第五話 傲岸不遜
召喚組視点です。
俺はあてがわれた部屋をこっそりと出た。恐らく、俺の行動は王家に感づかれているが、止めて来ないということは黙認しているのだろう。俺が外へ出る理由は情報収集が主だ。こうして夜に出ては酒場に繰り出し、噂話に耳を立てる。
今日の収穫は二つ。魔王軍と王国軍が戦闘し、王国軍が負けたこと。だが、被害は極めて軽微であり、その目的は威力偵察。王国軍の戦闘力を調べるための物であること。そしてもう一つ、相手の親玉が魔王だと思っていたが、どうやらその嫡男らしい。名前はローグ。今までは存在すら噂話だったようだが、今回の戦闘で魔王軍の要塞に現れたらしい。彼は魔王軍元帥を名乗り、陣頭にあって指揮を執ったと言う。
見た目の年齢は十七、八。魔王と言えど、決して長寿ではなく、人間より少し長い程度らしい。見た目も人間と大差ないが、その能力や性格はほとんど分かっていない。だが、経験豊富な魔王自身ではなく、息子に軍権を渡し、数十年ぶりの戦闘を預けたとなれば恐らく息子はそれなりに優秀なんだろう。悪の権化であり、神話時代からの仇敵の棟梁。気になるな。
そんなことを考えながら王宮に戻ろうとした所で嫌な人物に声を掛けられた。
「ねぇ」
「羽嶋か……。なんだ」
梧桐ハーレムの一員。ほかにもハーレムは何人かいたが覚えていない。だが、間違いなくこの女が筆頭だろう。
「アンた、自分が和を乱す行動してるって分かってる?」
「俺はお前たちにも情報を提供している。それにこれを続けるように言ったのは梧桐だ。あいつも情報は何より欲しがっている。文句があるなら俺じゃなく梧桐に言うんだな」
「……ウチが言ってるのは、アンタのその態度なんだけど」
右足をカタカタと揺らしながら、いかにも苛立ってると言いたげに腕を組みながらそう言ってきた。
「態度? 分からない。説明してもらっていいか?」
「アンタさ、調子乗ってるでしょ? 力を手に入れて、クラスメイトにも何の固有魔法を持ってるか未だに言わないで。学校じゃ友達も居ないで何も喋らなかったくせに」
「それは喋る必要が無かったからだ。だが、今は違うだろ。学校とは違ってお遊びじゃないんだ。異世界の地で生きる死ぬをやってるんだぞ? 必死にもなる」
「知らないだろうからいってあげるけど、みんなアンタのことキモがってるから。いきなり人形が喋ったって。そういう人を小馬鹿にしてる態度、いつか痛い目みるよ」
「忠告どうも。人を馬鹿にしてるのはお前もだけどな。羽嶋」
キモがられる? それがなんだ。異国の地に来て調子に乗ってるのはどう考えたってお前たちだろ! 死ぬかもしれない、いや実際に戦闘をするために俺たちは呼ばれたんだ。こいつらはそのことを分かっていない。ファンタジー世界に来てハッピーエンドが当たり前にやってくると思ってる。それを馬鹿だなんて言わない。俺だって、浮かれた気分が無いわけじゃないんだからな。だが、無思慮が過ぎる。そう思えば梧桐は本当に良くやっている。
「マジで、マジでムカツクね」
もう関わるだけ無駄だな。別にさようならの挨拶も必要ないだろう。俺はそう思って羽嶋の横を通り過ぎた。
「いっぺん死ねよ」
俺がその言葉に反応して振り向くと、羽嶋がこちらに手を向けていた。知っている。羽嶋は今のところ、固有魔法師か使えない。そしてその固有魔法は“治癒”。だが、これもチート級で強い。過剰な治癒により、人体の細胞を壊すことも可能らしい。
「ばいばい。今死ねばせめてクラスメイトとして葬式には出てあげるよ」
随分と下卑た笑みができるもんだ。俺としてはこっちの方がタイプなんだがな。そう言おうとした時、俺の体が沸騰したように熱くなる。なるほど、これが治癒か。
