第17話 ホサカ総司令官
赤茶色をした鋼の扉が開かれる。1人で使うにはあまりに広大な部屋が、私の目の前に広がる。室内にはいくつもの長机や椅子が並べられていた。
ここは工場の最上階にある最高司令室だ。すなわち、この工場で最高指揮権者が使用する部屋だ。だが、今ここにいるのは、部屋の最奥に座る女性は――。
私は青い刃を起動させ、人工重力の力で飛び出す。私の刃が狙うのは、この部屋にいるただ一人の女性だ。
「…………!」
“赤い刃”が私の青い刃を受け止め、その力を受け流す。
私の身体は、“彼女”のすぐ側に、流れるような動きで降り立つと、続けざまに私は“彼女”に再び攻撃を試みる。
だが、私の刃は“彼女”に受け止められる。
「ふふッ……。大ユグドラシルのイツナ、邪悪な陰謀に飼われる愚かな兵騎か」
「……人類統治軍の総司令官ホサカ、あなたを逮捕し、戦争を終わらせる」
赤い刃の光が、彼女の顔を映し出す。ピンク色をした長髪に、同じ色の瞳。――彼女が人類統治の軍隊を取りまとめる総司令官だ。10年以上も前から人々を扇動し、人類統治という邪悪な武装勢力を築いた。
「戦争を終わらせてどうする気だ? この銀河に邪悪な安定をもたらすか?」
「邪悪なのは、お前たちだろう!」
「どうかな?」
互いが互いの刃から自身の刃を離し、間髪入れずに斬りかかる。何度も赤と青の刃が交差し、火花を散らす。
「大ユグドラシルという名の、銀河を支える木は腐り果てている」
「人類統治のプロパガンダは聞き飽きた」
「議会の政治家は、選挙での当選を使命にする。官僚は、己の出世と組織の強化を使命にする。軍部は、電化兵騎は……ふふッ」
私は壁を蹴り、ホサカを鋭い刃の先端で貫こうとする。だが、その突きも彼女の赤い刃に防がれる。私の攻撃を防ぎながら、彼女は気味の悪い笑みを浮かべていた。
「レーイは第5世代を根付かせたい。わかるかな? 彼女は恐れているのだ。自分たちの居場所がなくなることを」
「……私たちは銀河社会に平和と安定をもたらすだけだ」
「お前たちが守るのは、銀河社会であり人間ではない。しかも、お前たちのいう銀河社会は、大ユグドラシルが統治する社会のこと。では、大ユグドラシルが邪なる存在だったら? お前たちは――」
「邪悪なのは、お前たちだ。同じことを二度も言わせるな!」
私は攻撃の速度を速める。何度も互いの刃をぶつけ合う。
「イツナ、目を覚ませ。『朝廷』はお前たちのことなど実験台程度にしか思っていないぞ」
「うるさいッ!」
私はホサカから距離を取りながら、赤い火炎弾を3発飛ばす。炎の尾を引きながら燃え盛る弾は飛んでいき、ホサカのいた床で炎上する。……ホサカはどこに?
私の脇腹に室内にあった机の角が直撃する。右脇腹に激痛を感じながら、私の身体は部屋の壁に叩き付けられる。
「っ、ぅう……!」
私は床に膝を尽きながらなんとか視線を前に向ける。ホサカが机や椅子、燭台、その他小物を空中に浮かばせながらこっちに向かって足を進めている。
「イツナ、もう聞き飽きたかもしれないが、――仲間にならないか?」
「断る!」
「そうか。ならば死ぬしかない。さらばだ、同胞」
持ち上げていた右腕が振り下ろされる。同時に机や椅子といった物が次々と高速で飛んでくる。私は飛んでくる物を次々と斬り壊す。速度が速い! これほどにまで強力な人工重力を……!
「えっ……!」
机を斬り裂いた時、恐ろしい光景が目に入った。勢いよく飛んでくる机でその姿が見えなかったが、ホサカがすぐ目の前にまで迫っていた。
私は彼女の突き出される赤い刃を回避しようと人工重力で飛び上がろうとする。だが、その動きは読まれていた。ホサカは私に手をかざし、人工重力で私の身体を引き寄せる。
「…………!」
私の右太ももを、赤い刃が貫く。そのまま私の身体は床に叩き付けられる。突き抜けた刃も床に深々と刺さる。激しい激痛と突き刺さった刃のせいで動けない……!
