ようこそ『シクバイダ』へ!
この作品は実在の人物や団体、作品とは関係ありません。
「おめでとうございます、廃課金野郎さん! 貴方はニュー・ワールド『シクバイダ』への転移権を手にしました!」
……目が覚めたら何やらおかしな場所にいて、笑っちゃうような美人がすっとんきょうなことを言っていた。
とりあえず、訂正する。
「えーと。まず俺の名前は廃課金野郎じゃない」
「あら? えーっと、『ハイカキンタロウ』?」
「そうそう。灰華金太郎……間違えんといてな?」
「そうでしたか、失礼しました金太郎さん」
っと、素の関西弁が出てしまった。
上京して以来、なるべく気を付けてはいるのだけれど……気を抜いたり雑な物言いになると戻ってしまう癖がある。気を付けないと。
「って違うよ。どこ? ここ、何?」
「ここは生と死の狭間。光と闇、表と裏。あらゆるものの通り道……あの世一歩手前です」
「は?」
美人さんが言うことがよく分からない。
あの世……一歩手前? 何じゃらほい、なぜそんなことに?
「え、何で? 俺昨日、普通に寝てて」
「寝てる間に貴方は死にました。苦痛もなく安らかに……胸のあたりがキュッと切なくなる感じの、アレですね」
「恋か。ちゃうわ、何でやねん」
ダメだ、動揺して口調が不安定だ。
つまり、なんだ。俺は、死んだ?
「……嫌や。嫌やそんなん。死にたない」
「そう仰られましても、現世の貴方はもう死後硬直でカチカチですし……戻れませんよ?」
「そ……そ、か」
死ぬのがあまりに怖くて、震える口でどうにか言うと……女はあっけらかんと答えやがった。
どんだけ他人事だよ……嫌でも落ち着くわ、くそ。
「あー……分かった。嫌だけど、俺は死ぬんだな」
「御愁傷様です。理解が早くて助かりますが、ご心痛お察しします」
「畏れ入ります。じゃなくて。じゃあなに、俺もう天国か地獄行くの?」
そう言うと、女は近づいて俺の頬に手を当てた……間近で見ると本当に、訳のわからん美人だ。
銀色の髪に、マリア像のようなふわっとした布を纏っている……女神って奴だろうか。
ひんやりとした、けれど温もる掌。労るように頬を撫でながら、慈しむように見つめてきて女は言った。
「貴方にはこれから、私が新たに作った世界『シクバイダ』へと転移してもらいたいのです。世界を……救うために」
「は、はあ……」
「大丈夫。怖いことなんか何もありませんから。貴方にはたくさんの仲間を得る力がありますもの」
そう言って女は微笑む。
すっかり見惚れている俺を尻目に、数歩下がった彼女は胸に手を当てる──瞬間、溢れる光。
思わず目を逸らせば、その光は俺の目の前に差し出された。
「さあ、受け取って。世界を救う『絆の力』──貴方に、捧げます」
「お……おう、いや、はい」
何となく神聖すぎて敬語になりつつ、俺は光を受け取った。
光が、身体を包む。やがて収まってから俺はいくらか異状がないか確認した。
「え、何も……無い、けど」
「『シクバイダ』に到達すればそれは力を発揮します。さあ、行きましょう──準備ができたら、私に触れて?」
「えっ」
すごいことを言われた気がして、俺は彼女を見た。銀髪で色白の、豊満な肉体が薄いベールで覆われた美しい顔。
触って、良いのか──?
『タッチして スタート』
「…………あ?」
何やら、変なものが女の前に見えた。
日本語──いや、え、何?
「あの、これ」
「これは貴方の冒険。貴方の物語。始まりの一歩を、さあ……踏み出して!」
「いやあの、何か変なものが」
「踏み出して!」
「……」
「踏み出して!」
おかしいぞ、何だか彼女が怖い。
美人すぎて見つめてる俺の目がおかしくなったのだろうか?
きっとそうだ。だからこんな、ソシャゲのスタート画面によくある表示みたいなのが見えるんだ。
うん、そうに違いない。
「よし、じゃあ触るぜターッチ」
「あんっ」
俺は勢い良く、豊満な彼女の胸二つ、そのてっぺんにソフトタッチを決めた!
女を前にして『タッチしてスタート』ってんならそりゃこうするでしょ。
「もう! ──あ、それと金太郎さん、貴方にだけ特別なプレゼントがありますから、楽しみにしていてくださいねー!」
「え──」
何それ? 超楽しみ!
