第三話 元帥の初仕事は吠えること。
ローグ視点です。はて、このキャラクターは主人公のヒロインになるのでしょうか。
皆様、お元気でしょうか。私、魔王の嫡男で次期魔王指名されていますローグです。ほかにも、魔王軍元帥もやってます。よろしくね。そんなに偉いはずの俺が、一体なぜこんな舗装されていない道を上を馬車で揺られているかと言うと、ただいま絶賛戦闘中のレブナ要塞へ向かっているためです。レブナ要塞は王都に続く大きな街道にあるそうで、大量の軍隊を動かすにはこの街道を通る必要があり、それを遮るために建設されたそうです。お尻が痛いです。
「ローグ様、もうすぐ到着します。ヒュラ、お前も準備しなさい」
俺の隣でコクリと頷いた少女。彼女は目の前に座るデフックの妹、ヒュラである。兄と一緒で青白い髪の毛を生やしてて、それを腰辺りまで伸ばしているようだ。磁器のように白い肌、これまた兄譲りの真紅に輝く瞳、でもまだ幼いというか、とてもじゃないけど次期魔王の護衛として選ばれた最強の戦士には見えない。立派に白い軍服を着てるけど、なんかのコスプレにしか見えないね。
「ローグ様、あれがレブナ要塞です」
「凄いな……」
高い崖に挟まれたその要塞はまるで壁だ。後ろから見てこれなんだから、正面から見たらすんげーだろうな。街道からはみ出て崖まで伸びているあの要塞の長さは二キロくらいあるんじゃなかろうか。なんだろう、迂回されそう。
「あそこ以外に進入経路は無いの?」
「いえ、いくつかありますが、未だに全貌を把握していない砂漠、海のように広い大河、越えられない山、それにこの崖の上には瘴気が立ちこめていまして。我々は大丈夫なのですが、人間が吸うと十分と立たずに死にますから、彼らにはあそこは踏破できません。今のところは」
怖い締め方するね君。フラグかい? てか、それ俺もその瘴気に当たったら死ぬよね。因みに、両親が必死に隠している俺の無能っ振りは、デフック君には初見でバレました。てへぺろ。
「それで、俺はここで何すんの? 俺に軍隊の指揮なんてできないけど」
「それは百も承知です。ローグ様の才能は、才能は……。まぁ、どこか違う所にあるはずですが、少なくとも軍事に無いことは知っていますから安心してください」
こいついつか首にする。主を根本的になめてるだろ! 言ってることが本当のことだから余計腹立つ!
「……で、俺はお前に嫌味を聞かされるために要塞にきたのか?」
「まさか。それは半分くらいしかありません」
「半分もあるの!?」
「それはそうでしょう。元帥になった以上、裁可しなければならない書類の山を前に逃亡されたのですから。嫌味くらいは聞いてください」
だって、あんな量むりだよ! 机が軋むほどの紙の量って頭おかしいから! まぁ、やらされたけど。
「ローグ様には戦っている兵士に鼓舞をしていただきます」
「あ、知ってる。あれでしょ? 兵士のテンション上げるやつ」
「そうです。では、お願いしますね?」
できて当然見たいな言い方しないでくれる? プレッシャーが凄いよ。
「アンタなに言ってんの。無理に決まってるじゃない。そんなこと元帥はできません!」
「元帥ですからやってもらうのです。できないなら裸で踊ってください」
罰ゲーム厳しすぎるでしょ。俺のポークピッツちゃんを、いずれ国王となる俺の控えめなカイワレダイコンちゃんを晒すの? 誰もついてこなくなるよ……。
「やだやだやだ! 裸踊りも鼓舞もやだやだやだ!」
そんな駄々をこねても馬車は要塞に到着し、俺は護衛のはずのヒュラちゃんに首根っこを掴まれて連行されました。……君俺より小さいよね? 力強すぎない? 百五十センチ無いよね? 吸血鬼一族って皆こうなの?
