エフィロス王国の裏
チーンという音がエレベーター内に響き渡ると同時にエレベーターの扉が開く。
エレベーター内の右上にある液晶パネルは、35階と表示されている。
「うわあ……」
誰かが感嘆の声を漏らした。それが誰の声だったのかはわからなかった。
しかし、目の前の光景を見て感嘆の声を漏らしてしまうのも無理ないと思う。
壁、床、天井が臙脂色に統一され、橙色の暖かな色の光が臙脂色に統一された廊下を照らしている。
その廊下をミリヤの先導で歩いて行くと、所々には出過ぎず、地味すぎない品の良い調度品が並んでいた。
そして、一つの扉の前で立ち止まる。
コンコンコンと三回ノックする音が静かな廊下に響くと、中から一人の男が姿を現した。
その男は、先ほど国王陛下の前で報告していた諜報局の男だった。
「グレイ?」
ユウトと名乗った護衛の男が声に出して名前を呼ぶと、先ほどまでひどい顔を晒していた男が喜色を浮かべた。
」
「姫様にユウトじゃないですか!!それにレミルも!いいところのきました!」
そこまで捲し立てたところで、シャイトたちの存在に気がついたようだ。
「お客様ですか?」
実際には目の前にいる人物の正体や、どういう経緯でここにいるのかを知っているのだが、そんな様子をおくびにも出さずに”なにも知りません”という態度を崩さずに続けた。
「そうですよ。こちらはシャイトさん、右の方から順に葵さん、深青さん、フィルさんです。フィルさんはシャイトさんと兄妹なんですよ」
ミリヤがそういうと、名前を呼ばると同時にそれぞれが軽く頭を下げた。
「これはこれはどうもご丁寧にありがとうございます。グレイ・スペンサーと申します。どうぞよしなに」
そう言って、グレイと名乗った男は軽く頭を下げた。
その懐には小型拳銃が見え隠れしていたので、シャイトは、見た目どうりの人間ではないとあたりをつける。見た目はパッとしない外見で、かなり失礼だが、10人に一人はいるモブキャラのような顔なのだ。
端的に言えば、印象に残りにくいのだ。
「それでいいところに来たというのは?」
ミリヤが先の話の続きを促した。
「そうでしたそうでした、陛下が突然逃げ出してしまってどうしたらいいのかわからなかったのですよ」
「お父様が逃げ出した?」
「はい」
その報告を聞いたシャイトは、葵に調べるように頼んだ。
葵はその体の肉体構造上、索敵や素早さに特化しているためシャイトは頼んだのだ。葵の頭上にある猫耳が忙しなくぴょこぴょこと動き、そして一定の位置で止まった。
「この建物内で超急いで走っている人が3人いる」
「一番近いのは?」
シャイトがそう問うと、葵は思案顔を作り、顎に手を当てた。
「いつ頃逃げ出したの?」
葵がシャイトの質問に答えずにグレイに聞くと、数十秒前という答えが返って来た。
「直線距離で100メートル先に一人、あとは……エレベーターに乗って一人そわそわしている人がいる」
「多分それです!しかし、見つけてどうするのですか?」
この流れで来たらわかりそうなものなのだが、グレイはわからなかったようだ。シャイトは面倒くさがらずに教えた。
「捕まえるに決まっている」
「決まっているんですか。陛下、ご愁傷様です」
レミルがここにいない人に対して 冥福を祈った。
☆
シャイトたちの話題の中にいる人物は、シャイトたちの予想した通り、エレベーターに乗ってさっさとこの建物から逃げ出したい気持ちに駆られていた。
「やばいやばい!早くしないと……!」
同乗していた城で働いているものたちは、国王陛下が乗って来たことに驚いたのだが、それ以上になぜそんなにも急いでいるのか不思議に思った。
しかし、その疑問もすぐに吹き飛ぶことになる。
ワイヤーで繋がっておらず、磁力で上階と下階を行き来するこのエレベーターは本来揺れることなどないのだが、この時だけは人一人が上に降り立ったかのような振動が走った。
”何事だ!?”と言いながらたまたま同乗していた近衛兵が国王陛下を守るような立ち位置に着く。
整備士がエレベーターを整備するときにだけ使う上部に取り付けられた視界を確保された天窓が開くと、そこから一人の獣人種と思われる人間が入ってくる。
容姿はかなり良い、美形ぞろいでそれなりに美形に見慣れているエルフたちですら感嘆の息を漏らしたほどだ。
「何奴!?」
そう言いながら、麦芽のような金色の狐のケモミミと尻尾を生やした女性に手にしている小銃の銃口を向けた。
「エフィロス王国国王陛下ですね?」
確認しながら軽く頭を下げ、身につけている和服が遊ばないように抑える。
それを見て取った国王陛下は、自分に危害を加えるつもりはないと判断し、近衛兵の銃口を下げさせた。
「国王は私だ。して、君は誰だ?」
「申し遅れました。シャイト・アーカイド様の僕でございます」
そして、優雅に一礼した。
「要件は?」
先ほどのオロオロした態度をおくびにも出さず、威厳たっぷりに続ける。
「主様がお呼びです」
「嫌だと言ったらどうする。ここは王宮内だ」
エレベーターはこのやり取りの間に1階のロビー前でその大きな口を開けており、その向こう側では多くの近衛兵が取り囲んでいた。