言おうとしたところで意識が遠退く。視界が歪んで、どこか彼方へ消えていく。
待て、待って。姉ちゃん名前くらいは──
「『シクバイダ』の世界を今後ともよろしくお願いいたしまーす!」
消えゆく意識の中、俺はそんな言葉だけを聞いていた。
「──あ?」
目が覚めると、見たことのない風景だった。
どこかの家の中、だろうか。無造作に色々、机だのベッドだのタンスだの置いてある。
「夢、じゃないのか?」
頬をつねる。痛い。
あまりに日常離れした光景だが、伝わってくる質感はあまりにもリアルで現実的だ。
ということは、俺は死んだのだ。
死んで、やベー美人に会って、なんぞ受け取って、この何とか言う世界に飛ばされたのだ。
「何やそれ……小説かマンガか?」
一人呟く。答えるものはいない……そもそもここはどこだ。
部屋を物色する。置いてあるものはそれきりで、中身に何かあるわけでもない。
「窓の外は町、か? 外出てみるか」
人が行き交っているのが窓から見えたので、備え付けのドアを開けて外に出ようとする──開かない。
え、何で? 鍵は掛かってない。普通開くだろ。
「ようこそ、金太郎さん!」
「うおお!?」
何度かドアを開けようとしている俺に、背後から声が掛けられた。
いきなりだ、叫び声をあげて驚いて振り向くと、そこにいたのは怪生物。
宙に浮いている。
「……なんだ、お前。どこのぬいぐるみだ」
「ぬいぐるみじゃ無いリボー! オイラは金太郎さんの頼れる相棒、リボだリボー!」
「り、リボ?」
何かしらの生物を酷くデフォルメしたような、絶妙に愛らしくて鼻に付くぬいぐるみはそう主張してくる。
え、何これ? ていうかこの声。
「……さっきの女の人だよな?」
「えー、何それ分かんないリボー」
「雑なキャラ付けやめろや! あとちょっとは声音変えろ!」
あまりにいい加減な仕事についツッコんでしまった。
でも仕方ないと思う。さっきの彼女同様の落ち着いて清楚とした声音で、ぬいぐるみが語尾にリボーとか付けんだもんよ。
「もうちょっとこう……裏声で演技とかしようや」
「裏声はちょっと、喉とか痛めるので……げふん。えーっと、じゃあ説明していくリボー」
「百歩譲ってその語尾やめろ」
棒読みも相まって腹立つ、何か!
俺の抗議も何のその、ぬいぐるみ──リボは説明の態勢に入りやがった。
「ようこそ『シクバイダ』へ! 金太郎さんはこの世界を救うために召喚された、『絆の英雄』なんだリボー!」
「『絆の英雄』……なんか絆がどうとか言ってたな、たしか」
「金太郎さんは、絆の力で英雄を率いる英雄なんだリボー!」
はあ。するとなにか、俺は今後英雄さんたちとやらに会いに行かなきゃならんのか。
どういう世界かも分からないのに、何も持たずにそーいうのは困るなあ。
そう思っていると、リボはぬふふと笑う。
「英雄に会いに行く必要はないリボー。金太郎さんの力を使えば、今すぐにでも! 英雄を召喚できるリボー!」
「おお、そこは便利なんだな」
「さあ、胸に手を翳してオイラの言うとおりにするリボー!」
「ほいさ」
言われるがままに胸に手を当てる。
すると手に光が宿り、淡く輝きだした。
「え、何これビーム?」
「さあ金太郎さん、オイラに続いて叫ぶリボー!」
「お、おう」
「……えっと。んんっ、『ホシゴガデナイホシゴガホシイ』!」
「……ホシゴガデナイホシゴガホシイ」
そこで素っぽく咳払いするなよ……
しかも何だこの、なに? ☆5?
色々思うところはあれど呟く……叫ぶ気力はない。
すると輝きが一際増し、そして収束する。
手に宿る一つのアイテム──
「──スマホ?」
手のひらサイズの長方形、黒い画面。
どこからどう見ても現代日本の叡知の結晶、スマートフォンだ。
「違うリボー! 『英雄召喚者補助課金装置』、通称『エジキ』リボー!」
「……餌食?! ってか今お前、課金って」
「さあ! さっそく英雄を召喚してみるリボーっ!!」
「あっおい、無視すんなや、コラ!」
さっきからちょくちょく不穏だぞ、こいつ!
手を伸ばすも素早く逃げやがるぬいぐるみ。
舌打ち一つ──俺は仕方なくスマホもとい、エジキを眺めた。
「側面にスイッチがあるリボ。それ押すリボー」
「スマホでええやないかこんなんもう……おっ、点いた」
電源を点けるとエジキの画面に灯が着く。何やら華々しい画面だ……しかも横画面。
珍妙なイケメンと美女が一人ずつ左右でポージングしている真ん中に、デカデカと表示がされている。
──リリース記念! SSRピックアップ英雄召喚祭り開催中!
「ソシャゲやないかいっ!!」
「ああっ! 叩きつけないでリボー!!」
思い切りエジキを床に叩き付ける寸前、リボが慌てて俺の腕を取り押さえた。
だが甘い! その好きに俺はリボを空いてる方の腕で掴む。
「あわわわリボー……!」
「おう、どういうこっちゃコレ。誰がどこからどう見てもソシャゲのガチャやないか」
「ち、ちちち違うリボー! これは『英雄召喚』」
「こっち見て言え」
何もない虚空を見て白々しくも抜かすぬいぐるみ。
埒が明かない──俺は引きつる顔もそのままにリボの首を拘束する。
「おーい中の人。返事せい。リボちゃうぞ、さっきの姉ちゃんやぞ」
「えー、だ、誰のことリボー? オイラ分からないリボー」
「あ?」
「リボー……」
あくまで見た目は可愛らしいぬいぐるみだ、虐げるのも気が引けるのだが……仕方ない、事情が事情ですし。
しばらく至近距離からリボを睨み付ける。ふるふると震えていたぬいぐるみだったが、やがて諦めたように呟いた。
「……何でしょう? あのー、私をこんな風に呼び出すのは規則違反──」
「ええから説明せんかい。方々に怒られるやろこんなもん」
「はい……」
項垂れるリボ──の中の人。
トンチキな世界に放り込まれた俺の第一歩目は、事情聴取から始まるのであった。