第14話 奪われる少年
血の色をした空に、漆黒の雲が立ち込める中――。
「イツナさんっ、イツナさん助けて!」
灰色の大地に倒れるロト。その手足をアンドロイドたちが無理やり押さえつける。武器を奪われ、人工重力システムも壊され、身体機能をつかさどるシステムが電脳ウィルスやられた今、抵抗する手段はない。
「お前の恋人が奪われる瞬間を見せてやる」
黒衣に身を纏った女が私にそう告げ、ロトの方に向かっていく。風になびく黒衣。彼女の何も身に着けていない脚が露わになる。――黒衣の下は裸か。
女はロトの側にしゃがみ込むと、そのズボンを無理やり脱がせていく。衣服を取り払うと、女はロトに跨り、――。
私は泣きながら女に向かって叫ぶ。離れろと。やめろと。恋人を目の前で奪われたことに、自我プログラムがショートしそうになる。機械にはないハズの心が砕けそうになる。
行為が終わると、女はようやく彼から離れる。だが、そこで信じられないことが起きた。
女が、行為による疲労からぐったりとしているロトに手を差し伸べる。彼はゆっくりとその手を取って立ち上がる。
「な、なにしてるの? ロト……?」
「……僕はこの方のパートナーになる」
「えっ、……えっ、なんで、ロトっ」
私の目から大粒の涙が零れる。
「じゃぁね、イツナさん」
「……そ、そうか、電脳ウィルスにやられたんだな! すぐに治療を――」
女とロトが、私に背を向けて歩き出す。私は泣きながら2人を追いかけるが……追いつけない。どんどん2人の姿が遠くなっていく。
そして、私はロトを失った――。
*
「…………」
私はリビングのソファーに深々と腰を掛け、手にしていた冷水を一気に口にする。何となく感情が落ち着くような気がした。
イヤな夢を見た。ロトが他の女に奪われる夢だ。あの女は誰なのだろうか。状況からして人類統治だと思う。人類統治に所属する女が電脳ウィルスを使い、私のロトを籠絡した――。そういう夢か。
自我プログラム、感情システム、記憶データ、――。私の精神は様々な要素が複雑に絡まって機能している。変な夢を見たのは、どこかに疲労がたまっているのか、どこかにある未整理になってしまった残留データのせいだろうか。
「イツナさん、おはようございます。今日から惑星ペンダリムに行くそうですけど、……?」
「あ、ああ、ロト」
私はロトの姿を見た瞬間、表情が引きつりそうになった。それでも無理やり笑顔を作る。だけど、それでもロトには何か伝わってしまったのだろう。
「あれ、イツナさん、どうかしましたか?」
「いや、何でも……」
まさかロトが私の目の前で寝取られた夢を見たなんて言えるはずもなく、私は言葉を濁す。私は彼から視線を逸らし、首都エデンの高層建築物に目を向ける。電化兵騎=サンシャインの発する光により、首都は朝を迎えていた。
「そういえば、大戦の終わりが近づいてきましたね」
「そうだね」
「……ウワサを聞きます。フェアラート防衛大臣は僕たち第5世代の電化兵騎が邪魔なのだとか、クリスティーナ筆頭大将は次期防衛大臣の地位を狙っているとか」
「……そうなんだ」
平然と答えながらも、ウワサという形でそういった話が流れていることに不穏な想いを抱いていた。大ユグドラシル内での政治的対立が静かに広がりつつある。
「あと、……イツナさんは第7兵団の大将になって、……そのっ」
「どうしたの?」
なぜかロトの言葉が詰まる。彼は何かを言い出そうとしていたが、……やがて視線を再び私の方に向けて言った。
「……今日、本当は惑星アマゾネアに行くんですよね? その作戦に、なんで僕は入っていないんですか?」
「…………! ……アマゾネアに行くことをなぜ知ってる? ハッキングで調べたのか?」
「違います。僕の質問に答えてください。なんで僕を――」
「勝手に軍のコンピューターにアクセスすることは禁止されている」
「してません!」
「……ウソも禁止されている」
「…………! ウソついたのは、イツナさんじゃないですか!」
ロトが叫ぶ。しまった。墓穴を掘った。私は昨日、散々行為に励んだ後、ロトにしばらく惑星ペンダリムに行くと伝えていた。アマゾネアに行くと言えば、必ず一緒に行くというのは分かり切っていたからだ。
分が悪くなった私は、すでに準備していたバッグを手にしてソファーから立ち上がる。ロトが追いかけて来て、私の腕を掴む。
「僕はそんなに役に立たないですか?」
「違う」
私はロトの手を振り払い、無理やり玄関に向かう。ロトは最高のパートナーだ。本当は一緒に来てほしかった。
だけど、最後の最後で彼を失いたくなかった。もう彼なしでもこの戦いに勝利できる。ならば、彼を安全な場所に置いておきたかった。わざわざ危険な戦いに参加させることはない。ディザイアとルミエールの例もある。あの戦いでまさかルミエールをロストするなんて、思いもよらなかった。
「イツナさん」
「なに?」
「僕はいらないですか?」
それは、玄関から出ようとした時だった。ロトが涙目になりながら聞いてきた。
「……そんなことはない。君は最高のパートナーだ。君と一緒に入れること、君と出会えたこと、私の幸せだ」
「…………!」
「だから、私の帰りを待っていて欲しい。私は絶対に帰るから」
「イツナさんっ……! 分かりました! 僕、イツナさんの帰りを待ってます! ずっと、ずっと、この場所で、絶対にっ、僕っ」
ロトがぼろぼろと泣き出す。私はもう一度振り返ると、泣き出していた少年をそっと抱きしめる。
――必ず帰って来よう。アマゾネアでホサカを倒し、戦争を終わらせられれば、フェアラートも第5世代電化兵騎を切り捨てられなくなる。これが私の最後の任務だ――。