ここに来ればどんな人でも英雄になれる!
ガチャ……もとい『英雄召喚』によって発生した魔方陣が、収縮の後破裂する。
同時に飛び出すのは人の形をした何者か──英雄ってやつか!
「すげー、本当に喚べるんだな!」
「勿論リボ! 開発時もこれに関してだけは本気で全力でシステム組んだリボよ!」
「おい中の人。裏事情漏れてるぞ」
「リボリボ」
誤魔化すな、蹴るぞ。
さておいて召喚されたユニット……『英雄』を見る。
赤毛の髪がぼさっとしている、野性的な感じの美少女だ。頭には帽子を着けて、手には錫杖を持っている。
全体的に朗らかな感じの印象を受ける子だ。
「えっと……名前は?」
「私は『セイセイ』! かつては並み居る悪魔相手に大暴れしました! 絆の英雄さんを守るため、頑張ります!」
「へー、どうも。俺は灰華金太郎。金太郎で良いよ」
「金太郎さんですね! セイセイとお呼びください!」
握手を交わす。おお、柔らかい女の子の手だ。
……ふと、考える。ソシャゲ的には、この手のユニットなんかとの友好度があったりするものも多い。
戦闘なんかで使用する度に信頼度が増して、終いには内心の秘密を打ち明けてくれたり恋人っぽい台詞を言ってくれたり、モノによっては結婚なんかにまで漕ぎ着けられるケースだってある。
ごくり、と唾を飲む。そんな俺の様子に小さく首を傾けてつぶらな瞳で見てくるセイセイが可愛い。
…………うむ。
「中の人! 中の人ー!?」
「中の人なんていないリボ! そろそろその辺の事情は酌んでほしいリボ!」
「んなこと言っとる場合ちゃうわ! 緊急事態じゃさっさと話聞け!」
「き、金太郎さん?」
突然騒ぎだした俺を心配してセイセイが近寄る。この子、案外肉付き良いな!?
思わず顔が熱くなった俺に、リボ……というか中の人がようやく察したみたいだ、割って入って答えてくれた。
「落ち着いてください金太郎さん……大丈夫ですよ、その辺も想定してあります」
「お、おう……ずばりどうなんだ。その、『英雄』とのこう、スキンシップとかさ」
聞くのも恥ずかしいが、割と洒落にならないので聞かざるを得ない。
大体の場合、今後関わり合いになる『英雄』たちも恐らく美男美女だ。普通そうでなければガチャ回らないしな。
で、この世界ではユニットたちとリアルに触れあえるのだ。
となればこう、美女と仲良くなると、どうしてもこう、暴走したりすることもあると思うのだ。男として。
その辺どうなの? これを聞けば、中の人は懇切丁寧に教えてくれた。
「『英雄』とのコミュニケーションの度合いは自由です……が、無理に迫ると普通に拒否されます。あまりしつこいと私の方からペナルティがありますのでご注意くださいね」
「無理矢理なんかしないけどさ……え、親しくなったら何でもありなの? マジで?」
「マジです。ここは『現実』ですよ? ゲームじゃありません」
ゲームみたいな世界作っといてこいつ……
しかしまあ、たしかにそうだ。
ここはゲームじゃない。ガチャもあるしミッションだのログボだのあるけど、それでもたった一度きり、巻き戻しなんてできない現実なんだ。
「彼女ら『英雄』も、ユニットであると同時に一つの命として存在しています。真摯に向き合ってください、金太郎さん」
「……おう」
「大丈夫。貴方はそれができる人です」
中の人は、酷く優しい声音で言ってきた。
……何のかんの言って、やっぱり神様なんだな。
「えーっと、金太郎さん? どうしたの、その子とさっきから……何かしちゃったかな、私!?」
「いや! ちがくて、むしろ俺がやらかしそうだから!」
「? よく分かんないけど、金太郎さんはいい人だから悪いことはしないよ! 私分かるんだ、うふふ!」
純粋な信頼を寄せてくる少女の瞳が、酷く眩しい。
穢れた大人の薄汚い欲望が溶かされていくようだ……
「あー……セイセイちゃん。その、よろしくな。頼りにしてる」
「はい! 金太郎さんは私が守ります!」
改めて握手をする。
今度はちゃんと、しっかりと彼女と向き合えている気がした。
「ふふ。貴方で良かった、金太郎さん……」
セイセイとの挨拶も済ませ、俺はまたしてもエジキを呼び出した。
一度召喚したら消えるから、その度に呼び出さなきゃいけないんだな、これ。面倒な。
「ご意見ありがとうございますリボ。お寄せいただいたご意見ご質問ご感想は精査の上検討させていただきますリボ」
「絶対に目も通してくれてなさそうな返答きたな……」
「私の他にも呼ぶんですね! 楽しみです!」
どこか白々しいリボは置いといて、セイセイと共にエジキの画面を見る。
さっきやったのは『リリース記念SSRピックアップ英雄召喚』であったのだが……実はあといくつか異なるガチャがあった。
画面を切り替えると出てくる……
「『一回きり! SR1体確定10連英雄召喚』に……」
「『プレミアムチケット英雄召喚』、それと『絆ポイント英雄召喚』ですね……何か不思議ですね、こうして自分を呼び出したものを見るのは」
しげしげとエジキを眺め呟くセイセイ。
俺だって不思議な心地だ……召喚したキャラとゲーム画面を見るなんて日本じゃまずできないぞ。
さておき、ガチャだ。まあやることは決まっている……SR確定10連にプレミアムチケット。この二つで決まりだろう。
「ところでこの、絆ポイントって何だ?」
