表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その魔王、カリスマ無し~部下の命令無視が酷すぎて父に家出させられました~

作者: 雷翔

 ―――――『聖戦』。

 それは、『勇者』を始めとする人類と『魔王』を始めとする魔族が織りなす、数十年に一度の陣取り合戦。

 世界の中心に聳え立つ世界樹、アトラスの葉が赤く染まるのが開始の合図。


 二百三十八人目となる今代の『勇者』は今、その陣取り合戦に王手をかけていた。

 未だアトラスの葉は赤く染まっていないというのに、突如として始まった『聖戦』において、矢面に立たされたあどけなさの残る少女。『勇者』としてその場に立つ彼女は、ただただ無表情に禍々しい玉座の前に立つ男女を見上げていた。



「もう逃げ場はないぞ、魔王!!貴様の犯した数々の非道、許されるものではない!!」



 少女の周囲を固める仲間の一人、魔道士が叫ぶ。閑散とした玉座のある広間にその叫び声がこだました。

 しかし、魔道士の怒りをふんだんに含んだ怒声を聞いても、玉座の前に立つ男は、くっ…と喉を鳴らして愉快そうに笑う。



「許されるものではない、だと?貴様は誰にものを言っているんだ?魔王とはこの世の絶対王者。故に、魔王の言葉は絶対であり誰の許しも要らん。無論、勇者などと持て囃されるそこの小娘のもな。その他の有象無象など以ての外よ」

「そうね、その通りだわ。しかも、何を勘違いしているのか知らないけれど、逃げ場はないですって?笑わせないでちょうだい。逃げ場がないのはあなた達の方。あなた達の力なんて、魔王にとって取るに足らないものだもの。逃げる必要なんてどこにもないわ」



 嘲る男に続いて、呆れたような表情の女がため息を吐き出す。それを聞いて今度は勇者の仲間、騎士の男が憤慨する。



「そちらこそ何を勘違いしている?!我らがコレー大陸に攻め込んで来た魔族は全て斃した!さらに、我々がこの場に到達するまでにそちらの戦力は大幅に削いだ!その上で我らを斃せると?!強がりも程々にしたらどうだ!?」

「む?……あぁ、アレらのことか。そうだったな、その事に関しては礼を言わねば。アレらは何かと魔王に対して反抗的でな。丁度、目障りに思っていたのだ」



 騎士の言葉に涼しく返す男に、勇者一行は瞠目する。そんな勇者一行を見て、女がまたため息を吐いた。



「嘘でしょう?おかしいとは思わなかったの?」

「何がだ!」

「えぇ〜……考えてもみなさいな。あなた達が斃してきたって言う魔族達。強敵ではあったでしょうけど、いつだって()()()()()()()()()()()()はず」



 女の言葉を聞き、勇者一行の勇者ともう一人以外が息を飲む。女の言う通りなのだ。勇者一行が今まで斃してきた魔族は確かに強敵だった。時には敗れ、撤退することもあった。しかし、最後には必ず勝ってきたのだ。「正義は必ず勝つのだ」と仲間と共に笑い合ってきた。

 だがしかし、冷静に考えてみればおかしな話である。まだあどけなさの抜けない少女とは言え勇者は勇者だ。旅の途中で『勇者の力』にも目覚めた。

 もし本当に勇者を斃すつもりでいるのならば、まだ少女が勇者としての力に目覚める前に最大戦力で叩き潰して仕舞えば良い。わざわざ成長を促すように、勇者一行が斃すことができる魔族を配置する必要はないのだ。