「なるほど、確かに強いな。だが……」
俺が呟くと、一瞬で体の猛烈な熱さは無くなった。その反面、対峙している羽嶋が震えだし、地面に膝をついた。俺の固有魔法がモロに聞いている証拠だな。
「な、なにこれ……。力が入らない……」
そろそろ限界か。後で梧桐と話をつけなきゃ、俺はまずい状況に追い込まれる。いくらこの魔法が強くても、流石に三十人以上の固有魔法保持者と戦うのは厳しい。チハでT-44に向かうようなものだ。無謀にもほどがある。
「しばらくすれば力は戻るだろうよ。じゃあな」
「ま、待ちなさいよ! ウチになにをしたの!?」
怒鳴り散らすな。もう夜だぞ。後ろでギャーギャー騒いでいるが、今回ばかりは自業自得だ。殺そうとしたんだからな。あっちゃならないことだ。“全部”奪わなかっただけありがたいと思って欲しいな。さて、梧桐と話をするにしても、俺の願望は一人で動きたい。これだ。これを王家が納得するだろうか……。そうだ、固有魔法を持っていないことにしよう。そうすれば、一般人として追い出されるし、向こうからすればお荷物だ。命の危険もかなり減る。異世界ライフの満喫だ。
俺はそう思い、すぐに梧桐の部屋へ向かった。夜の来訪だというのに、彼は快く受け入れてくれた。
「随分と、広い部屋だな」
「まぁ、色々あってね」
苦笑いを浮かべる梧桐を見る限り、随分と苦労しているようだ。幾分かやつれたようにも感じる。今こいつが居なくなれば、間違いなくクラスは崩壊する。
「伝えなきゃいけないことがある。重要なことだ」
俺はそう前置きしてから、さっきあったことを話したら、梧桐は黙って聞いてくれた。こういうところがモテる秘訣なんだろうな。
「……そう。そんなことが。ごめんね。僕が頼んだばっかりに」
「いや。羽嶋はただ単に俺が気に入らなかっただけだろ」
「…………」
まぁ、そりゃ何も言えないわな。否定することも肯定することもできない。それが彼の優しさだ。
「だから、俺は王家に掛け合ってここから出ようと思う。もちろん、個人的に梧桐に含むところは一切無い。むしろ、申し訳なくすら思う。だが、こうなってしまえばお終いだ。クラスメイトに殺されかけるなんて、あってはならない」
「……本当に殺す気は無かったと思う」
「だろうな。それは俺も思う。だが、地球に居たら兵器以上に凶悪な力を持っている羽嶋たちが、いつまでも俺に対して自制を効かせるとも思わない。ここは俺が居なくなることで穏便に収まる」
梧桐は悔しそうな表情を浮かべ、机の上に乗せている右手を力強く握っていた。それは自分勝手に振舞うクラスメイトに対しての怒りか、それを止めることのできなかった自分への怒りか。俺はこれの答えを出せるほど、彼との付き合いは長くない。
「分かった。僕からも掛け合ってみる」
「助かる。梧桐には悪いが、クラスの総意として俺を放って欲しい。そうすれば、この後も梧桐は楽に動けるだろう」
クラスの邪魔者を排除した英雄。とまではいかないものの、リーダーシップは今以上に認められるだろう。別に、俺だってクラスの崩壊を望んでいるわけじゃない。むしろ、ある程度の結束は保って欲しい。
「そうだ、今日は泊まっていかないかい?色々、日村君のことを聞きたいんだ」
「……いや、やめておこう。部屋に戻ろう」
一瞬、梧桐は悲しそうな表情を浮かべてから、いつもの優しい笑みを浮かべた。悪いことをしたか? でも、俺はこいつが苦手なんだ。嫉妬も少しはあるだろうが、この色々と気味の悪い男が苦手なんだ。
今回の話はテンプレ。煎じすぎてもう水になってるかもしれません。ごめんなさい。