ポイっと投げられた場所は要塞のかなり高いところ。ワンワンわめいてたからどのくらい階段を昇ったか覚えてないけど、六メートルくらい下で人間と魔王軍がワーワー言いながら戦闘してる。現実離れしている。目の前では体験したことの無い迫力で戦っていることは、何となく頭が理解していた。たぶん。
そんなんでボーっと見てたら、なんか大量の火の球がこっちに飛んできたんですけど、早くもバッドエンドでしょうか。
「死ぬ……」
俺の情けない声に動じることも無く、護衛役のヒュラちゃんが前に立った。こ、こんないたいけな少女に守られていいのか!? 俺は男だろう! 仮にも次期魔王だ! ……ごめんなさい無理です。俺はそう思いソソクサとヒュラちゃんの後ろに身を屈めて隠れた。目の前には軍服の短いスカートと長い黒のブーツの隙間から僅かに見える白妙の美しい伝統工芸品のようなモモがスラリと色欲を煽るように……いかんいかん。あやうくカイワレダイコンがミニ大根になる所だった。こんな少女に惑わされるとは。異世界は怖いところだね。
「ヒュラ」
「ん」
デフックの言葉にヒュラちゃんが頷くと、腰に構えてた剣を抜いて、そのままつっ立っていた。え? 剣であれ弾くの? 直径四メートルくらいあるよ? 馬鹿なの? メジャーリーガーでもよくてゴロだよこの大きさは!
ってのは杞憂でした。情けない俺の悲鳴を合図に、ヒュラちゃんが剣を振るうと火の球は極小の粒になって四散した。
「え?」
助かったんだよな? そんな俺の顔を見て、デフックは珍しく、少し得意げに口を開いた。
「ヒュラは魔法を消せる数少ないアンチマジシャンです」
なにそれかっこいい。アンチマジシャン? 俺もなりたい! 何も無い所から水を出すエセマジシャンをネットで叩きまくった俺でもなれますかね?
「ではローグ様、お願いします」
「え、今から?」
「声は魔法で大きくするので。どうぞ」
そんな役者みたいに優雅に言われても、無理なんですけど!……ま、まぁ。とにかくそれっぽいことを言おう。ダメならダメでもう仕方ない! 無能なアホとして魔王の座はあの厄介で腹立つ妹に譲ろう!
「あー。我が栄えある魔王軍の諸君! 俺は魔王軍元帥、ローグだ! 優秀な君たちなら絶対に勝てる!……あー。いくぞおおおおお!!!」
もう何言っていいか分からないから喉枯れるくらいに吠えて見た。そしたら敵である王国軍の兵士ですらポカンとしてる。やっぱり無理だった! 裸で踊ればよかった!
『オオオオオオォォォォオオオオ!!!』
魔王軍が馬鹿でよかった。
「お見事です」
「その笑顔おちょくってるだろ」
「いえいえ。芸術性の高い詩的な言葉より、歴史に残る名演説より素晴らしかったです。兵士をしっかりと見ていると、兵士を信頼していると伝えることが重要なのです。それさえ伝われば、特段劣勢ではない今は有効ですよ」
やっぱりデフックは一言余計だ。それに笑顔がイケメン過ぎて腹立つ。これでこいつ以上に優秀なやつが俺の部下になったら、絶対に首だ! いや、もっと有効な使い方を考えよう。そうだな、デフック君を筆頭にしたイケメンホストクラブ。……いける!!
その後、人間側はなぜかすぐに引いていった。魔王軍はゆっくりと進み、敗残兵が居ないか確認するらしいが、あれだけ綺麗に撤退すれば何も残っていないだろうと、腹立つイケメンが言ってました。あれ? 俺必要だった?
ある兵士の日記にこの日のことが書かれている。
あれは間違いなく魔王様の後を継がれる御方だと思った。あの御方の声は、嵐の後の空より澄んでいた。あの雄叫びは俺たち兵士の、死の恐怖に覆われ隠れかけていた勝利の欲望を惹起させた。あれを“勝利の咆哮”と言うのだろう――。
明日から一日一話投稿していこうかと思っています。百日後には百三話!(無理でしょ)