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第3話 コロシアム

「ブッ殺せぇぇぇええぇッ!」

「てめぇッ! 負けたらぶっ壊すぞ!!」

「やれやれぇッ!」


 水上に浮かんだ石造りの円形リングで、2人の若い女性が戦っている。片方の女性が相手の女性に容赦ない蹴りを下腹部に叩き込む。リングよりも高位置に設けられた客席から歓声と怒号が上がる。蹴りを受けた女性は血を吐きながらリングを転がる。


「なにしてんだテメェ! 賭け金返せぇッ!」

「いいぞ、そのまま殺せェッ!」

「お前、それでもユグドラシルの元大尉かよ! 何してんだ!」


 優位に立つ女性が追い打ちとばかりに床を蹴って、うずくまっている女性に飛び掛かる。空中で身体を回転させて、かかとで彼女の頭を下半身を砕こうとする。

 だが、劣勢の彼女は急に目を見開き、素早くその場から僅かに横に回避する。かかとが振り下ろされる直前だった。一歩間違えれば、遅れていただろう。


「ッ、しまった……!」

「…………」


 横に回避した女性はすでに立ち上がっていた。彼女は女性の頭を掴み、そのまま勢いよく地面に叩き付ける。石造りの地面がひび割れる。


[おおっとォ! ここでまさかの逆転だァ! イースト・ブロックのレナ選手、ソニア選手の顔面を叩き付けた~!!]


 ハイテンションでアナウンスするのは、ショートヘアの若い娘だ。空中に映し出される電子スクリーンにアナウンサー席がピックアップされている。あの娘が――。

 一方、逆転を果たしたレナという電化兵騎は、敗北したソニアという名の電化兵騎を仰向けにすると、その胸に纏っていた下着を無理やり剥ぎ取る。

 そして、彼女の髪の毛を掴んで無理やり立たせる。露わになった乳房を観客に見せつけるように、胸を張らせる。鼻や口から垂れる真っ赤な血が、乳房を汚していく。客席から笑い声が上がる。


[ソニア選手、もはや抵抗する力もないか!? それとも自らの身体を大衆に晒して喜んでいるのか!? アンドロイドに恥はないのかぁァ!? まさに堕落と腐敗で有名なユグドラシル所属の元軍人だァ~!!]


 司会の言葉に客席からは爆笑と拍手が上がる。ディザイアと私は周りの観客に合わせて歓声と拍手をする。監視員がいる。喜んでいなかったら、大ユグドラシルのスパイだと疑われる。


 やがてレナは、ソニアの髪の毛から手を離す。だが、倒れる前に今度は腰に纏った下着を後ろから掴むと、瞬時に引き裂く。全裸にされたソニアは力なく仰向けに倒れる。レナはおかしな笑みを浮かべながら布切れと化したソニアの下着を掲げる。


[戦闘不能! 衣服なし! 勝負ありと認めます! 第4回戦はレナ選手の勝利だァ!]


 客席から一段と大きな歓声が上がる。同時に若干の怒号も聞かれた。このコロシアムでは勝者を予測し、お金を賭けることも出来る。負けたら掛け金は没収だ。


[敗北したソニア選手の出場権はく奪! そして、罰ゲームの時間ですッ!]

「……や、やめッ」


 横たわったままのソニアが右腕を僅かに上げようとする。だが、その腕をレナが踏みつける。


「だ、黙って寝てろ……。お前はもう負けたんだよ、ヒヒッ……」


 水上リングの出入口に張られていた赤色の電磁シールドが消え、奥で控えていた3体のアンドロイド兵が歩いてくる。列車にいたのと同じ、長身で細身のアンドロイドだ。

 2体のアンドロイド兵は、白地に緑のラインが入った軍服を纏う少年を引きずるようにして連れてくる。もう1体のアンドロイド兵は、鋼色をした1メートルほどの棒を持ってくる。


「……罰ゲームってなに?」


 私はアンドロイド兵が持ってきた銀色の棒が、勝者となったレナに渡される光景を目にしながら、側にいるディザイアに聞く。


「電化兵騎には“パートナー”がいることは知っているな?」

「…………」


 私は無言で頷く。私たち電化兵騎は単独で行動しない。基本的には“パートナー騎”と呼ばれる少年型電化兵騎と一緒に行動する。私の場合、ロトがパートナー騎だ。当然、ディザイアにもパートナー騎がいる。


「罰ゲームはそのパートナー騎を、――」


 レナは受け取った銀色の棒を右手に持ち、一度大きく振る。すると、棒の先端に青色に輝く円形の刃が現れる。円の周りは鋭く尖っている。――槍型の丸鋸か。


「――勝者によって殺されることだ」

「…………!?」


 私は背筋が凍り付く。エネルギー液を全身に送る左胸の中枢器官が一段と大きく脈打つ。自身が刻んだ感情データが、別システムにまで影響したのだろう。


「い、いやだ、いやだ助けて! 怖いよぉッ!」

「…………」

[さぁ、レナ選手、存分に、なるべくゆっくり、殺っちゃってください!!]


 レナは冷たい目で、無表情のまま、槍型の丸鋸を振り上げる。すでに刃は高速で回転し、円周辺の小刻みに尖った刃の輪郭が見えない。


「いいぞぉ!」

「殺せ殺せ!」

「機械の解体ショーだぁ!」


 観客たちは興奮しきった様子で破壊を求める。レナは人間たちの絶叫を背に、槍型の丸鋸を少年型電化兵騎の左肩に振り下ろす。両腕を左右それぞれのアンドロイド兵に掴まれている少年は、逃げられず刃を肩に受ける。少年の苦痛に満ちた叫び声が上げるも、それは観客の歓声にかき消される。


「……いい気味だ。俺の母親は大ユグドラシルの空爆で死んだ。機械に殺されたんだッ!」

「私の父はアンドロイドに殺されたわ。故郷を守るために戦場に立って、それで……!」

「命のない機械が、命を奪ってるんだ。俺たちのしていることなんて可愛いもんだ」


 …………。私たちは大ユグドラシル政府の命令で、人類統治の支配下にある幾多の惑星を爆撃してきた。その過程で民間人が死ぬこともたくさんあった。もう、私も何百人殺したか分からない。

 火花と血を噴き上げていた少年の左肩が完全に切断される。少年の来ていた白地の服の左上半分は真っ赤に染まり、じわじわと残っている白い部分を染めていく。


「ソニア、お姉ちゃん助けてえぇぇえぇぇッ!!」

「あはは、機械が『お姉ちゃん』だってさ。ケッサク!」


 泣き叫ぶ少年。彼の主であるソニアは、レナの足元で突っ伏して泣いていた。小さな声で少年に謝り続けていた。

 一方のレナは、ソニアのパートナーを解体していく。手を、脚を、腕を、少しずつ、少しずつ壊していく。まるで見せつけるかのように。

 彼女は知っているのだろう。電化兵騎が苦しめば苦しむほど、人間たちは喜ぶ。人間たちを喜ばせれば、人類統治は喜ぶ。人類統治が喜べば、自分は重宝されることを――。

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