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第一話② 出会いはいつも唐突で(後編)

「……ほんに久しいが、息災(そくさい)ないようでなによりだ、エインハルドよ」


 くつろいだ様子で椅子に座り、エインハルドに笑いかけたコネリ。

 ノレンディに通された部屋で、コネリとエインハルド、そしてオルティオがテーブルを囲む。

 モーラはといえば、店の給仕(きゅうじ)に代わり部屋まで料理を運ぶ役をかってでて不在である。


「シュリ──いえ、コネリ様は以前にも増して美しくなられ、目をみはるばかりです」

「そなたに似合わぬ世辞(せじ)などよい。ここ数年でたいした成長などしておらんしの」


 コネリの前に座るエインハルドは、孫ほど年の離れた少女に対し、やはり恭順(きょうじゅん)な姿勢をくずさない。

 それはテーブルを同じくすることにすら彼女の命令という形なくして実現しないほど。


「……さて、そなたとは初対面となるが、改めて名乗ろう。わらわの名は、コネリという。本日より、この地にて暮らすことになるゆえ、以後よしなにしてくれれば助かる」


 対面するオルティオに視線を向けてコネリが微笑みながら名乗るも、対するオルティオは不服そうな顔つきでひじをついたまま口を開けない。

 すかさずエインハルドの平手が頭を打ち、しぶしぶといった様子で口を開くオルティオ。


「べつにもう聞くまでもないけど、あんた、マイネリッテ皇国のお姫さんなんだろ?」


 その口の利き方にまたエインハルドの手が飛びそうになるも、それをコネリが制するように口を開く。


「そなたの言うとおり、わらわは皇国第五皇女──シュリエラ=C=マイネリッテ、だった者だ。しかし、それはあくまでも過去のこと、今はコネリというただの罪人に過ぎん」


「罪人というが、あんたの首には刻印がないように見えるが?」


 流罪となった者の首には、罪人の証として焼き印が押されることになる。

 いわく、首を落とす代わりに首への刻印がなされると言われているが、結局のところ罪人であることを周囲に明かすためである。

 当然、流罪人であるオルティオの首にも拭えない印が焼きつけられているが、コネリの白く細い首元にその焼き印は見られない。


「ふむ、刻印(こくいん)は申し訳程度に背に押されておる。わらわは首でも一向にかまわなんだが、どうにも皆にはいらぬ気づかいばかりさせての、結局は人目に触れぬところにと、背に押されてしもうた。もし疑がっておるなら、見せてもよいが?」


 そう言って上着の(すそ)に手をかけようとするコネリ。


「何をおっしゃりますか、コネリ様!」


 給仕代わりに部屋まで食事を運んでいたモーラが、そんなコネリを息まくように止めた。

 そうして割って入ったモーラの首には、コネリと違いしっかりと罪人の刻印が見えていた。


「……本当に焼き印があるかなんてどうでもいい。ただ、あんたが本当に皇女だったとして、どうしてこんなところに来た? なにをやらかした?」


 ほか二人とは違い、一片の敬意も見せず応対するオルティオだが、コネリはまったく気にした風もない。


母御(ははご)を──皇帝を殺そうとしたのだ」


 にらむように眉を寄せるオルティオと、かすかながらまぶたを上げたエインハルド、そして苦々しく噛みしめるようにくちびるを結ぶモーラ──彼女のその言葉への反応は三者三様。


「だがしかし、皇帝を暗殺しようとしたなどという大罪の極致(きょくち)であるにもかかわらず、わらわはこうして生かされておる。それは、ひとえに母御の最後のご慈悲(じひ)にほかならないのだ」


