第6話 38.7%→56.5%
「えっ……?」
期待した答えとは真逆の答えに、ロトの表情が凍り付く。だけど、私には結果が見えていた。
「な、なんで、ですか……?」
表情をみるみる曇らせるロトが声のトーンを落として私に問う。
「ディザイアたちの作戦は失敗するからだ。第3世代の電化兵騎2人で電化兵騎=オイジュスの攻撃を防ぎ続け、ハッキングを成功させる確率なんて、そう高くはない」
「ぼ、僕たちが行かなきゃ彼女たちの成功率は7.2パーセントですよ……!」
「私たちが加わったところで成功率は38.7パーセントだ」
「それでも行かなきゃディザイアさんやルミエールは確実に殺されます! ……見殺しにするんですか?」
「…………。……私たちの任務はエクリアの捕縛と惑星サーヴァントの制圧だ。この任務の障害になるモノは排除しなきゃいけない」
私は淡々と言葉を紡ぐ。きっと、心優しいロトには、今の私の言葉は、そして、これから私が発するであろう言葉であろうは氷のごとく冷たいモノになるだろう。
「……どういう意味ですか?」
「…………。……成功確率56.5パーセント。私は電化兵騎=オイジュスに潜入し、コア・システムを物理的に破壊する」
「…………!? そ、それって……!」
「ああ、そういう事だ。……悪いが、電化兵騎=オイジュスには死んでもらう」
「…………ッ!!」
私の身体が勢いよく大きな鋼の手に握り締められる。ロトの操縦する機動兵器の手だ。……そう来ると思ったよ。
「“レクリアントの戦い”で、オイジュスは何万という電化兵騎を逃がすために1人で戦ったんですよ! その結果、電脳ウィルスに感染させられて捕縛されたんです!」
「知ってる」
「何十隻もの中型軍艦と大量に送り込まれる電脳ウィルスを相手に、1人で戦って時間を稼いでくれたんです! だから、僕たちは今日生きていられるんです!!」
「そうだね」
「それに、オイジュスは電脳ウィルスで自由を奪われているだけで、まだ生きているんです! 心だって
あるし、思考回路だって生きてます! 今、自分が何をしているのか、何をされているのか全部分かっているんですよ!」
「そうだろうね」
「ディザイアさんとルミエールだって、それが分かっているから助けようとしてるんだ! なのに、イツナさんは彼を見捨てるような――」
私は出力を最大にして全身から電撃波を放つ。電撃は鋼の機動兵器の腕を伝い、操縦席にいるロトにまで伝わる。軽く悲鳴を上げる私のパートナー。私を掴む腕の力が弱まる。その隙をついて、私は手から飛び出し、腕を伝って操縦部に飛び込む。
「な、なにをっ――」
私は強引に電磁スクリーンに触れ、操縦部のロックを解除する。そして、ロトの小柄な身体を掴み、無理やりコロシアムの外壁に放り出す。続けて私が操縦部に入り込み、機動兵器の腹部プレートを閉じる。
「私たちは心と自律思考を有する。ディザイアと私。どっちを助けるかは、ロト、君が選べばいい」
「…………! ぼ、僕が一緒に行かなかったら、イツナさんの成功確率は12パーセントしかないですよ……!」
「そうだね」
「僕にはどっちも選べないよ……!」
「…………」
ロトは頬に涙を伝わせながら、私の操る機動兵器の腕に飛び乗る。
「僕は……イツナさんの従者ですっ! イツナさんのことを補助するのが役目ですっ……!」
「私と一緒に行くんだな?」
ロトは泣きながら頷く。私は腹部プレートを開け、ロトをそっと入れる。操縦部はそもそも1人用だ。必然的に私とロトの身体は密着する。しかも、身長差からロトの顔が私の胸に埋める形になる。
私は腹部プレートを閉じ、私の胸で泣いているロトを抱きしめるようにして飛び立つ。向かう先は電化兵騎=オイジュスの内部だ。
「…………」
本当は私も電化兵騎=オイジュスを助けたかった。成功確率に囚われず、ディザイアたちと一緒に戦いたかった。――でも、私はその道を選ばなかった。
私は卑怯だ。
私は最低だ。
私は臆病だ。
ディザイアたちと共闘しなかったのは、任務を達成させるためじゃない。――本当はロトを死なせるのが怖かったから。それだけだ。
作戦失敗の代償は、自分たちの命。成功しても、ロトだけが死んでいる可能性だって低くはない。相手は電脳ウィルスに犯された電化兵騎。ハッキングのやり方を間違えれば、ウィルス感染を引き起こす。ウィルスに感染し、自爆させられる可能性もある。
私はロトを死なせたくないばかりに、成功確率が高い“電化兵騎=オイジュスの破壊”という道を選んでしまった。
卑怯だと、最低だと、臆病だと、どれだけ罵られ蔑まれようと、ロトを死なせることだけは絶対にしたくなかった。
「やめろ、やめろッ! 私のことが分からないのか……!?」
「ディ…ザイア、ぁあ……!」
遥か遠くの空で、“ルミエールがディザイアに”攻撃をしようとしていた。意識はあるのだろう。残った理性で自らの身体を必死でコントロールしているのだろう。――あの少年は電脳ウィルスに感染した。もし、ロトがいれば電脳ウィルスを除去できていただろう。
「にげ、ディザ…、」
「な、なに言って――」
ルミエールの操る機動兵器がディザイアに体当たりする。その衝撃でディザイアの機動兵器は弾き飛ばされる。……あれは攻撃じゃない。
「えっ……?」
黄色の巨大なレーザー光線が、ルミエールの左わき腹を貫く。左脚が千切れる。レーザー光線の衝撃で、ルミエールの身体が激しい裂傷を受ける。炎上した少年の身体が市街地へと真っ逆さまに高度を下げる。ディザイアが絶叫しながら彼を追う。
……あのレーザー光線はディザイアを狙ったものだ。それに気づいたルミエールは自らの身体をディザイアにぶつけることで、彼女を助けた。だけど、その代償に彼は――。
これが私の選んだ道の“過程”。だけど、もう引き返せない。この先に待つ結末は悲惨なものだろう。それでも、私には先に進むことしか許されない――。