第七話 諜報才女
10分くらいの遅刻はセーフですよね。なんだか信じられないくらいに皆様に読んでいただいてます。感謝しかありません。今日は召喚組視点です。
俺がクラスメイトに惜しまれること無く王都を去って二週間が経った。意外とこっちの生活は合っている。冒険者ギルドに入り、仲間も一人増えた。今の目標は家を買うこと。魔王はどうでもいい、とまでは言わないが、日本に帰ったところで俺に居場所は無い。なら、少しずつ金を溜めてゆっくり過ごすのも悪くは無いんじゃないだろうか。そう思っていた矢先だった。拠点としている宿に奴が訪ねてきたのは。
「悪いな。安い紅茶で」
「気にしなくていいわ。いきなり訪ねたんですもの。私の名前、分かる?」
「流石に。二条遥さん」
二条遥。学校で一番人気だった。まさか俺のところへ彼女がやってくるとは思わなかった。一体、何の用件なんだろうか。
「クラスは各地で魔王軍と戦闘を始めたわ」
「そうか」
どうも俺は話題を膨らますことが苦手だ。ましてや、今の今まで一度も喋ったこともない女子生徒となれば余計だろう。俺は安い椅子に腰掛け、彼女の動向をうかがっていた。
「連戦連勝、鎧袖一触。まさに向かう所敵なし。そんな状態よ」
二条は右手で髪の毛をかきあげ、ゆっくりとティーカップに唇をつけた。なんだか一々行動に品があって、それなのに色香を纏う。これは学校でも人気な訳だ。
「それで? 俺と世間話をするためにクラスメイトの目を盗んでやって来たのか?」
「少しくらいは世間話を楽しませなさい。物事にも会話にも順序があるの。急かす男は嫌われるわよ」
余計なお世話だ。それにしても、二条はこんなに喋る生徒だったか? あまり知らないが、寡黙なお嬢様っていうイメージを勝手に抱いていたから予想外だ。
「まぁいいわ。本題に入りましょう。と、言いたい所だけれど、彼女は?」
二条が送った目線の先には一人の少女が居た。白く大きな垂れた耳、少し垂れた黄色い瞳、身長は百五十もないだろう。幼いが、出る所はかなりでて、絞まる所は絞まっている。日本に居たら、俺なんかが到底見向きもされないような完璧な少女だ。
「彼女はナナ。奴隷だ」
「いい趣味ね」
皮肉のつもりなのか? まぁ、素直に褒められたわけでは無さそうだ。この国の奴隷制は二つに分かれる。魔族奴隷か人間奴隷だ。人間奴隷には多少の人権がある。ここにも種類はあるが、基本的には人として扱われる。その反面と言ったらいいのか、魔族奴隷には一切無い。魔族とは嫌悪される対象であり、弾圧される仇敵なのだ。
「まぁ、安くは無かったがな」
「……丁度いいわ。ナナさんに聞きたいのだけれど、魔王はどんな存在なのかしら」
急に鋭くなった二条の視線に、ベッドの上にちょこんと座っていたナナは身を竦めながらゆっくりと口を開いた。
「な、ナナは生まれた時から奴隷でしたから……。す、すみません。よく分からないです……」
「そう。歩君はどう思う?」
いきなり振ってきたな。これが本題か? これなら王都に居る時にでも聞けたろうに。
「王国の歴史から見れば、悪の権化だな。長い間人間の生活を侵しているんだ。犠牲になった人数も半端じゃない」
「そうね。でも、この大陸で魔王という存在は不思議でもある。そうは思わない?」
「……RPGとかで出てくる魔王とは少し違うな」
この世界の魔王は人類と一定の距離をとりつつも、人間を認めている。現に、人間同士が戦争状態に陥っても彼らは攻めてこない。ましてや、エイゼルハイン帝国の一部の貴族は魔王と貿易をしている。経済的な魔王もいたもんだ。
「そう。大陸の西半分を有している巨大な法治国家でしかないのよ。帝国もその存在を黙認しているわ。国としてね」
「それで?」
「魔王は人を統べようとは思っていない。なら、私たちはなぜ呼ばれたか。分かるわね?」
人類を侵さない魔王。なら王国の目的はひとつだ。有り余る戦力を保持した王が考えることなど、地球の歴史でもただ一つ。
「大陸の統一」
俺の言葉に二条は頷く。
「そう。私たちは王国の欲望を叶える尖兵として地球から呼ばれたの。梧桐君も恐らく気がついているわ」
「ならどうする? 協力しないのか?」
「いえ。歩君の言ったとおり表向きは彼らに協力するわ。私はね歩君。今、物凄く楽しいのよ」
「……見りゃ分かる」
学校ではこうも生き生きとはしてなかっただろう。それに、二条遥の満面の笑みを初めて見た。神々しすぎて引くくらいに美しい。世界中の芸術家たちが到底足を踏み入れることすらできないほどに、今の彼女は芸術そのものだ。
「二条っていう大きな鳥篭からやっと出られたのよ。私の力が、一体どれほど戦乱の世の中に通じるのか。楽しくて仕方がないわ」
狂ってるとは言えないだろう。俺だって元居た地球よりは過ごしやすいと思っている。娯楽は少ないが、満たされた生活は送っている。日本では感じることのできなかったスリルと新しい体験の数々。力まで保障されてんだ。面白くないわけがない。
「本題はそれか?」
「いえ。私に協力して欲しいの」
美しい笑みから一転、卑しい笑みを浮かべる。この顔もまた、腹立つくらいに絵になるな。
「協力?」
「えぇ。今、話の分かるクラスメイトで一番足が軽いのは歩君だから。色々な情報を集めて欲しいの。魔王軍や帝国の事情。それに、私たちが交渉のカードとして何より必要な帰還方法に関すること」
「随分と無理難題だな」
「分かっているわ。別に集めようとしてくれなくていい。入った情報を何でもいいから送ってほしい」
それくらいなら構わないだろうが、俺と連絡していることがばれたら王国ににらまれないのか? そんな疑問を感じ取ったのか、少し冷たい笑みを浮かべてから二条は口を開いた。
「もちろん、王国の耳に入るでしょうけど彼らは何もできないわ。私がクラスでも大きな影響力を持っていることは知っているでしょうから。私を害するより味方にしたいはずよ」
恐ろしい女だ。自分の容姿と、それに寄せられる好感を利用しようとしている。こんな女に引っかかったら終わりだな。蜘蛛のように絡めとられたら最後、死ぬまで利用される。……あれ、俺も協力させられてるんだよな? 気をつけないとまずいかもしれない。
「ふふ。安心して。歩君は特別、とっても優秀だわ。いずれ私の物にしてあげる」
……今すぐ、妖艶に笑う彼女の足元に頭を垂れたくなるほど、魅力的だ。蜘蛛? 何を言っているんだ俺は。そんなに優しい女じゃない。クレオパトラ、楊貴妃。いや、それ以上の、もっと恐ろしい魅力と智謀を兼ね備えた怪物だ。彼女の今にも折れそうな美しい両腕に掴まれたら一生抜け出すことはできないだろう。
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