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第二話③ 魔法使いオルティオ(後編)

 ほんとうに、なんて(いや)しい炎なんだろう──オルティオは、ぼんやりと胸中(きょうちゅう)でつぶやく。


 眼前には、少し前まで生物だったものの()れの果て。

 荒野に横たわる巨大な魔獣の死骸(しがい)は、まだ白い炎にまとわれていた。

 動かぬそれは黒く木炭(もくたん)のように焼かれ、灰となればたちまちに風に舞った。

 貪欲(どんよく)に周囲の魔素を喰らいつづけ、万物(ばんぶつ)を燃やさんとする異形(いぎょう)白炎(びゃくえん)

 それは、まるで()えた野良犬のように見境もなく、ただ(いたずら)に世界を焼いていく。

 何人(なにびと)かが(いわ)く、それは魔法の域からも逸脱(いつだつ)した、人知外(じんちがい)の呪われた奇跡だ、と。

 呪われた奇跡──そんなものを操る自分は、はたして奇跡に呪われているのだろうか。

 奇跡という名の特別な力が、呪いの連鎖(れんさ)となって自らの首につなげられているのだろうか。

 だが、それを(いと)うつもりはなかった。

 この呪いと呼ばれる力は、すでに自分の存在証明になっている。

 なにより、亡き母から()いだ力を否定することなどできようはずもない。

 周囲からどれだけ畏怖(いふ)され敬遠(けいえん)されようが、それは揺るがない信念である。

 たとえ、そんな嫌悪(けんお)された者たちから利用されようと、その点はかわらない。

 他者から必要とされる力であるのなら、この力にも意味はあるのだと思いたいのかもしれない。

 その結果が母の辿(たど)った末路だったとしても……。


「オルティオ、もう大丈夫か?」


 後方、離れた場所からケイロンの大声がする。


「……あぁ、魔獣自体はすでに死んでる。問題ない」

「近づいても大丈夫なのか?」

「そうだな。炎にあまり近づきすぎなければ大丈夫だ」

「承知した!」


 荒んだ大地にひびく溌剌(はつらつ)とした声は、ともすれば場違いである。

 けれど、それゆえに感傷に浸りそうな心をすくい上げてくれた気がした。


「しかし、あらためて思うが、お前の力はすごいなぁ」


 と、ケイロンがオルティオの少し後ろまでやってきてつぶやいた。

 その声には、たしかに心からの感嘆(かんたん)の色がにじんでいた。


「この白い火が、いわゆる《白炎禍(びゃくえんか)》っていう魔法なんだろう?」

「……正確には魔法じゃないが、あんたにはまぁ魔法と言っておいても変わらんだろうな」

「──? 初めに前足を爆発させたのも同じ魔法なんじゃないのか?」


 オルティオは先の戦闘を思い返してみる。

 おそらくケイロンの言う爆発とは、攻撃してきた魔獣の鉤爪(がきづめ)を爆砕したことをいうのだろう。

 始めから衛兵たちを遠くへ下がらせていたため、一人で魔獣の前に出たオルティオは遠慮なく戦った。

 襲撃してきた魔獣の前腕を魔法で爆発させ、そして、敵に向けて《白炎禍》を発動させる。

 あとはどんどんと弱っていく魔獣を前に、ただただ相手が焼き尽くされるのを待つだけ。

 言葉にすれば、たったそれだけのこと。まさに、それだけ。

 それだけのことで、見上げるほどに大きな魔獣が、蹂躙(じゅうりん)されるように地に伏した。

 はたしてこれを戦闘と呼んでよいのかはわからないが、勝敗は決した。


「あれは、ただの爆発を起こす魔法。あんたの言う《白炎禍》とは別だよ」

「ほう。それじゃあ、あの爆発魔法で敵を退けて、白い炎で焼いたわけだな」

「ご名答。この炎に焼かれて魔獣が急激に弱ったってわけだ」


 そう言って眼前でまだ燃えつづける白炎をオルティオはあごで()した。


「魔素を喰う炎だったか。すごいものだな、本当に」

「すごい……か。たしかに、すごいと言えばすごいのかな」

「ところで、魔法と違うような言い方をしていたが、どういう意味なんだ?」


 先ほどのオルティオの発言から、素朴な疑問を持っていたケイロンが言葉にした。

 何をどこまで話せばいいのか、オルティオはケイロンの顔を見つつしばし考えた。


「知ってのとおり、魔法は自身に貯えている魔素を魔力として利用して世界に干渉する力だろう? だが、この《白炎禍》ってのは、その魔素を問答無用に魔力として外的に燃やし尽くしている」

