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第一話① 出会いはいつも唐突で(前編)

 どうして、こんな状況になってしまった?

 最近、なにか神の不興(ふきょう)を買うようなことでもしただろうか?

 いや、これが罰だというのなら、この地に流されただけでは(つぐな)いきれていないとでもいうのか?

 おお、なんと神は傲慢(ごうまん)なことか……!


 ──と、いまも混乱の渦中にある頭をかかえ、オルティオは心の中で悲嘆(ひたん)にくれた。


 オルティオが現在いるのは、見慣れた我が家のはずである。

 そう、そのはずなのだが、目の前には見慣れない光景があった。


「男一人が住んでいたにしてはとても綺麗に片づけられておる、感心だの」


 見慣れない光景一号、少女コネリが、仕事場を物色しつつ楽しげな声をあげた。


「コネリ様、汚らしくはありますが、どうにか雨露(あまつゆ)がしのげる程度には上階も使用できそうかと思います」


 見慣れない光景二号、その従者であるモーラが、家主を前に失礼な発言をしつつ階段を降りてきた。


「これ、モーラ。オルティオ殿のお屋敷であるぞ、言葉をわけまえぬか」

「申し訳ございません。あまりにコネリ様に相応しくない場所ゆえ、自重ができませんでした」


 めっ、と親が子を叱るようにたしなめるコネリと、それにうやうやしく頭をたれるモーラ。

 すでに(なご)んだ雰囲気の彼女たちとは反対に、オルティオはますます状況を飲み込めそうになくなっていく。

 だから、現実逃避とわかっていても、とりあえず目をつぶり、口から深く重いため息を吐いてみた。

 けれど当然ながら、そんな吐息で吹き飛ぶような現実は存在せず、聞きなれない声はとぎれることなく耳に届いた。


 なぜ、こんなことになってしまったのか。


 そう、事の始まりは、少しばかり前、酒亭(しゅてい)[ノレン]でのこと……。



   * * *



 オルティオが戸をくぐれば、店内はすでに夜のにぎわいに満ちていた。


 今日も酒亭[ノレン]は、いつもどおりの盛況ぶりである。

 この[ノレン]という店、酒亭と看板を出してこそいるが、酒場だけでなく少数ながら二階の部屋を宿として開いている。

 そして、そのどちらも街の内外で評判が高く、行商人や傭兵で宿の方も繁盛しているという。

 そうした評判の店を、早くに夫を亡くしたノレンディが女手一つで切り盛しているのだから、周囲は心配こそすれ感嘆するばかりだった。

 加えて、彼女は角犬種(つのいぬしゅ)の魔人であり、けっして他者から優遇されるような立場でないのだからなおのこと皆から一目置かれた。


 ここそこに赤ら顔の並ぶ中、いつもの壁際の席に目当てのエインハルドの姿を見つけて、そちらに向かうオルティオ。

 髪もひげも腕の毛も光沢ある白色の老人──なのだが、どっしりとした肩幅と岩かと疑いたくなる筋肉が浮き上がる体は、後ろ姿でも見間違えるはずがない。


「エインじいさん、依頼されてたやつ持ってきたぞ」


 通り抜けざまにそう声をかけ、向かいの椅子に腰かけたオルティオは、依頼品をテーブルに置いた。


「おお、ありがとさん。だが、あと二三分も遅れたら、お前の家におしかけていたがな」


 歯を見せて笑うエインハルドは、依頼品の入った布袋を大きな手でつかんで引き寄せた。袋からカチャリと小瓶の触れ合う硬い音がする。


「よく言うよ。本来の受け渡しは、明後日のはずだろうが」

「そんなことは覚えとらん。あと二三分したら必要になるやもしらんからな」

「むしろそこまで急なら、オレが直接ミノリナちゃんのところに届けているさ」

「ぬかせ、そう簡単に家の敷居(しきい)をまたがせるものか」


 二人して言い合いつつも、その顔はお互いに笑っている。

 オルティオが席に着けば、注文せずとも木製のジョッキを給仕(きゅうじ)が持ってきてくれた。

 中身は、白く泡を浮かべた自家製の芋のエール。

 オルティオは店の奥にいる店主のノレンディにジョッキをかかげて見せ、彼女も笑顔を返してくれる。

