第15話 「被害妄想」
銀河辺境地域に位置する惑星アマゾネア。その名が示す通り、この惑星の陸地は大部分が密林に覆われている。その陸地も、大きな大陸というよりかは、無数の島々によって構成される。
島と島の間は、当然のことながら水が流れている。惑星を潤す膨大な水は、高温の大気により常に蒸発と、発達した雲からの豪雨を繰り返し、人々を寄せ付けない。
そんな惑星に、人類統治の司令官ホサカは潜んでいるのだという。合理的といえば合理的だ。この高温多湿な環境。まさかそんな惑星に潜んでいるハズはないという盲点性と、密林という環境で隠れる場所は無数に存在する。
[イツナ将軍、何としてでもホサカを捕縛しろ! いや、最悪殺害しても構わん]
対岸の様子を伺う私に対して、レーイ特任大将が話し続ける。その口調はいつもより激しく、その表情は命を狙われた人間のように焦っている。
彼女は“ある分野”で劣勢を感じると、急に冷静さを欠く。これまでにも何度か見て来た。私にはよく分からないが、“それ”は彼女にとって、譲れないものなのだろう。
[フェアラート防衛大臣がおかしな動きをしている。ここ数日、ユグドラシル議会の外交防衛員会に主席していない。クリスティーナもだ! 恐らく先日出された“国家安全特例法改正案”の採決を睨んでのことだと思うが――]
私はレーイ特任大将の話を聞き流しながら、自身の目の前に周辺地図を表示させる。惑星軌道上からスキャンした地形データだ。対岸の島内に人類統治の貨物艦や軍艦が着陸している。周辺の島々にも軍艦や軍用基地が隠されている。
レーイ特任大将は、大ユグドラシル内の政治争い――権力争いになると、途端に目の色を変える。いや、本当に変わるワケじゃなくて、比喩表現的な意味で。
今度はフェアラート防衛大臣やクリスティーナ筆頭大将が自分の見えないところで動いていることに危機感を抱いているのだろう。
そういえば何ヶ月か前に、フェアラート防衛大臣が、大ユグドラシル政府代表と二人で会談していた時も騒いでいた。「第5世代電化兵騎の廃止法案の打ち合わせをしている」とか言っていた。
こういうのを、被害妄想が激しいというのだろう。
[レーイ閣下、これより第7兵団大将代行イツナ、ターゲット・ホサカの捕縛作戦を開始します。――そちらはお任せします]
[……あ、ああ! 確実に頼むぞ!]
レーイ特任大将の姿が消える。私のメモリーには、「政治基礎理論」しかラーニングされていない。そのせいか、レーイの話している内容がいまいち細かく分析・処理できない。
今、私の考えていることはとても単純だ。この後、作戦に従ってホサカを始末する。アマゾネア星系の人類統治勢力を一掃し、惑星エデンに帰還する。それだけだ。
「イツナ大将、人類統治の軍が進撃を開始しています」
「作戦通り、迎え撃て」
「了解!」
私は対岸から押し寄せてくる人類統治の軍勢を目にしながら、ハクア中将に命令を下す。私の命令を受け取った彼女は、側にいた将校たちに目くばせする。すると、彼女たちは一斉に通信システムを使い、指示を飛ばし始める。
私の眼下から、白色をした強襲上陸機や小型戦闘機が次々と飛び立ち始める。向かう先は、押し寄せる人類統治の軍勢。青色の光線と赤色の光線が飛び交う戦場が瞬く間に広がっていく。
「ハクア中将、指揮は任せる。アマゾネア上空にて展開している部隊と連帯して、アマゾネア星系から人類統治勢力を一掃して」
「イエッサー」
私は司令室の窓を開けると、何のためらいもなく飛び出す。司令室はアマゾネア警備軍本部要塞の最上階に位置している。地上から何百メートルものある高所だ。
もし、生身の人間なら、僅かな時間で地表に叩き付けられ、その身を散らすだろう。今、私の前身を吹き抜ける風を、人間なら最期に受ける死の風ものとなるだろう。瞬く間に迫りくる地表に、人間なら恐怖を感じるのだろう。
だが、――
――人工重力システム「交差型」:起動
私の身体が何もない空中で止まり、徐々に本部要塞の“正面”へと向かい始める。徐々に遠ざかる本部要塞。風を切り、私は戦場の空を舞う。
[敵を感知!]
[撃ち落とせ!]
「…………!」
飛行型の戦闘兵器が私を見つける。小型戦闘機のような三角形をした戦闘兵器――A-S2が3機、私の後ろに付き、赤い光線を飛ばす。サーチの精度が高く、赤い光線は私の白い服をかすめる。身体に鋭い痛みが走る。
私は手を後ろにして、強力な人工重力を発生させる。側面から重力を受けたA-S2はすぐ側を飛んでいた人類統治の中型軍艦に叩き付けられる。中型軍艦の鋼色をした外装から炎が上がる。
「エレナー中将、聞こえる?」
[……なんですか?]
「間もなく戦場を抜け、人類統治のアンドロイド工場に突入する」
[了解。ちゃんとタイミング合わせてくださいよ]
「わかった」
私は通信を切りながら、目の前にいた2機のA-S2を多方向重力で押しつぶす。同時に、アンドロイド工場の外壁を越える。
外壁を越えると、赤色の鉄骨や金属板がむき出しになった工場が私の視界に広がる。惑星ダストニアから運び込まれた廃材で造った施設か。どれもさび付いている物が多い。
――人工重力システム「交差型」:中断
私は空中で身体を一回転させて、脚を下に向け、そのままの姿勢で赤茶色の金属板の上に勢いよく降り立つ。人類統治を取りまとめる総司令官ホサカのいるアンドロイド工場だ――。