「あー、それはリボね、そのうち実装予定のフレンド機能やギルド機能と連動させる英雄召喚リボ! 今は気にしないで良いリボよ?」
気になったところを問えばリボが答えた。
ふーむ、フレンド、ギルド……俺以外にもこの世界に来てるのはいるだろうし、間違いなく俺よりも先輩ばかりだろう。
そんな人たちと友好的な関係を結べるなら、そうした機能があると助かるかもしれない。
そう、フレンド機能にギルド機能、うん。
「……だっりぃー。ええやんけフレンドだのギルドだの。絶対ダルいってー」
「リボ!?」
「き、金太郎さん?」
「組織運営と変わらへんやないかこっちやと。絶対面倒なことになるでー?」
正直なところ、俺にはちーっともその手の某かに加わったりする意欲はない。
ソシャゲにソーシャル要素なんて要らないと思っている本末転倒派なのが俺だ、そんなもん実装されてもまず使わない自信がある。
そもそもだ。ここが現実である以上、フレンドにしろギルドにしろ必ず会うことになるだろう。
オフ会どころかちょっとした組織運営ではないか、それでは……断言するが、絶対に揉める。生身が集まれば問題は発生するのだ。
「絶対嫌だね、俺は。罷り間違って男女トラブルなんて起こしてみろ、最悪戦争だぞ……ちなみに聞くけど、『英雄』使って他の日本人襲うなんてできないよな?」
「そもそもシステム的に不可能リボよ、それは。『英雄』は拠点内と各種マップ内にしか連れていけないし、人間や人間側の『英雄』を襲うことができないようにロックがかけられてるリボ」
「そうなんだ……知らなかった!」
セイセイがあっけらかんと笑う。中々どうして図太いというか、気にしない子だな……この世界のシステマチックな裏側を垣間見ているというのに。
ま、それならひとまずは安心か。『英雄』を使ってのいざこざなんてのがなければ、被害の規模は小さく収まるだろう。
「そんなわけで俺はフレンドもギルドもお断りだ……分かった?」
「……むー。金太郎さん、意地悪リボー」
「いい加減なシステム実装されたらこっちが困るからな。やるならやるでちゃんと考えてからやってくれってことよ」
拗ねたようにリボがそっぽを向いた──口調はリボだが態度は中の人だな、これは。
やれやれと思いつつ、いよいよ10連ガチャだ。
50個……ビー玉サイズの虹色の石が、セイセイの持っている籠の中にある。
これらが今から一気になくなるのだ。代わりとなる、10人の『英雄』をこの世に召喚して。
「さて、やるかな……っと」
「ドキドキ、ワクワク!」
「ふーんだ、リボー……どうせいい加減ですリボよー……」
何やら拗ねているぬいぐるみは放って、エジキの画面にタッチする。10連だ……良いの来いよ!
一回きりの時と同じく宙に浮くエジキ。だが今回はその周囲に浮かぶ石の数が違う……50。
数珠繋ぎとなった50もの石の周りに、またもや魔方陣が形成される。
「ここまでは同じか……」
「へー……私もこんな風に呼び出されたんですね!」
ほぼ変わらない演出──と、思いきや。
球形魔方陣が一際輝いたかと思えば、光輝く金色に変じた!
いや、まだだ──さらにもう一度!
「おおおお!?」
「こ、ここ、これは!? これって私の時にもありました!?」
「え!? あ、いや! ええと、あったようななかったような! 初めてだったし覚えてません!」
虹色に輝きを放つ魔方陣へと変じたそれを前に聞いてくるセイセイに、俺は困って曖昧に返した。
いや無かったよ? だってほら君レアリティ低いからハハハハ──などと面と向かっていうのはちょっと、さすがに無理だ!
そんなことを考えている間に魔方陣が収縮し破裂する。
中から飛び出てくる10人の『英雄』──次々と自己紹介を始める!
「お前が絆の英雄か! 俺はサイモン。しがない農民だ、ちぃとばかり龍を狩っただけのな!」
「俺こそが鮮血の貴公子ファンクル……絆? 下らん」
「やっほー! 僕はテリコ! スコップの扱いなら任せてよ、何でもやるぜ? 何でも、ね」
「う、うー。カカーン……よろ、しく」
「頭が痛い……彼女が死んでから、僕の世界には色が付いてくれない!」
「ぁああああ! うぉああああああっ!」
「私ー、メルシクってーの。よろしくしくー」
まずは7人、矢継ぎ早に男女が名乗り出る。
おそらくはRの人たちだろう……何かうん、そんな感じする。どっか地味なんだよな、オーラが。
「あー、金太郎です、よろしく。しかし手狭だな……家小さいぞ、おい」
「あ、そこは大丈夫リボよ」
復活したリボが、俺の肩にポンと座って言ってきた。
何でも良いけどそこで粗相したら焼いて食うからな。
「エジキを彼らに掲げるリボ」
「は? はあ……『ホシゴガデナイホシゴガホシイ』」
やたらと長く、悲しみに溢れた呪文と共にエジキを取り出す。
もうちょいコンパクトにならんのか、この工程……思いながらそれを今挨拶してくれたRの男女たちに向けると、彼らは何とエジキの画面の中に吸い込まれてしまった。
「──えええっ!?」
「普段使わない『英雄』はスリープ状態にしてエジキに保管できるリボ! 意識を保ったまま放置しとくと色々厄介リボからね!」
ちなみに家も活躍していけば大きくなるリボよー!
──と、よく考えれば邪悪なことを語っている気がするリボに、俺は苦虫を噛み潰す思いでいるのだった。
次でラスト!