 その後は、二つのジョッキをぶつけ白い泡を飛ばせば、一気にあおるだけ。

 仕事上がりのエールは、いつも至福の瞬間だ。


「ぷはぁ、さいっこうだな!」


 そう言ってジョッキをテーブルに置いたオルティオの表情は活きいきとしている。


「いつ見ても、10代とは思えんおっさん臭さだな」

「仕事上がりの一杯に、老いも若きもないだろ。うまいものはうまいんだから」


 口辺を上げて少し笑って見せたオルティオだったが、静かにその笑みを消した。


「それより、ミノリナちゃんの体調はどうなんだ?」

「どうもこうもない。医者に見せても、とくに変わりなしだとよ」

「そうか、それならとりあえずいいんだ。今回渡した魔素薬(まそやく)の濃度は前回と同じにしてあるから、また何か体に異変があるようならすぐに言ってくれ」

「ああ、すまんな。そうさせてもらう」


 太い指で首元をかきつつ、エインハルドは感謝と申し訳なさの混じるあいまいな笑みを見せた。その指の間からは、罪人の証たる焼き印がのぞいていた。


「ただ、いつも言ってるが、魔素薬で補える範囲にも限界がある。魔素吸収の基礎代謝を上げる研究も、正直言って今はまだ先も見えていない状況だ、残念ながら」

「いや、かまわん。わかっているつもりだ。オルテには迷惑をかける」

「てんで迷惑なんて思ってないよ。ただの仕事だ、気にしないでくれ」


 言葉通りに明るい笑みを浮かべたオルティオに、エインハルドもまた笑い返した。


「ほれ、腹も減っているだろ。とりえあず、食えくえ」


 そう言ってエインハルドは肉の塩焼きの皿を押し出す。オルティオも遠慮なくそこから一切れつかみ取り口に放りこんだ。

 口中に野性味ある肉臭さと塩味が広がる。荒野オオカミの肉だろう脂身の少ない筋肉質な食感に十分な塩味が加わり、これは酒のアテにちょうど良い。

 その他、テーブルには小魚の揚げ物や腸詰肉(ちょうづめにく)のエール煮の皿が並び、それらを酒の(さかな)にオルティオたちはこれといった目的もなく談笑を始めた。


 そうして、しばらく歓談(かんだん)していたおり、店内に妙なざわつきが起きた。

 どうやらざわつきの発生源は、宿用の受付のようだ。

 困惑気味のノレンディの声も聞こえる。

 どうしたのかと、奥の席にいたオルティオも座ったまま首を伸ばしてみた。

 そこには、帳場(ちょうば)を前にしてノレンディと交渉する二人の姿が見えた。

 一人は、淡い光にもきらめく銀髪の少女、もう一人が淡い光も飲みこむほど暗く深い黒髪の女性。

 一目には背丈もでこぼこな彼女たちが、どういった素性なのか知りようもない。

 だが、この街に住んでいる者には、見るからに彼女たちが普通でないとすぐに察しがつく。当然オルティオもその一人である。


「どうせ宿代かなんかの交渉で、もめてるんだろうな」


 面倒ごとに関わり合うのはごめんだとばかりに鼻で笑い、オルティオは同席者に向き直る。

 しかし、その同席者の反応は、オルティオとまるで違った。エインハルドは椅子から中腰になって立ち上がったまま、騒動の渦中、ただその一点のみを見つめつづけていたのだ。


「……ま、まさか」


 一言そう発すると、エインハルドは席を離れた。

 相方の不可解な行動に怪訝そうにしながらも、仕方なくオルティオもまたそんな彼のあとを追った。

 ただ、後から考えれば、その時点でどことなく予感めいた、いやな感じがしていた。

 だから、このとき彼がすべてを(かえり)みず店から飛び出していれば、結末は変わっていたのかもしれない。

 それとも彼がどのような選択をしても、運命というものが同じ結末に導いてしまうのかもしれない。

 とはいえ、このときのオルティオは(ただよ)うように歩いていくエインハルドの後ろをついて行くことを選択した。


「ううぅん、そうねぇ。今から空いてる部屋を探すとなると……」


 二人の客を前に、すこし困り顔のノレンディが小首をかしげている。そこに近づいていく影を認めて、彼女はエインハルドの方を見た。何事かと数名集まっていた客たちも、近づくエインハルドに道をゆずる。

