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昨日の失恋から立ち直れないまま、僕はぼんやりと教室で座っていた。20分前に帰りのホームルームは終わっていて、教室にはもう僕一人だけだった。
昨日は結局、勉強も手につかなかった。受験まであと一年半か。焦りはないけれど、不安はある。実のところそこまで頭が良くない僕は、他の人よりも多くの勉強時間が必要になるからだ。
彼女の真っ直ぐで短い黒髪が、彼女のきらめく笑顔が、僕の脳裏をよぎった。そもそも彼氏がいなくたって、僕なんかが相手にされるわけがない。よかったじゃないか、殺人犯にならずにすんで。もしくは両親に、精神病院に連れていかれていたかもしれない。まともに戻れてよかった。それだけで十分だ。
すると。
「あれ、まだいたんだね。鍵、落としてるよ」
僕は驚いて声の主を見た。彼女だ。黒崎さんだ。喉が渇いていくのを感じる。僕の鼓動がおかしくなっていく。
「ちょっと、黙ってないで早く受け取ってってば。それにしてもこれ、何の鍵なの。随分錆びてるけれど」
僕はやっとのことで声を捻り出して、言った。
「ああ、裏の倉庫のだよ。この後、校務員室に返しに行くんだ」
「なんであなたがそんな鍵を持ってるのかよくわからないけれど。それ、いいね。10分後に、裏の倉庫に来てくれない?」
「いいけど、どうして?」
彼女は下を向いて、少し恥ずかしそうに。
「二人だけで、話したいことがあるの」
彼女はそう言って、教室から出て行った。
二人だけで話したいことってなんだろう。もしかして、告白?
いやいや、彼女は先輩と付き合ってるじゃないか。でも。そうだ。思い返してみればこの半年間、何度も彼女と目が合った。まさか。もしかして。
僕は急いでリュックに荷物を詰め込んだ。心臓が高鳴る。そんなわけないと思いながら、どうしても期待が抑えきれない。彼女は先輩と付き合ってはいたけれど、本当は僕のことが気になっていて。そうだ、告白かもしれない。
僕は駆け足で教室を後にした。
僕は身をもって後に知ることになる。僕と彼女はお互いに同じ想いを持っていたということを。
ただし、僕と彼女には違いがあった。僕は『それ』を実行することはなかったが、彼女は『それ』を実行した、という部分で。