第13話 旧世代の脅威
会議を終えた私は、第5世代の電化兵騎たちが暮らす施設「ファイブズ・センター」へと向かっていた。航空送迎車は防衛軍本部施設のプラットホームから離れ、首都エデンの上空を進んでいる。窓から見える光景は無限に広がる光の粒。超高層建築物の窓や看板、航空自動車の光だ。
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高層建築物の間に巨大なホログラムが投影されている。それぞれの会社のイメージ・キャラクターが自社の宣伝や案内を行い、それが終わると次のキャラクターが現れてまた違う会社の宣伝を始める。
[惑星代表の電化兵騎=エデンより、首都市民の皆さまにお知らせいたします]
次は首都惑星エデンの広報のようだ。紫色の優雅なドレスを纏った女性の姿が映し出される。銀色の髪の毛をした彼女は電化兵騎=エデン……のホログラム。
[銀河史上最大規模の内戦が開始され、早くも5年が経過しました。一時は銀河中枢領域にまで攻め込む勢いを見せていた人類統治勢力ですが、現在は遥か彼方の銀河辺境領域に追い込むことに成功いたしました。
しかし、内戦はまだ終わっていません。私たち首都エデン警備軍は引き続き、警戒を強めて参ります。不審な人物・物品を発見されましたら、近くの電化兵騎もしくは警備軍まで通報ください。
私たちは皆さまと共に首都惑星を守っていきます。ご協力のほど、お願い致します]
電化兵騎=エデンの姿が消え、また民間企業の宣伝が始まる。私は視線を窓から車内に戻す。
もう戦争が始まって5年か。私たちにはそれが長いのかどうかはよく分からない。長いと言われればそのような気もするし、短いと言われればそうなのかも知れない。人間は……どうなんだろうか?
ただ、この5年は“私が本当の意味で生きて来た期間”だ。それまでは、とある領域にある、とある惑星でずっと動作テストをしていた。テストが終われば、メンテナンスをするためにシャットダウン。終われば起動してまた動作テスト。その頃はロトも一緒じゃなかった。
私に限らず、第5世代電化兵騎はみんなそうだった。私たちは5年前に初めて大ユグドラシルに納品された。大ユグドラシル軍を補佐するために、私たちは製造されたようなものだ。
「イツナ」
「……なんですか?」
私の正面に座っているレーイ特任大将が声をかけてくる。
「今回の任務、頼むぞ」
「はい。お任せください」
「…………。……私たちの製造目的は知っているな?」
「もちろんです。私たちは、“予想されていた内乱”に備えて製造されました」
「そうだ。
――人類の一部が電化兵騎に恐れをなして、大ユグドラシルに反乱を起こす。銀河辺境領域の諸国や悪徳企業、反政府組織の動向も相まって、“それ”は確実に起こる。
反乱の勢いは極めて強く、既存の大ユグドラシル軍だけでは鎮圧不可能。反乱勢力は新政府となり、戦争勃発から10年後、大ユグドラシルは彼らを認め、不可侵条約を結ばざるを得なくなる――」
レーイ特任大将の口から紡がれるのは、大ユグドラシルの人工知能が計算した歴史だ。この戦争が始まる10年以上前に出した計算らしい。
「銀河を統治するのは大ユグドラシルのみ。大ユグドラシル単一統治を維持するために、大ユグドラシル軍を補佐する必要があった」
「だから私たち第5世代電化兵騎が作られたんですね」
「当時の政府代表と防衛大臣、そして筆頭大将の地位にあったフェアラートが、私たちの創設を決定した。でも今、……分かるな?」
「大ユグドラシルが戦争に勝利すれば、私たちの存在理由はなくなります。特任である以上、戦争が終われば解任される可能性が高いですね」
航空送迎車が止まる。高層建築物の上層にある私の家に到着したようだ。
「……そんなことはさせない。なんとしてでも、私たち第5世代電化兵騎を防衛軍に組み込む。――“第4世代の悲劇”は……」
私は開かれた航空送迎車の扉から玄関前の歩道に降り立つ。そして、後ろ――レーイ特任大将の方を向いて言った。
「レーイ閣下、お任せください。必ずやホサカを殺し、人類統治を崩壊させます。その功績で生き残りましょう」
「……頼むぞ」
航空送迎車の扉が閉まり、首都の空へと消えていく。私はその姿が見えなくなるまで見送り続けると、自らの家へと脚を向ける。
……第4世代電化兵騎は私たちの1つ前のモデルだ。欠陥品としてほとんど製造されずに生産終了となった。すでに製造され、納品された電化兵騎たちは多くが危険な任務に使われ、半ば使い捨てられたらしい。
レーナ特任大将は恐れている。自分たち第5世代が同じ道を辿ることに。第4世代とは異なり、欠陥品じゃないけど、フェアラート防衛大臣たち第3世代電化兵騎たちからすれば、私たちは脅威だろう。自分たちの地位を、存在価値を脅かす存在だ。
「ロト、ただいま」
「おかえりなさい、イツナさん」
私は玄関に入ると、出迎えてくれていたロトに声をかける。黒いブーツを脱ぎ、手に持っていたバッグを廊下に放り出す。
私は何があろうとロトを守る。もし、第4世代と同じ道を歩むことになれば、自分の命も、この子も守れないだろう。そういった意味では、レーイ特任大将と目指す方向は似ている。
「イ、イツナさんっ!」
私はロトを抱きしめ、その唇を強引に奪う。自らの舌を彼の口腔に捻じ込み、互いに絡ませ合う。片手で彼のズボンのチャックを降ろし、更にベルトを外す。
レーイ特任大将と唯一違うのは、彼女は第5世代電化兵騎を守るために私やロトといった『個人』単位の命は重視していない。彼女は第5世代という『全』を守ろうとしている。
「イツナさんっ、せめてベッドに」
「うん、すぐに行こう……」
私は自らの衣服を脱ぎ捨てながら寝室へと早歩きで向かう。そして、部屋に入ると明かりもつけずにベッドに寝転ぶと、裸のロトを抱きしめ、再び甘い口づけを交わす。
私が守るのは、第5世代電化兵騎じゃない。私が守るのは、ロトだけだ。そこだけが彼女と異なる点だった。
「いいよ、来て! ロトっ!」
大戦の終わりが近づくにつれて湧き上がる不安。私はいつも以上に彼を貪る。不安を紛らわすように、深く深く彼と交わり続けた――。