 しかし、その言葉とはうらはらに自嘲と諦観に満ちた表情で、コネリは静かにほほえんだ。

 そんな彼女の表情がその心情を物語るようで、エインハルドとモーラの表情をくもらせる。

 だというのに、周囲の空気など読む気もないのか、オルティオはそこでエールをぐいっと一飲みした。


「そうか。まあ、なんとなく状況は察したけど、結局だれのせいでこんなことになったんだ?」


 そして、ジョッキを置くと臆面(おくめん)なくたずねたオルティオ。

 その言いざまにコネリは始めきょとんとした顔をしたが、すぐに声を出して笑った。


「そなたは道化かうつけか知らんが、面白い御仁よの」


 くつくつと楽しげに笑うコネリの手前あけすけに叱責(しっせき)もできず、エインハルドは引きつった笑みを浮かべた。


「……ふむ、本来ならば、そなたに話すようなことではないのだが」


 そう前置きして語られ始めたのは、血を分けた姉たちによる彼女を(おとし)めるための(はかりごと)について……。

 マイネリッテ皇帝は女系皇族であり、皇女間で皇位継承権(こういけいしょうけん)が争われる。

 そして、皇位継承権は出生順を問わず実力至上主義の下、皇帝の意によって戴冠者(たいかんしゃ)が決められる。

 総じて、皇女を中心に派閥が生まれることとなり、皇宮(こうきゅう)内は権謀術数(けんぼうじゅっすう)の暗躍するところとなる。

 そのような中に生じた皇帝の暗殺計画──コネリは、その首謀者として()らわれてしまう。

 しかし、このとき露見(ろけん)した計画は、あまりにも稚拙(ちせつ)なものだった。

 それゆえ、少しばかり入念な調査をすれば、言われなき汚名を拭うことなど容易だったという。

 だが、コネリはなに一つ弁明することもなく、ただし罪を認めることもなく、罰のみを受け入れた。


「──わらわがあのとき抗弁し、姉御(あねご)らの罪を(あば)いたとして、そこに残るのはますます強まるばかりの怨嗟(えんさ)遺恨(いこん)だったであろう。姉御らと争うことが国のためとなるならばいざ知れず、このような時世に国内の勢力図を分かつような行いをできようか」


 実の姉たちから不実の罪を押しつけられたはずのコネリは、しかしその事実を語りながらどこか晴れやかな表情をしていた。

 そうしてコネリの口から語られる率直(そっちょく)な心情の吐露(とろ)に、モーラはただ目を伏せるばかり。


「……どうしてそんな簡単に諦めた。(うわさ)どおりなら、あんたはそんなに弱いやつじゃないはずだ」


 どうにも合点のいかないといった顔つきでコネリを見つめるオルティオ。

 ギルツィア島に彼女の年より長く暮らす彼ですら、本土にいるコネリ──シュリエラ皇女の不世出(ふせいしゅつ)の才は耳にしていた。

 その才は国事(こくじ)においてのみでなく、軍術や武術、技芸(ぎげい)筆趣(ひっしゅ)など、枚挙(まいきょ)にいとまがないと言われ、まさに鬼才と呼ばれるに(あた)う人物とされる。

