第16話 プロパガンダの女とハッキングの少年
人類統治。私がその名を最初に聞いたのは、もう10年も前になる――。
――10年前 【惑星ヴァルハラ 惑星首都ヴァルハラ】
『銀河辺境領域にて、「人類統治」を名乗る反政府組織が勢力を拡大』
白銀のクリスタルで造られた部屋――アーカイブ再生室のブースで見たのは、大手メディアの発するニュースだった。ブース内で表示された電子スクリーンに映る“それ”を私はじっと眺めていた。
『大手軍事企業「ドレスデン=シールド」の関与が疑われるが、「ドレスデン=シールド」広報部は無関係と回答』
『ジェームス産業大臣は、「ドレスデン=シールド」に対して、現段階では特に調査等を含めて特段の措置を取る予定はないと答弁』
「気になりますか?」
そのニュースを眺めていた私に、1人の少年に声を掛けられる。振り向くと、そこには私と同じ白色のローブを纏った小柄な少年が、笑みを浮かべて立っていた。
「……ちょっとだけ」
「んー、“ちょっと”ですかぁ……」
少年は私に近寄ると、電子スクリーンの操作盤に手をかざす。すると、ニュースを映し出していたスクリーンが切り替わる。
[――…る、統治、大ユグドラシルに、――]
文字だけの映像から、女性が映し出されたものに切り替わる。画質があまりいいものではなく、やや荒っぽい。映像自体もゆらゆらと揺れる。素人が簡易なカメラで撮ったのだろうか?
[今の大ユグドラシル政府代表は、邪悪なる『朝廷』によって生み出されたAI! 心を持たないアンドロイドが政府を、人々の行く末を決めていいだろうか!]
[そうだ!]
[機械に人間が支配されてなるものか!]
夜の街で、1人の女性が浮遊戦車の上で叫んでいる。ピンク色の長髪を持つ彼女の手には、大きな旗。描かれるマークは見たことがない。
「この映像は……? それにあの旗――」
[人類統治のトレードマークですよ]
少年が教えてくれた。人類統治のトレードマーク……。
だけど、この映像に対する“根本的な疑問”については、教えてくれなかった。
[私たちは変えるべきだ! 『朝廷』の傀儡政府を! 腐敗した官僚機構を! 富を独占する富裕層を! 搾取を続ける銀河中枢領域を!]
彼女を取り囲む聴衆から万雷の拍手が鳴り響き、賛同の嵐が吹き荒れ、歓声が空気を震わせる。そして彼らは「人類統治」の名と、「ホサカ」の名を称える。
「ギャラティック・ネットワーク・サービス(GNS)を介して広まっている『英雄ホサカ』の演説ですよ。あの女性、ホサカっていうんですって」
「……彼女は煽動者?」
「そうですね。今、彼女の主張に賛同する人々や電化兵騎が増えているんですよ。特に銀河辺境領域では、大ユグドラシル勢力に対してテロが頻発しているみたいです」
私はもう一度映像に目を移す。よく見ると、街は貧しそうな感じがする。建物は低く、壁はひび割れ、落書きが多い。この前、ラーニングした『スラム街』と似ている。映像の後方には、ひときわ大きな建物が炎を上げている。その上には、大ユグドラシルのトレードマーク。
「この惑星はどこ?」
「銀河辺境領域にあるミャーマムですよ。特に目ぼしい資源や産業もない惑星で、人口も10万人ほど。いわゆる貧困惑星に分類されます。……こういった惑星に住む人々には、ホサカの言葉は心に染みるでしょうね」
「大ユグドラシルはなぜ放置している?」
「…………」
少年は少し間を置いてから答えを語った。答えるべきかどうか、迷ったようだった。
「オズマン防衛大臣は、銀河外周領域で活動する銀河窃盗団『アミネット』の捕縛に力を入れているみたいです」
「窃盗団?」
「アミネットは惑星ペンダリムの美術館にあった歴史的名画を盗み出したそうです。なんでも何千年も前に描かれたものらしいですが……」
「絵と反乱、どっちが大事か分からないのか?」
「名画窃盗は人々の強い関心を引きました。また、アミネット自体は有名な窃盗団です。この窃盗団を壊滅させられれば、オズマン防衛大臣の名声は上がります」
「どうして……?」
「……銀河辺境領域にいない人間たちは、銀河辺境領域で起きていることなんて所詮は他人事です。劇場的な活動をするアミネットと、正義を掲げる政府との戦いの方が面白いのでしょうね。だから、政府もアミネット捕縛の方に力を入れているんです」
少年の解説を聞いているうちに思い出したのは、“大衆迎合”という言葉だった。あまり使うことはないと思っていた言葉だったが、まさかこんな所で役に立つとは……。
彼が答えを迷ったのは、答えがオズマン防衛大臣――ひいては政府批判になるからだろう。別に電化兵騎が政治批判をしてはならないという規定はないが、あまり歓迎はされない。兵騎によっては眉をひそめるだろう。
「いずれあのホサカは、大ユグドラシルにとって強大な敵になりますよ。なにしろ、彼女は――。………」
言いかけた言葉を呑み込み、少年は再び操作用の電子スクリーンに手をかざす。すると、映像用の電子スクリーンは消える。そのままにするハズがないだろう。
彼は再び笑みを浮かべて私に手を差し伸べる。……握手?
「僕は5-2-0000610、通称“ロト”っていいます。イツナさん、あなたのパートナーです。よろしくお願いします」
「…………!」
突然の言葉に私は一瞬、読み込みが遅れてしまう。この少年がロト――私のパートナー!? 私にパートナーがつくことは聞いていたが、まさか今日ここでいきなり出会うとは思っていなかった。私は困惑しながらも、彼の手を取る。そして、ずっと思っていた映像に対する“根本的な疑問”を口にした。
「……さっきの映像――」
「…………?」
「アーカイブになかったよね? どうやって映したの?」
「あ……、いや、それは……」
笑顔だった少年は、急にその表情を強張らせ、私から視線を外す。
けっきょく、彼がアーカイブ・システムをハッキングして、GNSにあった映像を私に見せた――という事実を知ったのは、答えをはぐらかされてから三日後のことだった。
<<イデア・センターのプラネット=データベース>>
【惑星ミャーマム】
◆所在領域:銀河辺境領域
◆所属星系:ミャーマム星系
◆所属国家:大ユグドラシル
◆大気種類:人工大気
◆簡易解説
ミャーマム星系は辺境領域にある入植惑星です。
元は武装組織「ブラック・ハイエナ」の勢力下にあり、入植も彼らの主導によるものでしたが、大ユグドラシルによって組織が討伐・崩壊させられると、自動的に大ユグドラシルの統治下に置かれることになりました。
資源もなく、銀河航路からも大きく外れているため、経済的には最弱に分類されます。また、元が違法な武装勢力の傘下にあったためか、治安は非常に悪い地域となっています。