 つまり、勇者が力をつけることは魔王側の陣営にとっては好都合であり、勇者一行は魔王の企みにまんまと乗せられてしまったのだ。



「……っ!何が、目的だっ……!」



 自分たちが敵の手のひらの上で転がされていた事に気付いた魔道士がギリギリと歯を食い縛りながら絞り出すように怒鳴る。その怒声に男は困ったように片眉を上げる。



「目的…?それならば先程、礼と共に言っただろう?魔王に対する反乱分子の排除。それを貴様らにはやってもらった」

「なん……だと……!?」

「今代の魔王は平和主義者でな。長きに渡る『聖戦』とか言う無意味な大量虐殺を廃し、魔族と人間の両種族間に和平を結ぼうとされている。

 だが、魔王のそのお考えを理解できん愚者共が猛反発し、勝手に『聖戦』なるものをおっ始め、魔王に楯突いたのだ。

 心優しき魔王はそれでもその愚か者どもをなんとか説得しようとなさったが……奴らめ、全く聞く耳を持たん。

 そこで我らは勇者、貴様を使う事にしたのだ」



 淡々と説明をする男を、勇者はガラス玉のような瞳で見上げる。



「それはあなた達の独断でしょう?そんなことをして、魔王に見限られたらどうするんですか?」



 魔王の住む城に着いてから、一言も話さなかった勇者が口を開く。その重い口から発せられる言葉に、男も女も、ニヤリと笑った。



「そんなの決まってるわ。見限られようが何されようが、わたくし達は魔王に着いて行くだけだもの」

「我らが命、彼の方の悲願の為ならばいつだって捨ててみせよう」



 男女の言葉にあんぐりと口を開ける仲間達に対し、勇者はその瞳をキラキラと輝かせてにんまりと笑みを浮かべる。そうして、まるで探し求めていたものを見つけたような、そんな歓喜に満ちた弾んだ声を出した。



「さすが…!さすがです!!やっと見つけたわ、私の同志!!」

「……え?ゆ、勇者さま……?」

「そうなの、魔王様はとても素晴らしい方なの!!なのに誰にも理解されないんだもの!いい加減、私も頭に来てた!だってこの城の中、魔王様に悪意を持ってる人ばかりなんだもん!!」



 困惑し、思わず己を呼んだ聖女のことなどすっかり無視して勇者は語る。魔王が如何に素晴らしく、そして偉大なのかを。



「魔王様ってこの世の全ての才能を持つ人だと思う!…いいや、才能なんて言葉で片付けたら失礼だね。だって、魔王様はいつだって努力を怠らなかったんだから!!誰に見捨てられようと手を伸ばして、誰に裏切られようと歯を食い縛って前に進み、誰よりも平和を望んで、誰よりも他者を愛した!

 この世で一番の力の持ち主?そんなの、魔王様の付属品だわ!!だって魔王様は力で支配なんてしないもん!そんなのがなくたって自分から命差し出すくらいは普通にやるよね!」



 握りしめた両の手をブンブンと上下に振ってすっかり興奮した勇者が早口で喋る。見たことのない勇者の反応に仲間達には目を瞬かせた。

 玉座の前に立つ男女は、そんな少女を見てスッと目を細め、興奮で顔を赤く染める彼女に一歩、また一歩と近づく。

 男女は勇者の前に立つと、男は勇者の左手を、女は勇者の右手をガッシリと掴んだ。呆けた勇者の仲間達は無視し、勇者と魔族の男女はジッとお互いの目を見て……



「「「同志よ!!」」」



 3人仲良く叫んだ。

 ブンブンを通り越して、ブオンブオンと鳴る程激しい握手をしながら三人は互いの顔を確認して笑う。



「驚いたわ。まさか、人間にわたくし達と同じ気持ちの人がいるだなんて!」

「あぁ、本当に。彼の方はどうも、王としては他者に理解されないらしくてね……君みたいな人に会えて嬉しいよ」

「えぇ!?あんなにステキな人なのに!?」

「そうなの!ありえないわよね!?だけど本当なの!

