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幕間劇Ⅰ《情報屋は、かく語りき》《エインハルドとミノリナ》

閑話(かんわ)()(いち) 《情報屋は、かく語りき》


 ──時は、まだ魔獣が討伐(とうばつ)される前、オルティオが出立(しゅったつ)の準備に自室に戻っている頃。

 ──仕事の仲介(ちゅうかい)も終えたカルベリが、そっと家から去ろうとした後ろ姿に声がかかる。



 ん? ワイに質問? ええで、ええで。金払ってくれたら何でも話すで。


 いやいやいや、冗談やがな。ワイかて、べつに世間話くらいで金や取らへん。さすがお姫様やで。


 そんで何や? ワイとオルティオの関係?

 さっきも言うたけど、ただの幼馴染(おさななじみ)やで。


 せやなぁ、あいつがこっちに来てからやから、だいたい十二年くらいになるか。

 年はワイが十九で、あいつが十七になったばかりや。


 そゆことやね、十七引く十二で、あいつは五歳のときに流れてきたんや。

 きしし。さすがはお姫様、計算が早いなぁ。


 ちょっと、モーラはん! ほないに睨まんといてや。ちょっとしたおどけやないの。

 ま、とりあえず話を戻せばやな。あいつと出会って十二年、人種は違えど仲良うしてきたつもりや。

 あいつとマリばあがここに流れてきて、二人で生活し始めて──って、マリばあ?