 それを知っていたがゆえに、コネリの引き際に疑問を持たざるをえなかったのだ。


「諦めたのではなく、選択をしたまでの話」


 自分に向けられた言葉と視線を前に、コネリは小さくほほえむ。


「そなたも、わらわのことを買いかぶりすぎておる。わらわとて、家族を愛する一人の乙女にすぎん」


「違うな。あんたの口ぶりじゃあ、家族というより国を愛する、だろ?」


「国を守ることは民を守ること。皇女にとって民は愛すべき家族にほかならんからの」


「ああ言えばこう言う。ほんとにいけ()かないガキだな」


「ふふ、ほめ言葉と受け取っておこう」


 くすくすと笑うコネリと、不満げにジョッキをあおったオルティオ。

 エインハルドはといえば、オルティオの不敬(ふけい)さを正すこともついに諦めたのか、苦笑しながら二人の姿を眺めていた。

 そうしてコネリとオルティオが話しているうちに、テーブルには料理や飲み物が並べられていた。


「して、久方(ひさかた)ぶりの温かな食事であるが、どれもかしこも名も食材もわからぬ物ばかりだの」

「それは──」


 配膳を前に毒見(どくみ)をしたモーラが料理について説明しようとその一歩を前にふみだした。

 だが、それをさえぎるようにオルティオが皿に手を伸ばした。


「べつに名前なんてわからなくても食べられたらそれでいいだろ」


 そう言って燻製(くんせい)肉の薄切りを一切れ指でつまみ、それをひょいっと口へ放りこんだ。指をなめるその顔は、なぜだかしたり顔。

 するどい視線でオルティオをにらむモーラに反し、コネリはオルティオの真似(まね)をして指で燻製肉をつまむとぱくりと口に入れる。その姿に当然ながら呆然としたモーラ。


「……ふむ、すこし塩気が濃くて臭いも強いが、なかなかに面白い味だの」


 そうして指をぺろりとなめてみせるしたり顔のコネリを見て、オルティオは眉を上げてかるく笑った。

 その横でモーラは取り分けるためのスプーンやフォークをぎゅっとにぎりしめた。


「モーラよ。あいつはやりすぎだが、たしかにお前も少し肩の力を抜くべきときなのかもしれんな」


「エインハルド様まで、何をおっしゃいますか」


 エインハルドの発言に、心外を顔に書いたようなモーラが応じる。


「残念だが、ここはもう皇宮の中じゃない。ラ・スヴァルカ──ギルツィア島の、しかも罪人街だ。こんな場所に来てまで姫様の自由をはばむ路傍(ろぼう)の石になりたくはなかろう」


