第12話 約束された勝利
大きな、大きな銀河の河は、小さな星々のことなど眼中にないのだろう。その大河は、小さな存在など目にも留めず進み続ける。
[大ユグドラシル防衛軍が、銀河第5エリア“銀河辺境領域”の完全奪回作戦を開始して早くも3ヶ月が経過しました]
戦況という流れもまた同じだ。個人の感情などは意にも介さずに流れ続ける。ディザイアの“異動”。私の昇格。それだけが巡り、戦いは新たなステージに突き進む。
[大ユグドラシル防衛軍は連戦連勝を重ね、人類統治勢力は各星系から次々と撤退しています]
ネストとディザイアの悲しみは、記録されない。オイジュスとルミエールのロストは、ただのロストとしか記録されない。その心は、想いは、感情は残されない。
[今後の作戦について、第5世代電化兵騎統括委員会のレーイ特任大将が、フェアラート防衛大臣、クリスティーナ筆頭大将、イツナ大将代行で協議することになっており――]
もし、ロトが殺されて私が哀しみのどん底に突き落とされても、その記録はロストとしか残されないのだろう。そして、歴史としては“大戦は、大ユグドラシルの勝利”とだけ刻まれるのだろう――。
*
「人類統治を取りまとめる“ホサカ総司令官”。こいつを捕らえれば、人類統治は崩壊。長きに渡った大戦は終結する」
黒色の短髪をした大柄な女が椅子に深く腰掛け、長い脚を組んだまま話す。彼女は電化兵騎=レーイ特任大将。私と同じ第5世代電化兵騎だが、彼女は第5世代を管理・統括する『第5世代電化兵騎 統括執行委員会』の委員長でもある。
「その居場所がアマゾネア星系。取り逃がすことがあれば、それだけ終戦が遅れる」
レーイ特任大将と顔を正面から突き合わせる場所に座るのは、黄金色の長髪を持つ女性。電化兵騎=フェアラート防衛大臣だ。
「となると確実に捕縛する必要がありますわね。どの兵団が向かうのか慎重に協議しなければなりませんわ」
レーイ特任大将から見て右側、フェアラート防衛大臣から見て左側、私の正面に座るのは、クリスティーナ筆頭大将。
「あまり大規模に軍を動かしますと、ホサカは逃亡しますわ。それに首都を有するエデン星系――銀河中枢領域の防衛も一緒に考えねばなりません」
クリスティーナ筆頭大将は私をじっと見つめながら、淡々と話を続ける。彼女の言わんとすることは理解している。私に行って欲しいのだろう。自身の兵団に傷を付けたくない。万が一取り逃がせば、その失態は巨大なものとなる。火中の栗は拾わない。
「……クリスティーナ閣下のおっしゃることはもっともだ。イツナ、この出撃は第7兵団に命じたい」
レーイ特任大将が言う。クリスティーナ筆頭大将の意図は彼女も感じているのだろう。その上で私に出撃を命じている。その意図は――。
「私には、ちょっと……」
私は少し自信なさげな表情を浮かべ、遠慮の想いを口にする。
――変わってしまった。私は少し前からそう感じていた。変わってしまったのは、大ユグドラシル。劣勢の時はなりふり構わず、勝利をもぎ取らんと出撃していた。
今は違う。それぞれが様々な思惑を胸に動いている。約束された勝利が近づくにつれ、大戦後のことを考えている。
「大丈夫ですわ。これまでのあなたの戦いをずっと目にしてきましたけど、あなたなら必ずやれますわ」
「………」
クリスティーナ筆頭大将は、なるべく自軍の力を温存しておこうとしている。そうすることで、大ユグドラシル防衛省内で、自分の影響力を発揮しようとしている。その先にあるのは、次期防衛大臣の地位。そのために、彼女はディザイアを平気で切り捨てた。
惑星サーヴァントですぐに駆け付けなかったのも、意図的だと私は考えていた。そうすることで、オイジュスが現れることで、あわよくば彼女の戦死を願ったんだろう。
結果はディザイアの生存だったが、彼女は政治的敗北を喫した。第7兵団を取り上げられ、筆頭大将付というよく分からない地位を与えられた。その後の消息は誰も知らない。最強の電化兵騎は消されたのだろうか。
「……万が一だ。万が一、ロトのことが心配なら、今回だけは彼をエデンに置いていけ」
「…………」
「そうすれば、彼は絶対安全だ。幸い辺境のアマゾネア星系には、第5世代電化兵騎の力が必要になるほどのシステム・セキュリティはない」
レーイ特任大将は、第5世代電化兵騎の実力を大ユグドラシル内に示し、今は大部分が特任となっている電化兵騎たちを常任にしたい。
そして、第7兵団は私を正式な大将に任命したい。欲を言えば、第5世代電化兵騎による大将をもう1つか2つ欲しい。
「第7兵団だけで大丈夫だ。お前なら確実にホサカを捕らえられる」
フェアラート防衛大臣は、次期政府代表の地位を狙っているというウワサがある。どんな犠牲を払おうとも、確実且つ“大ユグドラシル受け”する勝ち方をして、大戦後に予定されている閣僚異動――内閣改造で、大臣ポストをもう1つか2つ手に入れたい。自身は政府代表代行を手にし、あとは息のかかった電化兵騎を大臣ポストに入れたい。
「……分かりました」
それぞれが胸に秘める欲望。心があるばかりに芽生える野心。時に戦いすら引き起こす思惑。――私たちは変わってしまった。
でも、それの何が悪いのだろう。
「第7兵団大将代行イツナ、任務を直ちに遂行致します」
ちなみにイツナ大将代行は、――つまり私は、ロトを守りたい。彼と一緒にいるためなら、なんだってする。だから、ロトの安全と引き換えに、私は今回の任務を引き受けた。
約束された勝利は、私たちを変えてしまった――。でも、それの何が悪いのだろう? 私には分からなかった……。