 あぁ、マリシアいうばあちゃんのことやで。

 あいつと血はつながってないけど、ほんまのばあさんと(まご)って感じやったな。

 だれにでも厳しいけど、だれにでも優しい、ほんまええ人やったで。


 ……せやな、もう死んでる。たしか四年前やったな、死んだんは。

 心臓の病やった。初めは胸を押さえて苦しむことも多かったけど、最後は安らかなもんやった。


 墓? あぁ、墓なら近くの共同墓地にあるで。場所やったら、また教えたるわ。金はいらんで。


 ただ、あいつにとっては親より長い付き合いやったから、死んですぐはかなり落ち込んでたな。

 今でこそ不愛想ながら他人とちゃんと接してるけど、当時は押し黙った根暗(ねくら)やったわ。

 あんまり人と深く付き合おうとせんのも、あの人が死んだんが影響してるんやろな。

 ま、ほんまのところは本人に聞いてみてや。ワイからは何とも言えん。


 せやけど、そんなやつの家に姫様が住むなんてなんの因果(いんが)やろな。

 正直言うて、なんか(こわ)なるわ。


 出生(しゅっせい)? あかんあかん、それはワイから教えられへんわ。

 ワイかてくさっても情報屋名乗ってるんや、これ以上はお金取ってまうでぇ。

 って言うても、正直あんたならもうだいたいの想像はついてるやろ、あいつの出生くらい。


 ほなけど、まぁ、ここに流れてくるやつにフツーのヤツがおらんのは確かやで。

 元は名のある貴族だったやつもおれば、財政官だったやつもいてる。それに元皇威貴士(こういきし)やっておるし。

 きしし。多士済々(たしさいさい)や、あんたを含めてな。


 ワイか? ちゃうちゃう、ワイはただの原住民の子孫や。何代目かなんて知らんけど。

 ほら、ここは罪人と魔人の街ラ・スヴァルカやで。罪人も魔人も仲良しさんや。

 お互いに多少の偏見はあっても、虐げられとるもん同士、仲良う手を取り合わんと生きていけん。

 あんたらのおったシルドネア大陸とはぜんぜん違う。

 もちろん、向かいにあるワルキアナ大陸ともぜんぜん違う世界観や。

 ここギルツィア島は、二つの間に挟まれてそれなりに特別な文化を持ってるっちゅうこっちゃ。


 はい? このしゃべりか? これは、あっちの大陸の北の方の(なま)りや。

 っちゅうても、実はワイは生粋のギルツィア生まれのギルツィア育ちなんやけどな。

 ただ単に親のしゃべりがうつってもうてるだけやねん。

 たぶん先祖さかのぼっていったら、そこいら出身なんやろうな。


 お、そろそろ、救世主様のご準備が終わったみたいやで。

 ほんなら小言を言われる前に退散するさかい、オルテにもよろしゅう言うといて。


 せやね、次に何か聞かれたときは仕事の時や。お金を準備しといてや。

 ほな、また……。




閑話(かんわ)()() 《エインハルドとミノリナ》


 街中に鳴り響いていた警鐘(けいしょう)がようやく止み、二人だけの部屋に静けさが戻ってきた。

 外では「なんだ、なんだ」と次第に喧騒(けんそう)が広がっている。


「おじいちゃん、逃げなくて大丈夫なの?」


 寝床の上で布団を抱き寄せるように(ちぢ)こまっていた少女が、窓外(そうがい)を眺める祖父にたずねた。


「……あぁ、大丈夫だ。どうせあいつがどうにかしてくれる」


 部屋に視線を戻した老人の顔はやわらかく笑っていた。不安げな少女を安心させるように。


「あいつって、オルテさん?」

「そう、オルテだ。大事(おおごと)になりそうなら、あいつが動いてくれる。いつもみたいにな」

「ミノは戦うオルテさん見たことないけど、やっぱりすごく強いんだね」

「そうだよ、あいつは悲しいかな、強い。本当に、かなしいかな、な……」


 そう言った祖父の顔が言葉どおりに悲しげで、言葉の真意はわからずとも少女も悲しい気持ちになる。

 悲しいと(しょう)されてしまう強さを持った少年を、少女は知っている。

 自分と一つか二つしか違わないはずのその人が、そんな強さを持って戦場で戦っているという。

 片や自分はと言えば、うす暗い部屋の中で縮こまり、嵐が過ぎ去るのを待つばかり。

 だれかに頼られる彼と、だれかを頼っている自分。

 どれだけ手を伸ばしても、差しだされる手がなければ届くはずのない距離がそこにはあった。


「ほら、そんなことよりもお薬を飲もうか、ミノリナ」


 年老いても筋肉質でごつごつとした指につままれた小瓶が、少女にそっと差しだされた。

 魔素薬(まそやく)──と、少年は言っているが、老人にはその中身がどのようなものか、よくわかっていない。

 ただ、中身などわからなくとも、それが目の前の少女に必要なものであることは十分にわかっていた。

 ワルキアナ大陸に比べ魔素濃度の低いギルツィア島で彼女が生きるにはこれが必要なのだ、と。


「ありがとう、おじいちゃん」


 感謝の言葉と共に差しだした少女の手は、老人のそれと違い、薄い青色の(うろこ)(おお)われている。

 そして、微笑をうかべたその顔から目線を上げれば、二本の美しい角も生えている。

 言わずもがな──少女は、魔人である。


「ねぇ、この警戒が解けたら、今日は外に出たいな。だめ?」


 飲み干した小瓶を受け取った老人は、すこし(しぶ)そうな顔をつくる。


「それはまぁ体調と相談だが、何をしに外へ出たいんだ?」

「えっとね、オルテさんに何かおかえしをあげたいなって思って」

「おかえし?」

「そう、おかえし。いつも街を救ってくれて。私にお薬まで作ってくれて」

「あいつは見返りなんざ求めとらんと思うが……」

「ううん、おかえしは求める求めないじゃなくて、あげたいって気持ちだよ、おじいちゃん」


 白髪の間からのぞく赤い目が、懇願(こんがん)するようにじっと老人の目を見つめる。

 いつもの申し訳なさげに伏し目がちなものではない、意思を持ったまっすぐな視線。

 少女にそのような目を向けられては、さしもの屈強(くっきょう)な老人も(あらが)いようがない。


「わかった。しばらくして体調が良ければ外へ出よう」

「ほんと?」

「あぁ、ただしワシも一緒についていく」

「えぇぇ、ミノ一人で大丈夫だよ。おじいちゃん、心配しすぎ」

「いかん。お前が外に出るのは久しぶりだろう。何かがあってからでは遅い」

「ミノだってもう少しで十五歳になるし、純人で言えば成人だよ? ほんと心配しすぎだよ」


 ぷくりと頬をふくらませて抗議する少女だが、老人は首を振るだけで応じるつもりはなかった。

 結局は、ため息とともに「わかった」と少女が折れた。


「でも、いいの? 最近、おじいちゃん忙しいんじゃないの?」


 ここ数日、老人を訪ねてくる者が日増しに多くなっていた。

 少し前までは家の戸が一度も叩かれず一日を終えることなんて普通だったというのに、今はそんな日がない。

 訪ねてくるのは、強面(こわもて)頑強(がんきょう)な人だったり、反対に理知(りち)的で貴族のような風貌(ふうぼう)をした人だったり。

 そんな訪問客に対して老人は、戸口(とぐち)で簡単に応対したり、ときに家を出てはしばらく話し込んだりと、少女から見ても何やら立て込んでいる様子に見えた。

 詳しくこそ知らないが、昔は老人が大陸で有名な人だったことくらいは、少女も知っていた。

 それゆえ、きっと何か大きな仕事の話が老人のもとに来ているのだろうとそう思った。

 そして、それと同時に何か言葉にならない不安の種を心に植えつけもした。


「大丈夫だよ、何もない」

「でも……」

「ミノリナ。お前が気にする必要はないんだ。大丈夫」


 そう言った老人の表情はどこまでも力強くて、少女の続く言葉は(つむ)がれずに飲みこまれた。

 ──と、ちょうどそのとき、家の扉がコツコツコツと叩かれた。

 老人の重いため息がもれた。少女が不安げに老人を見つめ、自分も寝床から起き上がろうとする。

 けれど、老人はそんな少女の頭に手をのせて優しくなでて押しとどめると、一人で部屋を出た。


「すまん、ミノリナ。すこし客と話すことがあるから、出かけるのは帰ってからにしよう」


 しばらくして顔を出した老人が申し訳なさそうに眉を寄せて謝罪する。

 少女はちいさくうなずいて老人を送り出す。

 しかし、心にあった不安の種が少しずつふくらんでいくように思えた。

 ──私は、おじいちゃんの方が心配だよ。

 少女がさっき飲みこんだ言葉が、彼女の心をきゅっと締めつけた。


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