 彼に似つかわしくない恐るおそるといった様子で少女の前に立ったエインハルド。

 反して自分より一回りも二回りも大きい男を前にしても、少女は臆した風もなく眉を少し上げただけ。


「……シュリエラ様では、ございませんか?」

「そなたは……ふむ、おぉ! そなた、もしやエインハルドではないかの!」

(おお)せのとおり、不肖(ふしょう)、エインハルドにございます」


 そう言って膝をついたエインハルドの姿は、少女を前にする行いとして異様なはずなのに、彼女の持つ雰囲気がそれをなぜか自然だと思わせた。


「シュリエラ……シュリエラ……」


 その名前に聞き覚えがあったオルティオは眉を寄せて考える。

 普段まず口にも耳にもしない名前のはずだが、それはたしかに聞き覚えがあった。


「こらっ! お前も頭が高いわ!」

「やめい、エインハルド。ここでそのような礼節こそ不要であるぞ」


 少女の一喝(いっかつ)に、オルティオの頭に伸びかけていたエインハルドの手が止まった。


「わらわの名はコネリという。そなたの呼ぶ名の者はもうこの世にはおらん」

「何をおっしゃいますか、シュリエラ様」

「くどいぞ。そなたといいモーラといい、忠義に厚いは良いが柔軟(じゅうなん)性というものを少しは持て」

「あ……まさか、あんたが」


 と、そこでやっとオルティオの中ですべての合点が行く解が見つかった。


 ──シュリエラ=C=マイネリッテ。


 マイネリッテ皇国(こうこく)の第五皇女でありながら、幼齢(ようれい)の頃より天与の才と称されるほどの才覚を見せ、皇国全土の庶民階級にまでその名を知られる存在。それが、シュリエラ・C・マイネリッテである。

 オルティオが知るシュリエラの名は、その第五皇女以外に存在しない。

 そして、レンファから聞かされた新しい流罪人のことが頭をよぎり……。


「……新しく流されてくる罪人って」

「ふむ。わらわのことであろうの」


 指をさしつつ呆然とするオルティオ。その様子にも、こともなげに平然とうなずいてみせるコネリ。

 徐々に事態を飲みこめ始めたのだろう、周囲のざわめきが次第に広がりだしていた。


「どうやらここで長居するのも芳しくなさそうだの。どこか落ち着いて話せる場所はないかの?」


 コネリに目線で疑問符を投げられたエインハルドは、即座に思案顔で頭をひねったがすぐに応じられる回答はない。


「それでしたら……」


 そう言っておずおずとした様子で小さく手を挙げたノレンディ。


「このような店先で話されるより、店の奥にある私の部屋をお使いくだされば、と……」


 店主としての立場もあって早くその場を治めたいという考えもあるのだろう、ノレンディは店の奥の私室へとコネリたちを案内することを提案した。

 コネリが後ろに控えるモーラに視線をやる。モーラはそれに小さくうなずいて答えた。


「すまんの。では、店主のご厚意に甘えさせていただくとしよう」


 そうして、コネリたち一行は店中の注意を一身に浴びる中、店の奥へと続く廊下を進み始めた。

 と、そんな彼女たちを何食わぬ顔で見送ろうとするオルティオを見て、エインハルドが立ち止まる。


「オルテ、お前なにをしている?」

「いや、何をしてるって、オレ関係ないじゃん?」

「バカか、お前は。ほれ、ついてこい」

「おい! ちょ、ちょっと待てって!」


 満面に嫌そうな表情を浮かべて必死の抵抗をしようとも、知ったことかと痛いほどにがっしりと腕をつかまれたオルティオは、エインハルドにずるずると引っ張られていく。


「オレ、ほんと関係ないじゃん! 勝手にあんたたちで話しあってろよ!」

「乗り掛かった船だろ、最後まで付き合え」

「片足すら乗せたつもりねぇよ!」


 などと抗弁(こうべん)しつつも、心だけを残して体はどんどんと前へ前へと進んでいく。

 そうして、オルティオの抵抗もむなしく、場面はノレンディの私室へと移っていくことになる……。

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