第11話 心を有する兵騎
【惑星サーヴァント サーヴァントシティ 北部市街地】
「やめろッ! 俺は人類統治の人間じゃない! 本当だ、エーセンシティから来ていただけで、ただの観光でっ……」
恐怖に心を怯ませ、迫りくる死に涙する男の首が捕まれ、軽々と持ち上げられる。血まみれの手に力が込められ、男の頭と胴を繋ぐそれは簡単につぶされる。胴が血を噴きながら地面に落ち、手から頭が滑る。
「観光だと? ククッ、どうせ電化兵騎の購入に来ただけだろう?」
返り血で赤く染まり、無数の銃弾や刃を受けて多くの部分が傷になっている衣とマントを風になびかせる女は、冷たい表情で肉塊となり果てた男を見下ろす。
「……この戦争の原因は人間だ。愚かな人間が私たちの統治に恐れをなして起こした。根拠のないデータを基に、愚かな戦いを繰り広げる動物。こんな猿、守る必要がどこにある?」
持ち上げていた手をゆっくりと下ろしながら、女は私に振りかえる。血の色をした不気味な赤い目が私を捕らえる。
「電脳ウィルス……! イツナさん、ディザイア将軍は……!」
「…………」
電脳ウィルスに侵された電化兵騎の目は、本来の色から赤色に変色する。ディザイアの目の色は澄んだ緑色だった。それが今は――。
それにしても、大将クラスの電化兵騎なら基礎セキュリティも相当なハズなのだ。そもそも、いつ感染させられたのか――。そんな疑問が湧く。
「どけ、イツナ。この都市の、いや銀河中の人間を皆殺しにしてやる。あの子を、ルミエールを殺した人間どもを一人残らず殺してやるんだッ!!」
「……あなたにそんな権限はない。電化兵騎=ディザイア、クリスティーナ筆頭大将の命により、第7兵団大将代行イツナが、あなたを拘束する」
私は銀色の柄を手にし、青い刃を起動させる。
「第7兵団は私のものだ。第7兵団の指揮官は私だッ!」
「……もう、違う」
「そうかな?」
ディザイアの姿が消え、……私の首が握られる。背中に強烈な衝撃が走る。瓦礫が私の背後から浮かんだ足元に転がる。どうやら私はディザイアに首を掴まれ、そのまま後ろの建物に叩き付けられたらしい。さっきまでいた自身の場所が、私の視界に映っている。
「このままお前の首を握りつぶすことぐらいワケな――」
ディザイアの手が私の首から離れ、その姿が消える。すぐ側で瓦礫が建物に叩き付けられる音が鳴り響き、土煙と風が巻き上がる。
――人工重力発生システム「直線型」:中断
私は側に転がっていた瓦礫を浮かばせ、横からディザイアに叩き付けた。そのまま彼女を瓦礫と一緒に吹き飛ばし、近くの建物に叩き付けた。
「“第5世代”の電化兵騎が使う人工重力システムか」
土煙の中からディザイアが平然と出てくる。完全に把握しているワケじゃないが、ディザイアは吹き飛ばされている途中、自らの身体を押す瓦礫を左拳で叩き壊した。そして、身体の向きを進行方向に変え、迫っていた建物の壁を蹴り壊していた。それで、騎体に与えられるダメージを軽減したのだろう。
「やっぱ新型は羨ましいな。私たち“第3世代”にはそんな機能は付いていない」
「電化兵騎は戦闘騎。私たち電化兵騎は、対象を素早く且つ確実に壊せるようにデザインされている。技術の進歩と目的に応じて、機能は拡充される」
「……勝敗は別だ。機能や世代で勝てても、戦闘で勝てるとは限らない」
再びディザイアの姿が消えると同時に、私の腹部に彼女の拳がめり込む。私の身体がその衝撃で後ろに弾き飛ばされる。だが、叩き付けられることはなかった。ディザイアの身体や周囲の瓦礫が浮き上がる。
「――じ、人工重力システム「無重力型」、起動っ……!」
ディザイアの拳は強烈だ。彼女の戦闘スタイルはいわゆる格闘。近距離戦で彼女に叶う存在はいない。この無限のような銀河でも、彼女は最強の格闘兵騎と謳われる。
だけど、その強さは近距離戦に持ち込めなければ意味をなさない。
「……無重力状態にして私の強さを殺したつもりか? だけど、“知っているぞ”。あの子が教えてくれた。無重力型は――」
――人工重力システム「無重力型」:残り継続可能時間124秒
「――長くはもたない」
ディザイアがニヤリと笑う。そう、彼女の言う通りだった。無重力型の人工重力システムは、240秒しか実行できない。それ以上はエネルギーの過放出で騎体が再起動してしまう。再起動にかかる時間は60秒。それは、彼女が私を壊すのに十分すぎる時間だった。
「そうだね。でも、もうあなたは負けている」
「……なに?」
「ごめんね」
――人工重力システム「無重力型」:中断
私とディザイア、それに浮き上がっていた瓦礫が全て一度に地面に落ちる。だけど、私もディザイアも、そのままに地面に倒れるようなことはない。共に両足で着地する。
「なぜ人工重力を切った?」
「……クリスティーナ筆頭大将閣下、第7兵団所属大将代行のイツナ――」
「私の質問に、……ッ! …………!?」
私に飛び掛かろうとしたディザイアの身体が崩れる。片膝を尽き、両腕でその身体を支える。
「まさか、貴様ッ……!」
「――ご指示いただいた任務を完了しました」
ディザイアの身体が地面に横たわる。支えていた腕と脚からも力が失われたようだ。ここにきてようやく彼女も気づいたのだろう。彼女の視線は私ではなく、……ロトに向けられていた。
「……ディザイアさんへのハッキングは成功・完了しました。身体機能にかかるシステムを停止させました」
「ありがとう。君のおかげで死なないで済んだ」
側に寄ってきていたロトに、私はそう声をかける。……私が戦いに挑み、時間を稼ぐ。その間にロトがディザイアをハッキングし、その機能を停止させる。最初からそういう作戦だった。
「ディザイア将軍」
「…………!」
ディザイアの側に、大ユグドラシルの軍服を纏った女性が立つ。彼女はディザイアの側に腰を下ろし、彼女の左手を取る。
「エレナー……」
身体機能を停められ、動けなくなったディザイアの口から彼女の名が漏らされる。エレナーは、第7兵団の中将だ。コロシアムで囚人として潜入していたディザイアの右腕。
「私たちあのコロシアムで、ハクアが兵を率いて乗り込んできたときは勝利を確信したよな。なのに、オイジュスが現れて、こんなことになっちまうなんてな……」
「…………」
「ルミエールくんがロストして、あんたが反逆者扱いされることになって……」
エレナーがディザイアの手を握り締め、肩を震わせる。ディザイアも、軽く下唇を噛み、その視線を下げる。
「人間の始めた戦争に付き合わされて、パートナーを、友達を、恋人をロストする……」
「っ、ぁ…ッ……!」
ディザイアの強く瞑った目から、透明の液体が零れる。鼻をすすり、下唇を強く噛み締める。エレナーと同じようにその身体は震える。
「私たちだって、心はあるのに、人間には理解されない……。それは――にも……」
「…、………ッ!」
エレナーは、身体操作機能を停止させられて動けないディザイアの身体を抱きしめる。第7兵団を引っ張って来た2人は、深い悲しみに、確かにある心を震わせていた――。
第7兵団大将ディザイア、筆頭大将付担当大将に異動。その数日後、彼女は突如として行方不明となった。しばらくの間、彼女は銀河の表舞台から姿を消すこととなる――。