そんな私の前に、怖い顔をしたホサカが立つ。その手には別の剣が握られていた。刃の色はやはり赤色だ。
「残念だ、イツナ。だが、大ユグドラシルは私が斬り倒し、天翔ける『朝廷』は私が壊してやる」
「…………ッ!」
ホサカの赤い刃が私の喉を欠き切ろうとする。私はそのとき、死を覚悟した。
「イツナ!」
「…………!」
ホサカの手から剣が離れる。
「撃て、撃て!」
「敵の総司令ホサカを討ち取れ!」
ホサカの右腕からは煙が上がっていた。ブラスターで撃たれた。撃ったのは、今窓から次々と雪崩れ込んできている電化兵騎の誰かか。
私は激痛に耐えながら、左足でホサカの脚を掬い取る。不意の攻撃にバランスを崩す人類統治の総司令官。青い光弾が彼女の腹部や手足に撃ち込まれる。
「ホサカを討てぇッ!!」
そう叫ぶのはエレナーだ。どうやら司令室奇襲作戦は成功のようだ。
ハクアが正面から攻め込み、私が単独で正面から乗り込み、エレナーが別ルートで司令室を奇襲する。これが今回の作戦だった。
「『朝廷』に従うか、ユグドラシルにしがみつくか。そんなに怖いか、彼女たちに逆らうのは」
無数のブラスターを受けて、すでに手負いのホサカが飛び出す。走り迫る大ユグドラシルの電化兵騎に向かっていく。
「反逆者、覚悟っ!」
「……『朝廷』よ」
一瞬、ホサカが右腕を動かす。その途端、すぐ側にいた2人の女性型電化兵騎が斬り殺される。真っ赤な血をほとばしらせながら倒れる。
「おのれッ! よくも僕のパートナーを!」
「――この私さえもマリオネットだったか」
また2人の電化兵騎が殺される。
「クソッ!」
「殺せぇ!」
「――この大戦は何のデータにした?」
今度は4人の電化兵騎が殺される。鋼の身体が斬り裂かれる。
「うわあぁぁあッ!」
「今、この瞬間も、“観て”いるのだろう」
2人殺され、1人がホサカの胸を正面から深々と斬り付ける。別方向から飛んできた光弾が3発、彼女の身体に直撃する。
「あ、あと少しだ!」
「ホサカを殺せぇぇえッ!」
「お前たちが作った、あ、われ、ナ――」
更に4人の電化兵騎を斬り裂いたホサカの左胸を槍が貫く。青い先端が、彼女の背中から突き出す。
「愚カな、へい騎、、ユルさ…な。カナラず、ワタシは――」
もう、私は痛みを感じていなかった。目の前の光景に、呆然としていた。彼女の通った後には何十人という電化兵騎の死体が転がっていた。
満身創痍になりながら、あれだけの電化兵騎を殺した女が、ゆっくりと振り返る。赤い目を私に向ける。
「――イツナ。お前は選択した。悲しくて、冷たくて、苦しい残酷な未来を。『朝廷』はお前たちを殺すぞ」
「うあああぁぁぁあぁッ!!」
突如上がる叫び声に、私は身体を強張らせる。ホサカの首から青い剣が血と共に突き出る。だが、それでもホサカは痛がるそぶりを見せない。
「――多方向人工重力、起動!」
「…………!」
ホサカが叫ぶ。その瞬間、私の身体は、エレナーは、遠巻きにしている電化兵騎たちは、無数に転がる死体は、瓦礫となった机や壁は、一斉に浮き上がり、あらゆる方向に向かって勢いよく“落ちて”いく。
「イツナ、感謝しよう――」
「…………!」
「――ホサカは死んで、私は生まれ変わる」
「…………!?」
電化兵騎たちの叫び声の中で、ホサカの声が私の耳の奥に流れ込む。壊れかかった彼女自身の身体は、激しい重力波と飛んでくる瓦礫に次々と引き裂かれている。なのに、その声だけが流れ込んだ。
それが人類統治総司令官ホサカの最期だった――。