「しかし、それとこれとは──」


「お前もあのお姿を見て思うところがあろう。あのようなに笑われたところを、宮中で見てきたか?」


 食事の礼節など捨て置いたオルティオと、それを真似ては茶化され笑うコネリの姿は、まるで年相応の少女のようにさえ見える。

 しばしモーラは口の結んでそんな光景をじっと眺める。湧きあがる何かを飲み込もうとするかのように。

 そんな従者の逡巡(しゅんじゅん)を見て小さく笑ったエインハルドは手にしていたジョッキを一気にあおった。


「──と、そうだ、エインハルドよ。そなたに相談事(そうだんごと)があったのだ」


 食事の手を止めて、コネリがエインハルドを見た。


「今この街に自由にできる貸し住居のようなものはないかの? わらわとモーラの二人が暮らせる程度の、ほんに小さな部屋が一つあればよいのだが」


「うぅむ……この時期に空きの住居となりますとなかなか無いものでして、しばし考える時間を」


「この時期というのは?」


「こうして寒くなってくると出稼ぎの鉱夫が街に住み込みでやってくんだよ。だから、どこの宿も貸家(かしや)もいっぱいになる」


 自分でエールのおかわりを取ってきたオルティオが席につきながら投げやりに答えた。


「ほぅ、なるほど。たしかにギルツィア島には優良な採掘場があったの。寒冷期ゆえに鉱山仕事のやりどきということか」


 ふむふむと納得してうなずくコネリだったが、少しばかり眉を寄せて困り顔をした。


「最悪となれば野宿も考えねばならんが、どこか安全なところはないかの?」


「コネリ様、何をおっしゃられますか、野宿などもってのほかです!」


「これ、そうムキにならんでもよい。最悪の場合の話であろう」


「最悪の話でも、支払いに糸目をつけずどこの宿でも家でも借り受ければよいのです」


 コネリの身を案じるほどに躍起(やっき)になるモーラの圧力にたじたじとなるコネリと、そんな様子を対岸(たいがん)の火事と楽しげに眺めやるオルティオ。

 そこに、納得顔のエインハルドが重たい音をたててひざを打った。


「おい、オルテ! お前の家があるじゃないか!」


「はいっ!? なに言ってんだ、じいさん?」


 唐突に話題の中心に引きずり出されたオルティオは、当惑のあまり前のめりになる。


「お前の家は、もともと二人住まいだったんだ、部屋の一つや二つ空いてるだろう?」


「んなこというなら、あんたのとこに住まわせりゃいいだろ。あんたらは知らない仲じゃないんだ」


「ワシのところには、あの子がおる。コネリ様のお心をわずらわせたくない」


 病床(びょうしょう)()すミノリナを出されると、オルティオも開きかけた口を閉じざるをえない。

 とはいえ、一度は口を閉じたオルティオだったが、それでもなお食い下がるように声を上げた。


「しかしだ、それならわざわざオレのところじゃなくてもいいだろ? 独り身の男のところにそんな大そうな身分の女を置くほうがどうかしている」


「阿呆か。この地を知らぬ細腕の女方(おんなかた)二人を、事情も知らぬ者に預けるなど、それこそどうかしている」


「じいさん。オレだって、こいつらのこと何も知らない。何かあってからじゃ遅いだろ」


「大丈夫だ。もしお前にゆだねて何かあれば、ワシがお前をどうにかするから問題ない。だからこそ、顔の知れたオルテに任せるのが一番いい」


「……それ、ただのおどしじゃないか」


 いじわるく歯を見せて笑うエインハルドに対して、オルティオの顔には不平不満の色しかない。

 だが、その後も必死に抗弁したものの、少年の意見は受け入れられなかった。

 結果的に、(ごう)を煮やした屈強な老人の腕によって身柄を抑えられ、(なかば)ば連行されるような形で店を出たオルティオは、新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)たちを連れて自宅まで引っ張って行かれた……。



   * * *



「……ほんに申し訳ないと思っておる」


 作業台にひじをついて呆然と考えこんでいたオルティオのとなりに、いつしかコネリが立っていた。


「次の定住先が見つかるまでのわずかの間でよい。ご厄介(やっかい)させてほしい」


「いまさら、オレが何を言ってもくつがえるもんじゃないだろ」


 こうしている今も、エインハルドが彼女たちの荷物を屋外から元気に搬入(はんにゅう)しているところである。

 なにがそんなに楽しいのか、その顔はとても()きいきとしていた。


「こうして住まわせてもらうのだ、相応の対価は支払うゆえ」


「そんなことはどうだっていい。ただ面倒ごとだけは持ち込まないでくれ。同じところに住んでいようと、オレはオレ、あんたはあんただ」


「ふむ、承知しておる」


 毅然(きぜん)とうなずくコネリだが、彼女がどう思っていようとも、周囲がそれを承知しているわけではない。

 面倒ごとのかたまりのような存在である少女を前に、オルティオは深くため息をついてしまう。


「今さらではあるのだが、少しよいかの?」


「……なんだよ」


「そなたの名を、わらわは知らんのだ。教えてはくれぬか?」


 コネリのまっすぐな視線を、オルティオはじっと見返した。

 マイネリッテ皇族の証たる銀髪碧眼(ぎんぱつへきがん)をした、年端(としは)もゆかぬ少女。

 そんな少女が、いわれなき罪を背負ってこの地まで流れつき、こうして眼前にいる。

 それは、どこかのだれかと似ているような気がして、彼の頭を痛ませる。


「……オルティオだ。ここで魔法工房をやってる」


 そっぽを向き、投げ出すように答えた言葉は、けれどしっかりと相手へと届いた。


「オルティオか、ひびきの良い名だの」


 彼自身そんなことは初めて言われたが、おそらくこの少女は本心から言っている気がした。


「では改めて名乗ろう。わらわの名は、コネリという。これより短い間だが、よろしく頼む」


 そう言ってにこやかに笑い、コネリの小さな右手が差し出された。

 それを横目に見たオルティオは、少しばかりの逡巡(しゅんじゅん)を見せた後、何も言わず右手を差し出す──そして、大小二つの手が、ぎゅっと握られた。


 ──こうして、魔法使いと流され姫は、その邂逅(かいこう)を果たした。


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