「力ずくでもお連れしろとのことですので」
そう言って、腰に帯刀していた刀の鯉口を切ると、ガチャリと、近衛兵たちが構えていた小銃のセイフティバーが解除された音がする。
その音を聞いた国王陛下は、手を小さくあげて射撃を阻止した。
「来てもらえますね?」
「ああ、行こう」
先導するシャイトの部下のあとをつけて行こうとすると、近衛兵隊長とおもわれる人物が声をあげた。
「陛下!?付いて行ってはなりませぬ!」
「我の勝手だ。口出しは許さぬぞ」
瞳に凄みを持たせると、近衛兵隊長はうぅ……という効果音がつきそうなほどに引いたが、
「せめて、護衛はおつけください!」
「好きにするが良い」
これだけは譲れなっかたのだろう、忠誠心がうかがえる。そして、王の方だが、言葉では突き放すように行っているが、頬は緩んでいる。
態度に反して嬉しそうだった。
一通りのやり取りを終えたと判断した部下は、”付いて来てください”と言って国王陛下を置いて行こうとするが国王は小走りでついて行った。
☆
エレベーターに乗って、ついて来た場所は先程自分が逃げ出した場所、国王の執務室だった。
「ここで本当にあっているのか?」
ここは王族や王族に許可を出された者、王族付きの侍女や執事のみだ。それを考えると、その中に裏切り者又は内通者がいると考えていいだろう。
もし、ここで生き残るこたができたのならばここに入れる者の中から裏切り者、内通者を見つけ出してやる。と心に決めたところで目の前にある執務室の大きな扉が開かれた。
「よう、逃げ出したんだって?」
目の前に踏ん反り返る男が口を開いた。
その男は、一国の王が目の前にいるのに踏ん反り返った態度を崩さない。そして、先導していたケモミミの美女がその男の前で跪いた。
ということは、目の前の人物こそがシャイト・アーカイドであり、自分の師匠である三大英雄の『妖狐』であると結論づけた。
自分の中で結論づけた瞬間に、体の体温が瞬時に奪われ、体が震えた。
「し、ししししし師匠なのですか?」
体が震えて、うまく声帯が振るわない。
そして、冷や汗も大量に出て来ており、いま来ている服はもうビショビショで着替えたくなるほどだった。
遅まきながら周囲を見渡すと、ここに『妖狐』を連れて来た張本人がいた。自分の娘であるミリヤだ。
「おうおうおうおう、あんなに小さかったエルフがこんなに大きくなっちゃってまぁ、いま何歳なんだ?」
エルフは20歳で成長が止まり、寿命が近くなると一気に老けるという。なので、20歳以上のエルフは外見で年を判断することは難しい。
「168歳です」
「まあ、それはどうでもいいわ」
どうでもいいのかよ!と突っ込みたい気分に駆られたが、ぐっとその気持ちを抑えた。
そして、シャイトが周りを見渡してから呟く。この周りを見渡す動作は、この部屋の内装のことを言いたいわけではないだろう。
「それにしても、この国の技術進みすぎじゃね?」
「ああ、それに関しては、こちらの者が深く深ーく関わっております」
そう言って国王陛下はシャイトたちの中にいたユウトを指差す。
どう言うことなのかと問うような視線をシャイトが向けると、ユウトは説明し始めた。
「……この世界の人間じゃなかったか」
国王陛下、クレイアント・エフィロスがそう呟いた。その声音は、疑問に思っていたことが確信に変わったと言うような表情を出している。
「やはりお気付きでしたか」
ユウトがクレイアントの意見を肯定した。その肯定で、王女のミリヤはもちろん、諜報局の人間のグレイでさえ驚きの顔を浮かべていた。
しかし、この部屋の中で驚いていたのがミリヤとグレイとフィルだけと言うのはどうなんだろうか、一番長く接して来たレミルが驚かないのは単にバカなだけなのか、それとも七剣人の観察眼で見抜いていたからなのだろうか、それは本人にしかわからないが、シャイトは聞く気には慣れなかった。あまり驚いていないフィル以外のシャイト一行は名前からある程度予測していたのだろう。
ユウトは一度死んだ人間なのだと言う。なので彼は転生者ということになるのだが、シャイトとは違うタイプのようだ。
転生といえば一般的に赤ちゃんの頃からを想像する人が多そうだが、目の前にいる人物、ユウトは元の世界で生きていたままの肉体らしい。
「この流れからすると、お前がこの国に技術提供をしたことになるのだが、間違いないな?」
ここで間違い無いかを聞いたところで何もなんないのだが、
「間違い無いですよ」
肯定した。
「お前さんが元いた世界というのは随分と進んだ技術を持っていたんだな。それに、この技術は全てに魔法や魔術が組み込まれている」
シャイトがそう発言すると、”元いた世界では単に『エネルギー』と呼ばれていました”と言った。
それはともかくとして、魔法技術が発達している世界なのだ。シャイトはそんな世界に行ったことがないので、行ってみたいと思う。
「この世界で死んでから、あの|クソ女(女神)にお願いしてもう一度だけ転生しようかな」
「笑えない冗談はやめて」
葵が珍しく険しい表情になっている。
冗談でこんなこと言わないのだが、やめておこう。