 今日はあなた達に残りの反乱分子を葬ってもらおうと思っていたから、この城には彼の方に悪意を持ってる人ばかりなのよ。ごめんなさい」

「それでこの城、イヤーな感じがするんですか…わかりました。魔王様に楯突く輩はこの私が薙ぎ払いましょう!『勇者』の名に懸けて誓います!」



 まるで旧知の仲のようにキラキラとした目で語り合う三人が周囲を置き去りにして盛り上がる。互いの手を取り、興奮して話す3人に、つい最近勇者の仲間になった青年が頭の痛いものを見てしまったかのようにこめかみに指を置いた。そうして何かを言おうと口を開いた瞬間、何かに気が付いた3人が示し合わせたかのように一斉に青年の方に振り返って大声を上げた。



「「「これ、人間と魔族の和平ってことになりませんかね!!??」」」

「兄上!」

「お兄さま!」

「お師匠様!!」



 魔族の男女は青年を「兄」と呼び、勇者は「師匠」と呼んだ。そのことに弾かれたように勇者の仲間たちが青年に視線を向ける中、青年は疲れたように項垂れた。そして深呼吸を一つすると3人を見据えて情けない叫び声を出した。



「和平がそんな個人の間で結べるようなものなら、誰も苦労はしません!!」




 *******



「魔王様!南のドランチェット伯爵がコレー大陸へ侵攻を開始しました!」

「東のソファーニュ侯爵も同じく!」

「北では『魔力漏れ』の発症者が見られたそうです!」

「魔王様!」

「魔王様!」


 ・

 ・

 ・


 魔王城と呼ばれる城の中、そこで最も広い執務室で一人の少年が机に突っ伏していた。先ほどまで怒涛の勢いで押し寄せていた兵士は、一人を除いて誰もいない。全身で疲労を表す少年に兵士は苦笑を浮かべながら話しかけた。



「魔王様、お勤めご苦労様です」

「その魔王様っていうのやめてよ、ゲオルグ。今はおれ達しかいないんだから」

「…わかりましたよ、ルキウス様」

「ほんとは様付けもやめてほしいんだけどねー」

「無茶言わないでください。そんなことをすれば妻に愛想つかされてしまいます」

「わかってるよ」



 軽口を叩き合う少年と兵士の間に穏やかな空気が流れる。先ほどまで忙しく指示を出し、書類を捌き、ある種の戦場と化していた執務室とは思えないような穏やかな時間。しかし、それも長くは続かずすぐに終わりを告げた。他でもない、「魔王様」と呼ばれた少年によって。



「おれ、この仕事(まおうさま)向いてないと思うんだ」

「……そんなことは…」

「あるよ、絶対ある。だってさ、今回のこの『聖戦』を始めようって動きだって、人間たちと和平を結んで平和に生きようっておれが言った直後から始まったでしょ?どう考えたっておれへの反発だし…今はまだギリギリ侵攻を防ぎぎれてるけど、こんなことに巻き込んだ人間たちには申し訳ないよ」



 毛先に向かって黄金色に輝く赤髪を揺らして少年はその年に似合わぬ重いため息を零す。外に出ず、執務室に缶詰めになっていることが多い所為で色白な肌は死人のように青白く、さらには目の下にはその肌に似合わぬ真黒な隈が陣取っている。魔族の象徴である、側頭部から前に突き出た黒い角は光の反射によって少しばかり紅く見える。それすらも草臥れた少年と共に見ればくすんでいるようにも見える。

 少年ことルキウス・ギルモワールが王位に就いて早、十二年。前王の身勝手なわがままにより、僅か六つで即位せざるを得なかった彼を生まれた頃より知っている兵士はその様に眉根を寄せる。

 彼―――ゲオルグ・ベルファルドは元は今は亡きルキウスの母―――すなわち前王妃付きの近衛兵であった。しかし、彼女が謎の死を遂げて以来はルキウスの近衛兵として、第二の父としてルキウスを見守ってきた。前王妃より託されたルキウスを目に入れても痛くない程に可愛がってきた彼が今の状態を歯痒く思うのも無理はない。第二の父とは言え、己は一介の近衛兵。玉座に座るルキウスとは戦うものが違いすぎたのだ。



