけど…日の出から日の入りまで約六時間で、今現在夕暮れの空だから…日の出が朝六時だと仮定してお昼の十二時には日が沈んで夜になるのね)
ということは、外は暗いが今はお昼時ということになる。
黄泉の森に到着したのが何時なのか不明だが、すくなくとも二時間は森をさ迷っていた気がする。朝食を飛ばして昼食時になっているせいか、凛は途端に空腹を感じた。
「あ、あの私実は朝ごはんとかなにも食べてなくて…」
「そうでしたか。配慮が至らず申し訳ありません。ではこちらでご用意させていただきますので少々お待ちください」
「ありがとうございます。…えっと…」
凛と目が合うと、茶髪のお団子メイドはスカートの裾を小さくつまみ、頭を下げた。
「大変失礼いたしました。私、リン様の専属侍女を勤めさせいただきます。ルナ・レートと申します」
ルナが頭を下げたのでもう一人のメイドも慌てたようにそれに習った。
「お、同じく専属侍女を勤めさせていただきます!め、メアリ・カルデルですっ!」
「ご丁寧にありがとうございます。リン・イズミです。分からないことばかりですが、よろしくお願いします」
頭を軽く下げた後メイド二人を見ながら優しく微笑むと、ルナとメアリも安心したように微笑んだ。
(笑顔は大事!印象大事!)
凛は社会人時代に拵えた営業スマイルを駆使し、印象改善を心に誓った。