「うむ、知ってのとおりでもないが、つまりどういうことだ?」

「つまり、魔素を魔力に変換する工程なく、魔素を魔力として直接燃やしているってことだ」

「おぉ、なるほど。魔法としての過程がないから、魔法とは言えないということだな」


 合点がいったことを体で表すように、目を大きく開けて手を打ったケイロン。


「うむ……待て、ということは、魔素が多ければ多いほど燃やされるということじゃないか」

「ほぅ、ご名答。ケイロン、あんたにしては鋭いじゃないか」

「そうだろう。今日はなかなかに()えている」


 小馬鹿にされたような発言を気にもかけず、素直に称賛(しょうさん)と取るケイロンにオルティオは苦笑する。


「そういう意味で、魔素を多く持った強敵とされるやつらこそ、この白炎の一番の標的となる」


 その言葉とともにオルティオは前方に拳をつきだし、そして、それをぱっと開く。

 刹那(せつな)──眼前にあったはずの魔獣の死体が、爆散した。

 爆発により花咲くように散る灰となった残滓(ざんし)が、最後までまとわりつく炎に焼かれて消えた。


「どおりでお前が魔獣に対しておかしいぐらいに強いわけだな。まさに魔獣や魔法師どもにとって、オルティオは天敵というやつだ」

「はは。嫌われ者の間違いだろ」


 後方で待機していた衛兵たちの安堵(あんど)の息が、脅威(きょうい)の消滅とともにもれ出た。

 ただ一概に、その安堵は魔獣という脅威の消滅によるものだけでもないのだろうが。


「ところで、今日はやけに話しかけてくるがどうしたんだ?」


 帰りの獣車(じゅうしゃ)に向かって歩き出しながら、ふと不思議に思っていたことオルティオは問うた。


「ん? なんとなくだな。お前が客人どころか、女子供をあんな場所に連れてくるなんて初めてのことだったから、あらためてお前というやつに興味を持ったというところだ」

「……いらぬ興味を持たれたものだ」

「はははっ! 口が悪いのは相変(あいか)わらずか!」


 バシッと肩を平手打ちしてきたケイロンに、今日で何度目だと抗議の目をオルティオは向ける。

 どうにも現場で荒事(あらごと)をしている連中は、身内とみれば激しい当たりがあるように思えてならない。


「だが、今日のお前が話しやすく思えたのも事実だ」

「どういうことだよ」

「さぁな。良い意味で、変わったということだろう」


 そう言い残すと、もう一度オルティオの肩をポンと叩いて、ケイロンは部下たちのもとに駆けだした。

 一度目の平手打ちより弱いはずなのに、二度目の手のひらの方がなぜか妙な痛痒(いたがゆ)さを肩に残した。


「……なにが、良い意味で、だよ」


 呆れるように大きくため息を吐いたオルティオは、街に戻るため、獣車に向けてまた歩き出した。



   * * *



「おつかれさま。大儀であったの」


 門扉(もんぴ)を抜けて衛兵詰め所前で獣車から降りたオルティオを、コネリの笑顔が出迎えた。

 モーラはといえば、あいかわらず他人行儀にそっとコネリのとなりに控えている。

 出迎えられた気恥ずかしさもあり、小さくうなずきで返したオルティオは無言で帰路につく。

 その後ろをとてとてと小走りでコネリがついてきた。


「先の戦い、ここから見させてもらった。オルティオ殿は本当に強いの」


 すこし興奮したような口ぶりだったが、どこか(かげ)りのある様子を見せるコネリ。

 圧倒的なまでに魔獣を蹂躙する力。

 未知にして異形の白い炎。

 この姫様がおそらく初めて見るだろう実戦が、戦いとも呼べぬものだったのだ。

 その力を持つ者が目の前にいれば、当然恐れを抱いても仕方がない。

 それは、オルティオが何度も見てきた光景である。だが……。


「そなたに、こう伝えてよいのかわからぬが……」


 しばしの逡巡(しゅんじゅん)を見せながらも、コネリはその思いを口にする。


「あの白い炎は、美しかった」


 思わぬ言葉に、オルティオは歩みを止めて、相手の顔をまじまじと見た。


「……うつくしい?」

「そう、美しかった。そして、そこに温かさを見た気さえする」


 うまく理解できなかった。

 あんなものを美しいと形容されたことがなかったから。


「それは、お前が何も知らないからだ……」

「そうだの。きっとわらわが何も知らぬから、そのようなことを言えるのだろう」


 そう言ったコネリは(さび)しそうに口辺を上げて小さく笑った。


「しかしの、今日初めて《白炎禍》を見て、美しいと感じたことは、本当なのだ。そなたの気持ちに沿()うた表現ではないのだろうが、その思いだけは伝えたかったのだ」

「……お前、この《白炎禍》を知っているのか」

「これでも皇女をしておった身での。知らぬことも多いが、知っておることもある」

「それじゃあ、母さんのことも──」


 そこまでを言ってコネリに伸ばしかけた手の間に、すばやくモーラが割って入りにらみつけた。


「残念ながら、お会いしたことはない。けれど、(ぞん)じ上げておる」


 間に立つモーラをよけて、コネリはそっと伸ばされたオルティオの手に自分の手を重ねた。


「今はまだ、そなたに話しうることかわからぬゆえ言葉にできぬが、いずれわらわの知ることをそなたにお伝えできればと思う。もうしばらく待ってはくれぬか」


 (よわい)十二の少女とは思えない無償の慈しみの笑みに、オルティオは答える言葉も出ず手を下げた。

 コネリの眉があいまいな陰りとなり少しばかり(ゆが)むも、その次の瞬間には消えていた。

 家路に向かって数歩進んだ少女は、くるりとその場で回り、戦場より帰還した青年を正面に見る。


「そなたにかけるべき言葉を忘れておった!」


 またコネリの表情には笑顔が戻っている。


「おかえりなさい、オルティオ殿」


 開きかけた口を一度閉じ、そしてため息と苦笑をもらしたオルティオはコネリを見た。


「……あぁ、ただいま」


 そうして、また彼らは家路を歩き始めた。

 お久しぶりとなります。卯月之蛙です。

 『夢と空と、魔法使いと流され姫』も第二話がこれにて終了となります。

 ここまで思いのほか時間をかけてしまいましたが、どうにか書きつづけられております。

 なによりブックマークをしてくださる方がいらっしゃり、そのことがどうにか執筆意欲をつなぐ原動力となりました。本当にありがとうござます。

 次話は、元皇女コネリを中心とした話となる予定です。まだまだ世界観を表現しきれておらず、お読みいただいた方もとまどいが多々あることと思いますので、どこかで閑話を設けて世界観等を表現する場面を作りたいなとも考えています。

 今後も引き続き鋭意努力してまいります、どうかよろしくお願いします。

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