「……ルキウス…この国を、捨てる気はないのか?」



 だが、幾ら戦う場が違うとは言えど、こうも衰弱しきったルキウスは見るに堪えない。母を亡くしてすぐ、悲しむ暇もなく国を背負わされ、陰謀渦巻く戦場に投げ込まれた幼子は十二年の歳月の間にあまりに傷つきすぎていた。亡き母の夢を、己の理想を口にすれば嫌悪され、それを実現するべく奔走すれば刃を向けられる。

 ――――――もう、限界だ。これ以上、ルキウスを玉座(そこ)に置いてはいけない。

 傷つきすぎて、下手くそな作り笑いすらも見せる余裕がないルキウスを見てゲオルグは拳をきつく握りしめる。そんなゲオルグにルキウスは困ったように笑った。



「おれ、この国が大好きなんだ。見てよ、これ。この間、西の町で起こった『魔素噴出』。その時のお礼の手紙」

「……あれは、お前がわざわざ出向くようなものじゃなかっただろう」

「しょうがないよ。みんな忙しくて他に行ける人がいなかったんだから」

「そんなの、お前に対する嫌がらせに決まってるだろう!!お前を()()()()()で亡き者にした後で…」

「それ以上は言うべきじゃないよ、()()()



 ルキウスの言葉にゲオルグはハッとする。言いようのない焦燥感に駆られ、いつの間にやら幼い頃のように『父』としての言葉になっていた。唇を噛み、悔しさを滲ませながらゲオルグは深く頭を下げて謝罪を口にする。ルキウスはそれを悲しそうに見つめながら、気にしないで、と声を出す。



「とにかく、この国を捨てる気はないよ。もうすぐアルに王位を譲ることになってもね」

「……は?」

「最初から決まってたんだ。おれは弟の…アルジャーノンの成人までの繋ぎの『王』。最初から王位継承権はなかったんだってさ」



 ヒクリ、とゲオルグの口元が引き攣る。度し難い怒りが腹の底から湧き上がり、今すぐにでも城内を暴れまわりたい衝動が沸々と湧き上がる。それを己の太ももを抓って律し、努めて明るい声でルキウスに問いかける。



「…ルキウス様。私の聞き間違えでしょうか?今、ルキウス様に王位継承権がないのだと聞こえたのですが」

「聞き間違いじゃないよ。母上の子であるおれに王位継承権は存在しない。それでも一時は玉座に座ることを許してやるって、父上―――前国王陛下に言われたよ」



 諦めたようなそんな顔で未だ減ることのない、執務机の横に山のように積み上げられた書類に手を伸ばし、休憩は終わりだ、と態度で表すルキウス。その様とその言葉に、ゲオルグの中の何かがプツン、と切れた。



「ルキウス、家出するぞ」

「………なんだって?」



 そこからは早かった。ゲオルグが城の中の数少ない味方達に手を回し、逃走経路を確保。侍女に話をすれば待ってましたとばかりに既に纏められている荷物を満面の笑みで渡され、文官に話せばサムズアップと共に書類の山を崩し始めた。訳も分からぬままローブで顔を隠したルキウスはゲオルグに手を引かれ、海を渡ってコレー大陸で一番大きな山の麓にある小さな村にたどり着いた。そこで待っていたゲオルグの妻、アネットと五歳になったばかりの息子、スタンは何も言わずにルキウスを受け入れ、ルキウスは「ルカ」と名前を変えて人間に化けて暮らすことになった。半ば現実逃避気味にその生活を楽しみ始めたルキウスは知らなかった。

 そこで近い将来、『勇者』と呼ばれる少女が生まれたことを。

『勇者』から「師匠」と慕われ、知らず知らずのうちに『勇者』を立派な戦士に育て上げてしまうことを。

 なぜか勇者の仲間として生まれ育った城に帰還することを。



「――――うん、山の麓って空気がおいしい!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